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食の聖女の改革譚  作者: 陽光草
第一章:『絶望の豆スープと聖女の目覚め』
2/3

第二話:聖女の比喩と二つの奇跡

※8/3 つじつまが合わなかった個所を部分的に加筆修正しました。

※8/6 3話へ繋げる為の部分修正を行いました。


あの「豆のスープ事件」から、一週間が過ぎた。

フィアナの食生活は、劇的、とまではいかないまでも、確実な改善を見せていた。


朝食には、ゲルトナーが全身全霊を込めて作り上げた「聖女様の豆のスープ」が毎日並ぶようになった。

昼食のパンには、ほんのりとハーブを練り込んだバターが添えられ、夕食の茹でた野菜には、岩塩だけでなく、少量の良質なオリーブオイルがかけられるようになったのだ。

これらは全て、フィアナが「女神様のお告げ」として、ポツリ、ポツリと呟いた内容を、ゲルトナーと父である公爵が、拡大解釈に拡大解釈を重ねて実現したものである。


「ふふん、なかなか快適になってきたじゃない」


自室の椅子にふんぞり返り、フィアナは満足げに頷いていた。

彼女の周囲では、今や彼女を「クライスの若き聖女」と呼ぶ声が日増しに大きくなっている。

侍女のクロエなどは、フィアナの一挙手一投足に「まあ、聖女様!」「なんと慈悲深いお考え!」と感動の涙を浮かべる始末。

もちろん、フィアナ自身にそんな気は全くない。

彼女の頭の中は、いかにしてこの家の食事をさらに美味しくするか、その一点にしか興味がなかった。


(豆のスープはクリアしたわ。次は…そう、お肉よ、お肉!)


クライス公爵領は、決して豊かではないが、牧畜は比較的盛んだ。

羊や牛の肉が食卓に上ることも珍しくない。

しかし、問題はその調理法にあった。

「公爵家の調理憲章」に則り、肉の調理法はただ一つ。

「塩で茹でる」か「塩で焼く」か。それだけだ。

素材の味を活かす、と言えば聞こえはいいが、要するに、味付けの工夫を一切放棄しているのと同じである。


その日の夕食も、案の定、分厚く切られた牛肉の塩焼きが、どんと皿に乗せられていた。

食卓には、父である公爵と、そして彼の懐刀である側近、コンラート・シュヴァイツァーも同席している。

領地の重要事項について、食事をしながら議論することも珍しくないのだ。

焼き加減は悪くない。肉質も、決して悪くはない。

しかし、フィアナは、一口食べただけで、眉をひそめた。


(物足りない…!圧倒的に、何かが足りないわ…!)


前世の記憶が、鮮やかに蘇る。

王都の高級レストランで食べた、極上のステーキ。

その味を何倍にも引き立てていたのが、ピリリと刺激的な、あの黒い粒々の存在だった。


(そうよ、胡椒…!でも、この領地で胡椒なんて言ったら、お父様が卒倒してしまうわ…)


「贅沢は敵」を地で行く父に、金と同じ価値を持つ輸入品をねだるなど、自殺行為だ。

だが、諦めきれない。あの刺激が欲しい。

フィアナは、必死に前世の記憶を探った。市場の隅々、下町の食堂、旅の途中で見た風景…。


(…あった!あれよ!)


思い出したのは、王都の貧民街で、薬草売りの老婆がこっそり使っていた、奇妙な黒い実だ。

「墓場のそばにしか生えないし、そのままでは毒じゃから、気味悪がって誰も採らないけどね。だけど、三日以上水に浸してから、今度はしっかり干して、そのうえでよく炒ると…胡椒の代わりになるのさ」

老婆はそう言って、シワシワの笑顔を見せていた。


(墓場のそば…そういえば、このお城の北側にある、古い教会の廃墟の周りに、似たような木が生えていたような…!)


