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食の聖女の改革譚  作者: 陽光草
第一章:『絶望の豆スープと聖女の目覚め』
3/4

第三話:禁断の菓子と聖女の処方箋


「聖女の涙」と「南方交易路」という二重の奇跡から、半年が過ぎた。

クライス公爵領は、かつての静かな田舎領地が嘘のような、奇妙な熱気に包まれていた。


コンラートが南方ギルドと結んだ「聖女の涙」の独占交易契約。その際に支払われた莫大な手付金は、確かに領地の財政を潤した。道は舗装され、古い建物には修繕の手が入り、人々の暮らしは目に見えて豊かになり始めている。

しかし、それはあくまで「未来の富」を前借りしているに過ぎなかった。


「コンラート!南方ギルドからの催促状が、またしても山のように届いておるぞ!『契約した量が、一向に納品されないではないか』とな!」

「分かっております!ですが、こればかりはどうしようも…」


公爵との謁見の間で、コンラートは苦渋の表情を浮かべていた。

無理もない。契約した「聖女の涙」は、年間にして百樽。しかし、現状の生産量では、その一割を納めるのがやっとだった。

原料となる「墓胡椒」は、いまだに古い教会の廃墟周辺の自生に頼っており、その加工には、ゲルトナーが解き明かした「ご神託」通りの、三日三晩もの時間と、細心の注意を払った手作業が不可欠なのだ。


城の一角に急ごしらえされた「聖女の涙 開発工房」は、嬉しい悲鳴を上げていた。


「ゲルトナー師匠!自生している墓胡椒は、もうほとんど採り尽くしてしまいました!このままでは、来月の生産が立ち行かなくなります!」

「馬鹿者!だから、人工栽培の方法を確立しろと、あれほど…!」

「それが、どういうわけか、工房の畑に植えたものは、すぐに根が腐ってしまうのです!やはり、あの不吉な土地でなければ…」

「ライネル!お前の方はどうだ!加工時間の短縮は!?」

「だ、駄目です!『月光の下、三日三晩』、この工程を一日でも省くと、途端にあの忌わしい毒性が…!まるで、女神様ご自身が、我々に『楽をするな』と仰っているかのようです…!」


ゲルトナーと、若き学者ライネルは、頭を抱えていた。

領地の誰もが、「聖女の涙」が莫大な富を生む金の卵であることは知っている。しかし、その卵を、どうやって安定して産ませるのか。その答えを見つけられずに、領地全体が、期待と焦燥の入り混じった、奇妙な熱気に浮かされていた。


---


一方、フィアナは、そんな領地の苦悩など露知らず、自分の食生活の向上に、ささやかな不満を抱き始めていた。

肉も魚も、以前とは比べ物にならないほど美味しくなった。しかし、人間の欲望とは、かくも尽きないものである。

一つの満足は、次なる渇望の呼び水となる。


(そうよ、甘いもの!食後のデザートが、今の私には足りていないわ!だいたい、ゲルトナーもコンラートも、最近難しい顔で工房や執務室に籠りきりじゃないの。わたくしを楽しませるという、最も重要な責務を忘れているのかしら?)


前世の記憶が、またしても疼きだす。王都のカフェで食べた、木の実がたっぷり乗ったタルト。蜂蜜とバターの香りが、口いっぱいに広がる、あの幸福感。

いてもたってもいられなくなったフィアナは、一路、厨房へと向かった。


「ゲルトナー、お願いがあるの!急いで、木の実と蜂蜜をたっぷり使った、甘い焼き菓子を作ってちょうだい!」


突然の来訪と、具体的な要求に、ゲルトナーは目を丸くした。

「木の実、でございますか…?そして、蜂蜜、と…」

その声には、二つの食材に対する、明確に違う種類の困惑が滲んでいた。


「ええ、そうよ。何か問題でもあるの?」

フィアナが、不思議そうに小首を傾げる。

ゲルトナーは、意を決したように、口を開いた。

「フィアナ様、まず、木の実でございますが…我がクライス領では、あれは『リスや鳥が食べるもの』という認識でして、人間が食す文化がございません。前例のないものを、公爵家のお食事としてお出しするのは、料理人として、いささか…」

「まあ、そうなの?美味しいのに、もったいないわね」

「そして、蜂蜜でございますが…こちらは、さらに問題がございまして。公爵様が定められた『クライス公爵家・質実剛健法度』により、嗜好品として使うことは、固く禁じられているのです。この法度を覆せるのは、公爵様ご自身だけなのでございます」


ゲルトナーの言葉に、フィアナは一瞬、絶句した。

(文化がない?法律で禁止ですって?なに、その古臭い障害物のオンパレードは!お父様の石頭も、ここまで来ると文化遺産ね!)

