代価
命が芽生える。感情が芽生える。そういったことを考える種が存在する。我々人間は自分たちをそう呼んだ。あらゆる生物の中でも考えることに特化した動物。他の動物の本能を削り考えることを得ることはきっと錬金術だ。0から1を生み出すことはできないが1から2を作り出すこと、それが錬金術。作りだすには相応の対価が必要になる。それが命になることも例外ではない。我々が踏みしめる毎日の奥底には無数の命の残骸が散らばっている。私はこう考えた。命をいくつ対価にすれば今より高度な命を作り出すことができるのか。と。先生なら世界を知りえた人間なのなら答えなどすぐ出てくるのだろう。しかし、私にはどんなに時間をかけてもその答えを出すことはできなかった。まだ捧げる時間が足りないのだろう。
佐藤悠真は、都会の片隅にある小さなアパートで、毎日のルーティンに埋没していた。会社員として働き、決められた時間に家を出て、決められた時間に帰る。世界は灰色で、他人への不信感が彼の心を覆っていた。「人は自分のことしか考えない」と彼は信じていた。電車の中で見ず知らずの人がぶつかってくると、「わざとだ」と苛立ち、隣人の騒音には「無神経なやつら」と毒づいた。
ある夜、悠真は古い書店で埃をかぶった本を見つけた。『内なる錬金術』と題されたその本は、人の心を「鉛」から「金」へと変える術を説いていた。興味半分でページをめくると、そこには「黒化」の文字が躍っていた。「すべての変容は、まず闇と向き合うことから始まる」と書かれていた。
その夜、悠真は夢を見た。暗い森の中で、彼は自分の心の鏡に映る姿を見つめた。そこには、怒りと不信、孤独が渦巻いていた。「これが私か」と彼は呟いた。鏡は答えた。「お前は自分の闇を知らねば、金にはなれぬ。」悠真は目を覚まし、胸に重い何かを感じた。自分の考え方が、世界を灰色にしているのではないか? 初めて、彼は自分の偏見と向き合う決意をした。
翌日、悠真はいつもの電車に乗った。いつもなら苛立つ隣人の咳や、混雑する車内も、今日は少し違って見えた。本に書かれていた「白化」の言葉を思い出した。「闇を洗い流し、新たな視点を見よ。」彼は試しに、隣に立つ老女の顔を見た。彼女の目には疲れと優しさが混在していた。「この人も、私と同じように生きているんだ」と、ふと思った。
職場では、同僚のミスを責める代わりに、悠真は初めて「なぜそうなったのか」を尋ねてみた。すると、同僚は家庭の悩みを打ち明けた。悠真は驚いた。いつも「無責任なやつ」と決めつけていた相手が、実は自分と同じように苦しんでいたのだ。この気づきは、彼の心に小さな光を灯した。世界は、灰色だけではないのかもしれない。
夜、悠真は再び本を開いた。「白化は、理解の始まり。だが、真の金はまだ遠い。」彼は自分の考え方が変わり始めていることに気づいた。他人を敵視する癖が、少しずつ薄れていく感覚。それは、まるで心の坩堝で不純物が溶けていくようだった。
数週間後、悠真は近所の公園で、かつて「うるさい」と苛立っていた子どもたちの笑い声を聞いた。以前なら耳を塞いだだろうが、この日は足を止めた。彼は子どもたちの一人に話しかけ、なぜそんなに楽しそうなのか尋ねた。子どもは目を輝かせて、「友達と一緒にいると、全部が楽しくなるんだ!」と答えた。その純粋さに、悠真は心を打たれた。
本の最後のページには、「赤化」の文字があった。「金は、自己と他者、世界との調和によって生まれる。」悠真は気づいた。自分の考え方が変わることで、世界の見え方が変わったのだ。電車の中の他人も、職場の同僚も、公園の子どもたちも、彼らにはそれぞれの物語がある。それを理解することで、悠真の心は軽くなり、温かくなった。
ある日、悠真は書店に戻り、『内なる錬金術』を手に取った老人に声をかけた。「その本、人生を変えるかもしれませんよ」と笑いながら言うと、老人も微笑んだ。その瞬間、悠真は感じた。自分の心は、かつての鉛ではなく、輝く金に変わりつつあることを。
悠真は今日も錬金術を続ける。初めから根付いてしまった「不信」を「理解」に変えながら。
一長一短のような行動に見えても彼の生活には変化が現れた。その変化もまた次の錬金術の対価になることになる。
初めまして。sqlaと申します。冬を超えた先にある桜が好きです。
まずは見てくれてありがとうございます。私は考えることをテーマに短編小説を書きたい夢があって当サイトで活動しています。
多種多様な考え方が交差する現代に、少しでもあなたの考え方のよりどころになれたらと思っています。
多種多様な中にも固定観念が詰まる部分があります。その考えに疑問を持ち、ほんの少しの変化を捧げて新しい知見を見つけることが人間の本質であると私は思います。
考え方についてこれからも投稿を続けていくので何卒よろしくお願いします。
あなたの一日に良い変化が来ますように