これだ、とフィアナは確信した。

彼女は、わざとらしく、そして深々と、溜息をついた。

その瞬間、食堂の空気が凍り付くのが分かった。

対面に座っていた父が、ビクッと肩を揺らし、恐る恐る娘の顔色を窺っている。


「フィアナ…?どうしたのだ。この肉が、口に合わなかったか…?」

「いいえ、お父様。お肉は、とても美味しいですわ。ただ…」


フィアナは、悲しげに瞳を伏せ、か細い声で呟いた。

「ただ、このお肉、少し、寂しそうに見えるのです」


「…寂しい?」

公爵が、怪訝な顔で肉を見つめる。

その言葉に、鋭く反応したのは、側近のコンラートだった。

彼の切れ長の目が、すっと細められる。


「フィアナ様。寂しい、と仰いますと?」

「ええ。このお肉には、共に歩むべき、友がいないように思えるの。遠い南の国で生まれるという、黒くて、小さくて、ピリリと情熱的な…そんな友が」


フィアナは、前世の胡椒の記憶をもとに、必死に詩的な表現をひねり出した。

コンラートは、その言葉を、一言一句聞き逃すまいと、全神経を集中させていた。


「フィアナ様、それはもしや、香辛料のことを指しておいでで?」

「香辛料…そうね、そういうものなのかしら。でも、それだけではないの」

フィアナは、首を小さく横に振った。

「その友は、ただ味を添えるだけではないわ。お肉の魂を、奮い立たせてくれるの。そして、私たちの魂も、きっと」


(魂を、奮い立たせる…?これはどういうことだ…?)

コンラートは、フィアナの言葉を反芻した。

食べれば元気になる?いや、そんな簡単なものではない。

魂…我々の? この領の? 領地の魂とは、停滞した現状を打破し、新たな活力を生み出すことか? まさか、聖女様は、この肉の味付け一つで、領地の未来を案じておられると…!?

コンラートの脳内で、点と点が、線として繋がり始めていた。

一方で、公爵は、娘の言葉の意味が分からず、困惑した表情で、厨房の方へ声を張り上げた。

「ゲルトナーを呼べ!聖女様が、またご神託を口にされたぞ!」


その言葉に、フィアナの表情が、一瞬、ほんのわずかに曇った。

(また、ご神託…。少し、胸がチクリとするわね…)

女神様の名を、自分の食欲のために利用することへの、ほんの小さな罪悪感。

しかし、美味しいステーキのためだ。

フィアナは、すぐにその感情を心の奥に押し込め、完璧な聖女の微笑みを浮かべた。


ほどなくして、料理長ゲルトナーが、緊張した面持ちで食堂に現れた。

公爵が、フィアナの言葉を繰り返して聞かせると、ゲルトナーの顔がさっと青ざめた。


「フィアナ様、その『黒くて小さい友』とは、胡椒…のことでしょうか?」

「胡椒…というのかしら?」

「はい、お話を聞く限り、遠方で採れる香辛料でして、とてもスパイシーな香りを出して料理を引き立てるといわれています。…ただ、非常に高価なもので、とてもではありませんが手は出せません…」

「あら、そうなのね…。でも、私が夢で見たものは、もっと身近にあるようでしたわ。それこそ、その辺の、なにやら暗いイメージの場所でしたわ。」

「暗い…場所!?それは、もしや…城の北側にある、古い教会の廃墟に生えているという、あの…?」

「あら、ゲルトナー、何か知ってるのね。さすがは料理長!もしかして、すでに料理に使われているのかしら?」

「滅相もございません!あれは、『墓胡椒はかこしょう』と呼ばれる不吉な実!”胡椒”と名はついていますが、全くの別物でして、先代様が、『口にするはおろか、触れることすら禁ずる』と定められた、呪いの植物にございます!食べれば腹を壊し、災いを招くと…!」


ゲルトナーの言葉に、公爵の顔も険しくなる。

(まずいわ!このままじゃ、代用胡椒が手に入らなくなる…!)