しかし、彼女はここで引き下がるような、殊勝な娘ではなかった。

「分かったわ、ゲルトナー。あとは、わたくしに任せなさい」

(いいでしょう…。ならば、その石頭に、直接、分からせてあげるまでよ!)

不敵な笑みを浮かべたフィアナは、踵を返し、父がいるであろう謁見の間へと、堂々と向かうのであった。


---


その頃、謁見の間では、重苦しい沈黙が支配していた。


「…というわけで、隣国、美食の国として名高いアステル王国の、ルイポルト王子が、我が領を公式に訪問されることになりました」

コンラートの報告に、公爵は深く溜息をついた。

「表向きの理由は、交易契約の批准と品質検分。しかし、真の狙いは、我が領の急成長の秘密を探り、あわよくば、供給不足を理由に、契約に横槍を入れようという、外交的な探り合いにございましょう。加えて、王子は近年、原因不明の『憂鬱病』に悩まされており、気分が晴れるような『目新しい何か』を切望している、との情報もございます」

「『憂鬱病』か…。他人事ではないな。我が領でも、最近、原因不明の気分の落ち込みを訴える者が、出てきていると聞く。新たな内政の火種にならねばよいが…」

「まさしく。我々のもてなしは、王子の体面だけでなく、その心身の状態、ひいては、同様の問題を抱える我らの民への、一つの答えを示す必要があるのです。下手をすれば、供給能力の無さと、問題解決能力の無さ、その両方を露呈することになりかねません」

「『第二の奇跡』、か。…だが、今の我々に、そのような策が…」


公爵とコンラートが、まさにそう頭を悩ませていた、その時だった。

謁見の間の重い扉が、なんの断りもなく、ゆっくりと開かれた。


「――お父様。少々、よろしいですわね?」


現れたのは、場違いなほどに涼やかな表情を浮かべた、フィアナであった。

彼女は、父とコンラートの深刻な顔など全く意に介さず、部屋の中央まで進み出ると、悲劇のヒロインのように、深々と溜息をついてみせた。


「お父様!我がクライス領の魂が、今、乾ききっておりますわ!」

「…は?」

唐突な言葉に、公爵が間の抜けた声を出す。

フィアナは、構わずに続けた。その声は、切実な響きを帯びている――もちろん、彼女の頭の中にあるのは、ただひたすらに、甘い菓子のことだけなのだが。


「質実剛健も、結構ですわ。ですが、厳しさだけでは、魂は痩せ細るばかり!我が領は、森の恵みを見過ごしております!あれは、ただの獣の餌ではございません!未開拓の、偉大なる資源です!今こそ、古き法度を解き放ち、黄金の蜜の甘露で、我らの心を潤すべきです!これは、女神様の御心に違いありませんわ!」


自分の欲望を、さも重大な領地改革案であるかのように、荘厳に、詩的に訴えかける娘の姿に、公爵は呆気にとられている。

しかし、その言葉は、悩みの渦中にいたコンラートの耳に、全く違う意味を持って、雷鳴のように突き刺さった。


(魂が、乾ききっている…!?まさか、聖女様は、ルイポルト王子の『憂鬱病』のことを!?)

(森の恵み…未開拓の資源…!そうだ、美食に明け暮れ、自然から切り離された彼らに、今必要なのは、まさにそれではないか!)

(古き法度を解き放ち…心を潤す…!これは、我が領の古い慣習(木の実を食べない文化)や法度に囚われることなく、黄金の蜜の甘露…おそらく、菓子を外交の切り札として使い、王子との関係を、そして国家間の関係を円滑にせよという、ご神託…!)


