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8.VS冒険者

「せっかく早く上がれたし、何かお土産でも買って帰ろうかな」



 この前リンデにくぎをさされたこともあり、残業せずに仕事を終えて帰路についていたけれど、甘いものでも買おうと商店街に足を踏み入れると何やら騒がしい声を聞こえてきた。



「あの奴隷も可哀そうに……」

「あいつらあれだろ。剣聖フリューゲルが率いる『終焉の宴』の連中だろ……」



 あいつまだあの名前を名乗っているのか……


 厨二時代に二人で決めた通り名に懐かしくも恥ずかしいような気持ちに襲われる。フリューゲルとは十代の頃、互いに「剣聖」と「魔剣」を名乗り、いつか最強の冒険者になると誓い合った仲だった。彼女は夢を叶えたが、俺は別の道を歩むことになった。


 一応は正体を隠している身だ。彼らにかかわるべきか悩みながら騒ぎの中心を視線を送ると……人だかりの向こうに見えたのは、見覚えのあるワンピースに水色の髪だった。


 リンド!?


 その瞬間、体が勝手に動いていた。



「ごめん……この子は俺の大切な奴隷さんなんだ。だからナンパは控えてくれるかな?」

「おい、誰だてめぇ……」

「ご主人様……?」



 絡んでいる冒険者たちとリンデの間に入って、彼女の肩に触れてこちらに引き寄せる。やわらかい感触と、甘い匂いが鼻孔をくすぐってとても申し訳ない気持ちになる。リンドの体が僅かに震えているのを感じ、怒りが込み上げてきた。



 こんな風に怯えさせるなんて許せない。彼らがどう動くかわからないからね。いつでも守れるようにしないと……たとえ、正体がばれてでも……



 「ま、まさか……お前は……いや、あいつはこの国を追放されたはず……」



 なぜか動揺しながらぶつぶつつぶやく男の顔を見て、俺は目の前の青年を思い出す。『終焉の宴』の一員、ガルムだ。かつて何度か訓練したこともある。正体がばれたら面倒なことになるだろう。

 だが、ひくという選択肢はない。リンデを守るのだ。



「てめえがご主人様か!! 悪いんだけどよぉ、その子を俺たち『終焉の宴』に貸してくれねえか? お前も奴隷一人のために痛い目をあいたくないだろ?」



 そして、リンデに絡んだガルムがSランク冒険者を示すバッチを誇らしげにかかげてから、自らの力を誇示するためか丸太のように太い腕と拳で床を殴ると、レンガ造りだというのにあっさりと砕けちり、やじ馬たちが悲鳴をあげる。

 ガルムの拳に宿っているのは「強化」の魔法だ。筋力を一時的に数倍に高める初級魔法だが、彼の場合は天性の肉体と組み合わさって恐ろしい破壊力になっている。



「ご主人様、私の事は構わないでお逃げください」



 リンドの声には震えがあったが、その目は決意に満ちていた。まるで彼女が俺を守ろうとしているかのように。



「そうはいかないよ。俺はリンデのご主人様だからね。そして、主人は奴隷をまもるものさ」



 正直目の前の男はSランク冒険者ということもありそれなりに強い。攻撃を受け流すだけでも目立ってしまい正体がばれるかもしれない。だけど、自分のために美味しい料理を作ってくれたり一生懸命世話をしてくれたりする彼女を見捨てるなんて選択肢はなかった。



「は、かっこつけるじゃねえかよ!! 怪我をしてから後悔してもおせえからな!!」



 俺とリンデのやりとりにイラっとしたらしくガルムが拳を振りかぶるのが見え、俺は無詠唱で加速魔法を使い相手の攻撃に備える。スローになった相手の拳を受け止めるとにこりと笑いかける。