絶体絶命のピンチに、フィアナは、悲しげに眉を寄せ、潤んだ瞳でゲルトナーを見つめた。


「まあ、ゲルトナー…。そんな、悲しいことを言わないで」

彼女の声は、か細く、震えていた。

「夢の中の女神様は、とても優しかったわ。そんな優しい方が、わたくしに嘘をお教えになるはずがないもの。きっと、何か、理由があるのよ。私たちが、まだ知らないだけの、大切な理由が…」


子供の純粋な信頼を真正面からぶつけられ、ゲルトナーはぐっと言葉に詰まった。

フィアナは、畳み掛けるように、しかしあくまでも囁くように続けた。

「女神様は、こうも仰っていましたわ。『その黒き涙は、呪いではない。人の無知が生んだ、悲しみの雫。月光の下、清き水に三日三晩浸し、その姿が深い夜の色に変わるのを待ちなさい。そして、陽光の下で、その身が乾ききるまで、じっくりと干しなさい。しかる後に、清き炎をもって、その悲しみを焼き払う時、それは大いなる恵みとなり、汝らの魂を奮い立たせるであろう』と…!」


フィアナが、前世の老婆の言葉を、最大限に神々しく脚色した、その瞬間。

ゲルトナーとコンラート、二人の脳内に、同時に、全く違う意味の稲妻が突き刺さった。


ゲルトナーは、わなわなと打ち震えていた。

(清き水に三日三晩…!そして、陽光の下で干し、火で炒る…!そうだ、普通の胡椒のように、ただ乾燥させるだけでは不十分だったのだ!水に浸すことで毒を抜き、干すことで凝縮させ、火で炒ることで香りを引き出す…!なんと、なんということだ!調理法を合わせる!本来なら当たり前なはずなのに、我々は、使えないと呪いの植物と決めつけ、ただその二手間、三手間を、その知恵を、怠っていただけなのだ!)

彼の心に、三十年ぶりに料理人としての情熱の炎が燃え盛った。


そして、それと全く同じ瞬間。コンラートは、全く別の、そして遥かに壮大な天啓を得ていた。

(清き炎…!情熱の『火』!『古い教会』、すなわち、古く見捨てられた『南方交易路』を、『清き炎』、すなわち、我々の改革への情熱で焼き払い、山賊という『呪い』を浄化せよと!そうすれば、それは『大いなる恵み』、すなわち莫大な利益となり、停滞した我が領の『魂を奮い立たせる』であろうと…!)


コンラートは、もはや感動を通り越して、畏怖の念に打ち震えていた。

彼は、震える声で、フィアナに問いかけた。聖女の真意を、確かめるために。


「フィアナ様…。その『清き炎』とは、我々の、強い意志の力が必要だ、ということでございましょうか?」

(え?火の強さのことかしら?もちろん、強い方がいいわよね)

「ええ、そうよ、コンラート。中途半端な炎では、本当の恵みは得られないわ」


「では、その『恵み』とは、ただ我々の食卓を潤すだけのものではありますまい。

領地全体に、そして、その先にいる民にまで、広く行き渡るべきもの、と?」

(もちろんよ!美味しいものは、みんなで食べた方がもっと美味しいもの!)

「当然ですわ、コンラート。恵みは、分かち合ってこそ、本当の価値が生まれるのですから」


その言葉が、決定打となった。

ゲルトナーとコンラートは、顔を見合わせた。

それぞれの瞳には、同じ色の、しかし全く違う意味を持つ、確信の光が宿っていた。

二人は、同時に、椅子から滑り落ちるようにして、その場に跪いた。


「「聖女様!その深遠なるご神託、我ら、魂で理解いたしました!」」


「え、ええ…。そう。あなたたちなら、分かってくれると思っていたわ」

フィアナは、若干引き気味になりながらも、必死に聖女スマイルを保った。


こうして、フィアナの「美味しいステーキが食べたい」という純粋な欲望は、彼女と二人の専門家の、あまりにも噛み合わない対話によって、内政(主にクライス家の食糧事情)と外交の二大改革プロジェクトとして、正式に(そして、彼女のあずかり知らぬところで)始動することになったのである。