コンラートの脳内で、点と点が、凄まじい勢いで線となり、壮大な絵図を描き出す。

彼は、椅子に座ったまま、すっと目を閉じ、そして、ゆっくりと開いた。その切れ長の瞳に、先ほどまでの焦燥の色はなく、静かだが、確固たる確信の光が宿っていた。


「公爵様。…お分かりになりましたか」

コンラートは、冷静さを装いながらも、わずかに上気した声で言った。

「聖女様は、我々に道を示されたのです。ルイポルト王子の…そして、我が領が抱え始めた病を癒し、この外交的窮地を乗り越えるための、唯一の道を」

「う、うむ。そうじゃな。…よし!ゲルトナーと共に、早急にこの問題に対処するのじゃ!!」

事情をよく呑み込めていない様子の公爵だったが、コンラートに促されやや興奮気味に指示を出す。

(うふふ、これで蜂蜜たっぷりのおいしいタルトが食べられるわ!)

大人たちがなにやら動き出すのを見届け、ニマニマと笑みを浮かべたフィアナは満足げに謁見の間を去った。



そうして、(いつものように?)フィアナの言葉から急遽スタートした領地改革プロジェクト。

しかし、クライス領の二人の専門家は、それぞれ別の場所で、暗闇の中を彷徨っていた。


コンラートは、自室に籠もり、アステル王国の「憂鬱病」に関する、あらゆる資料を読み解いていた。それは、彼が想像していた以上に、根深く、深刻な問題だった。特効薬となりそうな『妖精の木の実』は、その実自体が強い毒性を持つため、下手に服用すれば、かえって心身を蝕む諸刃の剣。各国の医師たちが、その毒を無効化しようと、長年研究を続けているが、いまだ成功例はない。

「ただ菓子を作るだけでは、足りん…。聖女様のご神託には、この『毒』を制する、さらなる深意があるはずだ…」

解決の糸口、フワフワとしたそれは細く、まるで雲をつかむようだった。

聖女様の言葉を何とか読み解こうとし、根を詰める日が続くのだった。


一方、ゲルトナーは、厨房で、来る日も来る日も、木の実と格闘していた。

あれほど質実剛健に難なだった公爵様がフィアナ様の提案に簡単に許可を出したと聞き、若干不思議ではあったが、それでも許可が出た以上全力で対処していた。

彼の目的は、ただ一つ。フィアナ様が望まれた、「木の実と蜂蜜の、魂を潤すほどの菓子」を完成させること。

しかし、領内の森で食用とされている木の実をどれだけ試しても、彼の求める、心を揺さぶる味わいには、到底及ばなかった。

「駄目だ…!どれも、風味や歯ごたえが足りぬ。蜂蜜と合わせても、負けてしまってただ『甘い』だけだ…!これでは、フィアナ様を、聖女様を、真に満足させることなど、できはしない…!」

こちらも結果を出せぬことに焦りながら、日にちだけが過ぎていた。



そして、運命の夜が訪れる。

コンラートは、行き詰った思考をリセットするため、月明かりが差し込む中庭を歩いていた。

すると、庭の隅のベンチに、大きな人影が座り込み、天を仰いでいるのが見えた。


「…ゲルトナー殿か。こんな夜更けに、どうされた」

「おお、コンラート様…。いえ、少し、考え事を…」

ゲルトナーの手元には、試作品の焼き菓子が、無残に割られて置かれていた。

「フィアナ様のご期待に、どうにも応えられそうになく…。魂を潤すほどの菓子など、この私には…」

弱音を吐くゲルトナーに、コンラートは、自分自身に言い聞かせるように、静かに言った。

「…そうかもしれんな。聖女様が示されたのは、そもそも『菓子』などという、小手先の策ではないのかもしれん」

「…と、仰いますと?」

「聖女様は『森の恵み』と仰った。つまり、(王子に)本当に必要なのは、自然そのものとの触れ合い…。森を歩き、土に触れ、風の音を聞く…。そういった、根源的な癒しなのではないだろうか。我々は、あまりに目先の『食』に囚われすぎていたのかもしれん…」


コンラートは、そこまで言うと、再び思索の海に沈んでいった。彼の考察は、壮大ではあったが、残念ながら、フィアナの意図からは、宇宙の果てほども離れていた。

しかし、その何気ない一言は、ゲルトナーの脳裏に、雷となって突き刺さった。


(森…自然…根源的な癒し…!?)