「なっ!?」

「どうしたんだ? Sランク冒険者っているのはハッタリたっだのかな?」

「てめえ、なめんな!!」



 慌てて距離をとったガゼルが剣を抜いたのだ。俺はそれを冷ややかな目で見つめ無詠唱を始める。

 それと同時に仲間の冒険者たちも焦った声を上げる。



「おい、ガゼル!! 武器はまずいだろ!!」

「剣を抜いたら俺も穏便に済ませられなくなるけどいいのかな?」

「うるせえ、なめられたままでいられるかよ!!」

「何をやっている!! 街中での暴力での乱闘は禁止だぞ」



 突然の声に、魔法の詠唱を中断する。振り返ると、銀の鎧に身を包んだ騎士たちが駆けつけていた。



「ちっ、騎士かよ。誰だ。通報しやがったのは!!」

「冒険者とはいえ街中で魔法や暴力をふるうことは許可されていない。すぐに戦闘態勢をとけ!!」



 ガルムは不満げに唸り声をあげるが答える者はいない。そしてしぶしぶとだが武器を抑え込む。Sランクの冒険者といえど、王国の法には逆らえないのだ。

 舌打ちをしてさっていくガルムたちと最後に一瞬、目が合う。



「覚えてろよ……」



 そんな彼の視線からリンデを守るようにしていると、助けてくれた見つめていた騎士が声をかけてくれるがその表情が驚きに染まる。



「大丈夫ですか? って、アスト先生? まさか学校の先生が街中で喧嘩とは……」

「待て!! アストだと!! やはりあいつは……」

「いいから行くぞ、これ以上もめ事をおおきくしたら姉御にぶっ殺されるだろうが!!」



 ガゼルがなぜか再びこちらに向かって来ようとしたが、仲間に止められている。それはともかくだ。

 俺は笑ってごまかす。


「あはは、ちょっと色々とありまして……」



 その騎士とは学校の保護者会で会ったことがあった。あのまま魔法を使い続ければ色々と目立ってしまっただろう。彼の中では俺はさえない教師のはずなのだ。

 とはいえ、街中で喧嘩をしていたというのは教育者としてはまずい。どうしようと悩んでいるとリンデかばうように踏み出した。



「ご主人様は悪くありません。彼らに絡まれた私を守ってくださったんです」

「ああ、大丈夫ですよ。事情は通報していた市民のかたから聞いていますから。ただ、アスト先生は実技はからきしときいていたものですから……よほどその奴隷さんが大切なのですね」

「な……!?」



 騎士の言葉に顔を真っ赤にしていると、リンドが上目遣いでこちらを見つめてきて思わずドキリとしてしまう。



「……そうなんですか、ご主人様?」

「いや、それは……」

「それにアスト先生は女性に優しいと生徒の間でも評判ですからね。いや、生徒だけじゃない。ロザリー先生ともとても仲良しだとうちの娘が……」



 そこまで言ったところで騎士の部下が割り込んでくる。



「隊長!! また、よびだしです。今度は大通りで喧嘩だそうです」

「また、仕事か……それでは失礼します!!」

「女生徒……テレサのことでしょうか? ロザリーは……誰でしょうか……」



 嵐のような速さで騎士団も去った後、リンドは二人きりになったので、なぜかこちらをハイライトの消えた目でぶつぶつとなにかを呟いている彼女に声をかける。



「大丈夫かな? 怖かったよね」

「はい……ですが、ご主人様のおかげで助かりました。でも、無理はしないでください。あなたが怪我をしたら私は……」



 リンドが心配そうにこちらを見つめるが、俺は申し訳なく思いながらも首を横に振る。



「ごめん、それは約束できない。俺はさ……世界を救ったりはできないけど、目の前の大切な人くらいは救いたいなって思ってるんだよね……ってちょっとかっこつけちゃったかな」



 自分で言っていて恥ずかしくなり照れ笑いを浮かべると、リンドは真剣な表情で首を振った。


「いえ、かっこよかったです……本当に……」



 彼女の瞳には涙が浮かんでいた。それは感謝の涙なのか、それとも別の感情からくるものなのか、俺には分からなかった。



「あ、そうだ。お土産買おうと思ってたんだ。ケーキとか好きかな?」

「え? 私のために……?」

「うん、いつも美味しいご飯作ってくれるからね。たまには甘いものも食べたいでしょ?」

「はい! 大好きです!」



 リンドの顔が満面の笑みを浮かべてうなづいた。



 そして、二人が菓子店に向かう途中、リンドは小さな声で尋ねた。


「その……やはり大きな胸の方がいいのでしょうか?」

「え?」



 俺が思わず足を止めて聞き返す。


「あの……冒険者の方々が私の胸を見ていたので……ご主人様もそういうのがお好きなのかと…」

「そんなことないよ! 人間は別に胸じゃなくて性格だって。それにリンドの胸は大きい……」


 そこまでいいかけて。そういえば、リンドの胸はいつも少し不自然だったような……いや、深く考えるのはやめよう。



「あ、いや、なんでもない。とにかく、そんなこと気にしなくていいからね」

「はい、ありがとうございます」


 俺の言葉にリンドは安心したように微笑んだ。そして、ケーキを選ぼうとするとかわいらしく彼の裾をひっぱって一言。


「ところでテレサさんや、ロザリーという方とはどのような関係なのでしょうか?」


 なぜか笑顔なのに怖いなと思うアストだった。


★★


「聞いて、お兄様にだきしめてもらったの!! それに私のために冒険者に立ち向かってくれて本当にかっこよかったわ」


 王宮の隠し部屋で、エルトリンデは興奮した様子で語っていた。メイドの姿から元の姿に戻り、頬を赤らめながら腕を抱きしめる。


「はあ、そうですか。それはよかったですね……それよりも騎士に応援を呼んだ私に感謝の言葉が会ってもいいと思うのですが……」

「何よ、その反応は!! 久々にお兄様のかっこよく戦う顔をまじかでみたのよ。仕方ないでしょう」


 つれない反応の側近にエルトリンデは不満そうににらみつける……が、意外にもたくましい胸板を思い出してえへへと笑う。

 