---


それから三ヶ月。クライス公爵領では、二つの奇跡が、完全に独立した形で、同時並行に進んでいた。


一つは、厨房で静かに生まれていた。

料理長ゲルトナーは、聖女様のご神託を、一言一句違えることなく実行していった。

最初のひと月は、まさに暗中模索であった。

「清き水」を求めて領内中の水源を調査し、ようやく北方の雪解け水が最適だと突き止めるも、今度は毒抜きの工程で壁にぶつかる。

水に浸す時間を少しでも間違えれば、実は溶けて形を失い、逆に短すぎれば、食べた者の舌を痺れさせる毒が残ってしまう。

厨房の片隅には、失敗した実験材料の山が築かれていった。

次のひと月は、乾燥と焙煎との戦いであった。

毒が抜けても、今度は香りが立たない。

ただ苦いだけの粉になってしまうのだ。

陽光の当て方、干す時間、そして「清き炎」の火加減。

ゲルトナーは薪の種類を変え、鉄鍋の厚さを変え、来る日も来る日も、昼夜を問わず研究に没頭した。

その鬼気迫る姿に、若い料理人たちは「料理長が、ついに呪いの実に魂を売られた…」と遠巻きに噂するほどだった。

そして、三ヶ月目。

疲労困憊で火加減を間違え、鍋の底で僅かに焦げ付いた実から、偶然にも、今までにない香ばしい匂いが立ち上った。

これこそが、不快な青臭さを消し去り、奇跡的な香りを生む最後の鍵だったのだ。

こうして完成した黒い粉末は、南方産の高価な胡椒に勝るとも劣らない、素晴らしい味わいであった。

「おお…!おおお…!これぞ、女神様が与え給うた、大いなる恵み…!」

ゲルトナーは、この新しい国産香辛料を、聖女への敬意を込めて「聖女のセント・ティア」と名付けた。


そして、もう一つの奇跡は、コンラートが主導していた。

彼は、フィアナの言葉を「南方交易路の再開」という神託だと信じ、すぐさま行動を開始した。

最初の二ヶ月は、まさに死闘であった。

長年放置され、無法地帯と化していた山道は、想像以上に険しく、屈強な山賊たちの巣窟となっていたのだ。

派遣された兵士たちは、ゲリラ的な襲撃と地の利を活かした罠に苦しめられ、犠牲者も日増しに増えていった。

「このままでは、兵の士気が持たない…!」

焦燥に駆られたコンラートの脳裏に、あの日のフィアナの言葉が蘇る。

『中途半端な炎では、本当の恵みは得られないわ』

(そうだ…聖女様は、この程度の困難は、すべてお見通しだったのだ。我々の覚悟が、今、試されている…!)

コンラートは、自ら最前線に赴き、兵士たちを鼓舞した。

そして、フィアナの「ご神託」を心の支えに、寝る間も惜しんで現地の地理と山賊の戦術を分析し、ついに、彼らの拠点を突き止め、一網打尽にすることに成功する。

続く一ヶ月で、彼は街道の危険箇所を特定し、最低限の安全を確保するための砦や見張り台の設置に着手。

完全な整備にはまだ時間がかかるものの、商人たちが護衛付きで往来できるだけの骨組みを、なんとか作り上げた。

そして、その道を使い、自ら南方ギルドとの接触に成功したのである。


そして、運命の日の夕食。

その日は、コンラートが南方から帰還する、まさにその日であった。

ゲルトナーは、彼の凱旋と、自らの研究成果を披露するのに、これ以上ない日だと考え、腕によりをかけて、完成したばかりの「聖女の涙」をたっぷりと使った、極上のステーキを用意した。

フィアナが至福の表情でステーキを味わい、公爵もその未知の美味に舌鼓を打っていた。

「ゲルトナー、これは…本当にあの呪いの実から作ったのか…?信じられん味だ…」

公爵が感動に声を震わせる。まさにその時だった。

食堂の扉が、勢いよく開かれた。

「公爵様!聖女様!ただ今、帰還いたしました!」

現れたのは、旅の埃にまみれ、頬はこけ、しかしその瞳だけは爛々と輝いている、側近のコンラートであった。

「おお、コンラート!無事であったか!して、南方は…」

公爵の問いに、コンラートは力強く頷いた。

「はっ!聖女様のご神託通り、交易路は、今や完全に我らの手の内にございます!巣食っていた山賊どもは一掃され、街道の骨組みも完成しました。これで、長年の懸案であった物流の問題は、解決の目処が立ちました!」