その瞬間、ゲルトナーの脳裏に、先代公爵から固く口止めされていた、ある「禁断の木の実」の記憶が、鮮やかに蘇った。


――あれは、『妖精の木の実』と呼ばれる。森の奥深く、月の光を浴びて育つ、呪われた実だ。食べた者は、心を惑わされ、時には狂気に陥る。決して、口にしてはならぬ――


「まさか…禁断の実か…」

ゲルトナーは、ごくりと唾を飲んだ。

(聖女様は、まさか、あの禁断の実のことを指しておられたと…?「聖女の涙」がそうであったように、呪いとは、人の無知が生んだ、悲しみの雫に過ぎないのかもしれない。ならば、もし、この実の呪いを解くことができれば…これこそが、フィアナ様の魂を潤す『力』になるやもしれん…!)


ゲルトナーは、立ち上がると、コンラートに深く頭を下げた。

「コンラート様。…感謝、いたします。おかげで、進むべき道が見えました」


そう言って足早に去っていくゲルトナーを見送りながら、コンラートは、彼がベンチに残していった試作品の菓子を、何気なく一つ、口に放り込んだ。

甘みの強い、しかしサクッという食感と、木の実のカリカリという歯ごたえが十分おいしく、まるで気持ちが癒されるように…

その瞬間、コンラートの脳裏にもまた、別の雷が落ちていた。


(…待て。私は、何か、とんでもない思い違いをしていたのではないか…?)

(そうだ…癒しとは、ただ自然に触れさせることではない。聖女様は、食の聖女なのだぞ…?ならば、答えは、常に『食』の中にあるはずだ!)

(この菓子のように…人の心を優しく解きほぐす『食』。そして、王子を蝕む『憂鬱病』という『毒』。この二つを結びつけるもの…)

(そうだ…!『薬』だ!聖女様は、我々に『薬になる菓子』を作れと、そう仰っていたのだ!)


そして、ゲルトナーがつぶやいた「禁断の実」という言葉が、コンラートの脳内で反響する。

二人の忠臣は、互いに気づかぬまま、すれ違い、そして、奇しくも同じ一つの結論へと、たどり着いたのであった。



翌日、厨房に戻ったゲルトナーは、まるで禁断の儀式に臨むかのように、妖精の実と向き合った。

炒る、煮る、干す…。「聖女の涙」で試した、あらゆる加工法を試すが、実に含まれる微かな毒性は、どうしても消えない。

途方に暮れた彼が、ふと、フィアナの言葉を思い出した。

『黄金の蜜の甘露で、我らの心を潤すべき』


「…蜜…?」

ゲルトナーは、半信半疑で、妖精の実を、領内最高級の蜂蜜をたっぷりと満たした壺に、漬け込んでみた。

そして、三日目の朝。

恐る恐る壺の蓋を開けたゲルトナーは、その場で腰を抜かさんばかりに驚愕した。

あれほど頑固だった毒の気配が、嘘のように消え失せている。それどころか、実は宝石のような輝きを放ち、蜂蜜と溶け合って、天上のものとしか思えぬほど、芳醇で、甘美な香りを放っていたのだ。


「おお…!おおお…!これだ!これこそが、聖女様が示された、奇跡の味…!」

厨房で一人、歓喜の涙を流し、天に祈りをささげる料理長の姿があった。


---


そして、運命の、ルイポルト王子来訪の日が、やってきた。


豪華絢爛な正餐。メインディッシュとして、ゲルトナーが腕によりをかけた、「聖女の涙」をふんだんに使った仔牛のステーキが振る舞われ、王子一行は、その奇跡の香辛料がもたらす、深く、そして情熱的な味わいに、早くも感嘆の声を上げていた。