「ああ、それはそれとしてゴミは処理しておかないと……」



 彼女の表情が一変する。冷血姫の異名にふさわしい冷たい目で、エルトリンデは言い放った。



「ナンパならば百歩譲れる。でも、あの人に危害をあたえるならば話は別よ。万死に値するわ」

「フリューゲル様に文句を言えばいいのでは? うかつに手を出せば揉めますよ?」

「あのバカがやたらと人数を増やしたのが悪いのよ。お兄様に手を出した人間を助ける義理はないでしょ」



 エルトリンデは窓から夕暮れの街を見つめながら、静かに呟いた。



「お兄様には今度こそ……平和にいきてほしいんですもの」

「わかりました。それでは私が対処しておきましょう。いいですね、エルトリンデ様自ら行ってはいけませんよ」

「もう……わかったわよ……任せるわ」



 その表情はとても寂しそうで……それと同時に彼女の左腕の黒い模様が、再び光を放ち始める。



「ああ、でも……学校にもお兄様に近寄る虫がいるようね……そっちも何とかしないと……ねえ、アンビー、私のお願いを聞いてくれないかしら」

「はい、いったい何でしょうか?」



 ぶつぶつとハイライトの消えた目でつぶやくエルトリンデにいやな予感を覚える側近のアンビーだった。



★★


 夜の街をガゼルは酔っぱらいながら歩いていた。その顔は真っ赤だがあきらかに楽しそうではなく不快そうに歪んでいる。


「くそ……騎士ごときが邪魔をしやがって……」



 彼が思い出していたのはもちろん夕方に声をかけた奴隷の事である。美しい女だった。Sランク冒険者として賞賛を浴びている彼は女性に困ることはない。

 だが、それでもほしくなるほど魅力的な顔と……なによりもあの冷たい目が嗜虐心をそそるのだ。

 暴力で歪めたらどうなるかと……


「それにだ……アストだと……マジであの魔王殺しの英雄なのか? だったらまずいぞ……」


 彼ら『終焉の獣』のリーダーはアストに異様なまでの執着を見せているのだ。ここにいるとなったら、全てを捨ててでも探しに行くだろう。

 それはSランク冒険者ギルド『終焉の獣』としての利権をむさぼっているガゼルにとってあまりよいことではなかった。



「魔王殺しとはいえ不意さえ討てば敵じゃねえ……居場所を見つけて殺せば……」

「そんなことはさせませんよ。私の故郷では襲撃者は殺してもいいとなっています」

「なっ?」


 酔っていてもSランク冒険者だ。近づく気配は何も感じていないはずだった。だが、いつの間にか背後に何者かがたっており、のど元にナイフを突きつけられているのだ。


「お前は……」

「余計なことをしたら殺す。アスト様に関わった殺す。いいですか?」


 質問には答えずに淡々とした口調で紡がれる声から女だとわかる。


 今はまずいな……そう思ったらガゼルは従うフリをした。


「あ、ああ……わかった。アストには手を出さない。だから命は助けてくれ」

「物分かりが良くて何よりです」


 その言葉と共に喉元のナイフが消えて背後のプレッシャーもなくなったのを確認してにやりと笑う。



「なーんてな!! 誰だか知らないが俺様に命令できると思うなよ」

「想定内です。それに……私の主に敵意を向けた相手を許すつもりはありません」

「がはぁ!?」


 襲い掛かろうとして股間を全力でけられて悶えるガゼル。



「ちょっと、待ってくれ……今のは冗談……」

「もう、遅いです。それではお仕置きの時間です」


 かろうじで声を上げるが、人影は容赦がなかった。三十分ほど一方的に殴る音が響く。

 そして、その翌朝には路地裏に全身ぼこぼこに殴られ全裸で放置された冒険者の姿があったという。

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フリューゲル?は男?女?彼と彼女、両方使われていますね いつか最強の冒険者になると誓い合った仲だった。彼女は夢を叶えたが、俺は別の道を歩むことになった。
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