その報告だけでも、食卓にいた者たちにとっては、驚くべき吉報であった。

「よくやった!」と公爵がコンラートの肩を叩き、長旅の労をねぎらって席に着くよう促す。

「コンラート様、長旅お疲れ様でございました。貴殿の偉業に、私からも、もう一つの奇跡を捧げさせてください」

ゲルトナーが、熱々のステーキをコンラートの前に置く。

それは、まだ味付けのされていない、ただの塩焼きであった。

そして、ゲルトナーは、コンラートの目の前で、一つの小瓶を取り出した。

「こちらが、聖女様が示された、もう一つの『恵み』。三ヶ月の歳月を経て、ついに完成した奇跡の香辛料、『聖女の涙』にございます!」

ゲルトナーは、その繊細な香りを最大限に活かすには、食べる直前に挽き、振りかけるのが最上だと突き止めていた。

彼は、その成果を披露するように、コンラートのステーキに黒い粉末を振りかけた。

立ち上る、未知の、しかし食欲を猛烈に刺激する香ばしい香り。

コンラートは、訝しげに、しかし空腹に負けてその肉を一口食べ、そして、衝撃に目を見開いた。

「な…!?この味は…!?」

その言葉に、コンラートは息を呑んだ。

彼は、自分が命懸けで開いた交易路と、目の前にある未知のスパイスを、交互に見つめた。

そして、ゆっくりとフィアナの方へ向き直る。

彼の脳内で、今まで全く別のものだと思っていた二つの点と点が、一つの、あまりにも壮麗な絵図として、完璧に繋がった。


(まさか…!聖女様は、この瞬間のために…!?)

(私が南への道を切り開き、ゲルトナー殿が新たな宝を完成させる…この二つの計画を、あの日あの場所で、同時に我らに授けられたと…!?)

(そして、この宝の真の価値を、我々自身がまだ理解していないことすらも、お見通しの上で…!)


コンラートは、自分が南方ギルドと結んだ、ごく一般的な交易協定書を思い出した。

その協定書に、彼が「念のため」に加えた、ある条項があった。

聖女の計画は常に我々の想像を超えてくる、という、半ば無意識の信頼から書き加えた一文を。


彼は、わなわなと打ち震えながら、その場に跪いた。

「…聖女様。このコンラート、今ようやく、ご神託の真の深さを理解いたしました」

「え?あ、うん。そう…」

フィアナは、ステーキのことで頭がいっぱいで、生返事しかできない。

コンラートは、懐から羊皮紙の束を取り出し、公爵に示した。

「公爵様。私が結んだこの協定書には、こうあります。『本協定に基づき、将来、クライス領にて生産された新たな特産品についても、優先的に交易を行うものとする。ただし、その製品が市場に与える影響が著しいと判断された場合、取引価格や条件は、双方の合意の上で、公正に見直されるものとする』と」


その条項を聞いた公爵は、絶句した。

(なんと…!コンラートは、まだ見ぬこのスパイスの価値を予見し、未来の利益まで確保する契約を結んできたと…!?いや、違う!彼にそれをさせたのは…!)


公爵は、コンラートと同じように、畏敬の念に満ちた瞳で、自分の娘を見つめた。

「フィアナよ…!お前は、もはや聖女などではない…!生ける女神そのものだ…!」


「……はぇ? え、えぇ、そうですわね」


フィアナは、口の周りを肉汁でテカテカにしながら、きょとんとした顔で父を見上げた。

(契約のこととか、よく分からないけど…、それより、このお肉、おかわりできるかしら…?)

そんなことを考えていたフィアナは、急に話を振られたため、とりあえず同意した。

その、どこか気の抜けた返事すら、今の公爵やコンラートには、女神の気まぐれな肯定のように聞こえてしまうのだった。


こうして、聖女の第二の奇跡は、領地に内政と外交の二重の革命をもたらしたのである。

もちろん、彼女がただ、一切れのステーキのために世界を動かしたことなど、この時、まだ誰も知る由もなかった。


おにくっ おにくっ♪(*´▽`*)

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