その後も穏やかな談笑と共に、特に問題もなく食事は進む。

しかし、食事も後半になると、やや疲れたのか、王子の反応や表情が徐々に薄くなる。

公爵はその様子を少し心配げに見やり、そして、コンラートはやや目を細め、厨房の方、ゲルトナーへ目で合図を送る。

程なくして、


「皆様。本日は、先日、聖女フィアナ様のご神託により、完成したばかりの、新作の菓子をご用意いたしました」


ゲルトナーが、誇らしげに、しかし緊張した面持ちで、デザートを運んできた。

王子の前に、その素朴な焼き菓子が、そっと置かれる。

王子はチラと見た後、その見た目の地味さに、侮るような視線を向けた。

しかし、一口食べた瞬間、彼の表情は驚愕に変わる。


「こ、これは…!なんという、深く、そして優しい味わいだ…!華やかなだけの我が国の菓子とは、全く違う…!」


王子は、それまでの憂鬱そうな表情から一転し、夢中で菓子を頬張った。

その様子を観察していた王子の侍医が、普段と違う王子の食事風景に信じられないといった表情を浮かべる。

そして、菓子の欠片を手に取り、香りを確かめた。

「この香り…。まさかとは思いますが、この菓子に使われているのは『妖精の木の実』ではございませんか?いや、しかし!あれには、心を惑わす毒があるはず…。だが、殿下の様子を見るに無毒化されているようだ…。いったいどのように、この処方を…?」


侍医の探るような視線が、クライス公爵とコンラートに向けられる。

公爵が言葉に窮する中、コンラートが、待っていましたとばかりに、静かに口を開いた。

その表情は、あくまで冷静。しかし、その瞳には、絶対的な自信と、聖女への畏敬の念が浮かんでいた。


「いかにも。ご明察の通り、これは『妖精の木の実』が使われた菓子でございます。『妖精の木の実』の毒が強く、取り扱いがとても難しいのは存じておりました。クライス家が誇る料理長ゲルトナーも、それは大変な苦労を重ねておりました…。……ですが、我らが聖女フィアナ様は、仰せでした」

コンラートは、そこで一度言葉を切り、ゆっくりと続けた。


「――真の癒しとは、苦い薬を強いることではない。毒すらも喜びに変える、叡智と慈愛によってこそ、もたらされるのだ、と」

口調は力強くゆっくりと、しかし、その思いを体現するように、コンラートの右手は強く握られていた。



「………は?」

コンラートの言葉に、侍医は意味がさっぱり分からず、間の抜けた声を発した。

(…苦労の末に見つけ出した…ということ…だろうか?)



「なっ!」

コンラートのその言葉に、ルイポルト王子は、雷に打たれたような衝撃を受けた。

(なんと…!この難病の解決策を見つけたというのか? しかも、ただ病を薬で治すというだけでなく、その過程すらも、民への、いや、人への慈愛で満たすと…? 確かに苦い薬は飲むのも辛い。それを続けるのはかなりの苦難だ。しかし、それが菓子を食すことで、しかもこんなにおいしく優しい甘味で賄えるというのは、まさに神の御業ではないだろうか? 毒を薬に変える、その叡智! 苦しみを、喜びに変える、その慈愛! これこそが、クライス領の新たな哲学! クライス領の聖女がもたらした、真の奇跡だというのか…!)



王子は、もはや、クライス領の供給能力などという、些末な問題を追及する気力を、完全に失っていた。

彼は、椅子から立ち上がると、フィアナの席に向かい、深々と、そして、心からの敬意を込めて、頭を垂れたのであった。


その荘厳な光景の片隅で、フィアナは、満面の笑みを浮かべていた。

(やったわ!やったわ!これで毎日、美味しいお菓子が心置きなく食べられる!お父様も、王子様も、みんなチョロいものね!)


一人の王子の心の救済と、外交的窮地の解決。

後に「妖精の菓子の奇跡」として、永く語り継がれることになるこの偉業が、ひとえに、一人の少女の、どうしようもなく自己中心的で、純粋な甘いものへの渇望から生まれたことなど、この時、まだ誰も知る由もなかったのである。


おっかっしっ♪おっかっしっ♪(*´▽`*)

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