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第3話 思い出のかけら

「ご主人様、掃除が終わったのでそろそろ食事の準備をしますね」



 リンドが微笑みながら俺の部屋から出ようとした。今日は珍しく自室の部屋の掃除をしてもらったのだ。ちょっと気恥ずかしいこともあり、普段は「自分でやるから大丈夫」と断っているけど、今日は持ち帰った学校の仕事が忙しかったので、彼女の申し出を受け入れた。



「あ、ごめん、その前に机の引き出しの中に授業計画があるんだ。青い表紙のノートなんだけど、持ってきてくれないかな?」

「わかりました!」



 リンドが部屋に戻っていく背中を見送りながら、ふと不安がよぎった。あの引き出しには、他にも色々なものが入っていたはずだ。

 あわてて、彼女を追いかけると、リンドが青いノートと古い写真を見つめ立ち尽くしていた。



「リンド!!」



 彼女の手元に目をやると、もう片方の手に古い写真を握りしめていた。端が少し焼けたあの写真だ。胸が締め付けられる感覚に襲われた。



「すみません、勝手に見てしまって……」



 リンドが申し訳なさそうに写真を差し出してきた。俺はノートと一緒に受け取り、懐かしさと痛みが入り混じった気持ちで写真を見つめた。


 写っているのは、幼い頃の俺と銀髪の少女。エルトリンデだ。二人で肩を寄せ合い、満面の笑みを浮かべている。屋敷の庭園で撮った一枚だった。

 まずい……俺の正体がばれてしまうか……そう緊張している俺に話しかけてくる。



「この方は……ご主人様のご家族ですか?」



 リンドの声が震えているのは気のせいだろうか? それと同時に俺は安堵の吐息を漏らす。

 そうだよね、前世のようにテレビなんかはないのだ。だったら、こんな辺境にいる以上エルトリンデのことをリンドが知るはずはない。



「ああ、俺の妹だよ」

「とても……お綺麗な方ですね」

「そうだね。彼女は美しかった。外見だけじゃなく、心も……」



 言葉にしながら、胸の奥に眠っていた記憶が鮮明によみがえってきた。魔法を教えていた日々、一緒に笑い合った時間、彼女の純粋な笑顔。



「今は……どちらに?」



 リンドの質問に、一瞬言葉に詰まった。どう答えればいいのだろう。



「今は……遠くにいる、とっても遠くにね」



 そう曖昧に言いながら、写真を見つめ続けた。



「俺は彼女を守りたかった。本当は俺が彼女を支えるべきだったのに、俺が至らなかったからな……彼女は俺とは違う道を進むことになってしまった」



 なぜこんなことをリンドに話しているのだろう。普段は誰にも話さないことなのに。だが、言葉は自然と溢れ出てきた。



「彼女には幸せになってほしかったんだ」



 俺は写真の少女の顔を優しく撫でた。



「今もそう思ってる」



 突然、リンドの手が俺の手に重なった。彼女の指先が震えているのを感じた。



「きっと……彼女も同じことを思っていますよ」



 リンドの声が震えていた。見上げると、彼女の目には涙が浮かんでいた。



「そうかな。彼女は俺のことを恨んでいるかもしれないよ」

「そんなことはありません!」



 リンドの声は予想以上に強く、俺も驚いた。彼女は慌てたように言い足した。


「あの、その……ご主人様のような素敵なお兄様を、妹様が恨むはずがないと思って……」



 少し不思議に思ったが、彼女の言葉は心に染みた。



「ありがとう、リンド。そう言ってくれると嬉しいよ」



 俺は写真を大切そうに胸ポケットにしまうと気を取り直したように笑った。



「あ、ごめん。変な話をしてしまったね」「さあ、夕食を食べようか」

「はい……」



 リンドは小さく頷いた。俺は上着を手に取り、部屋を出た。だが、振り返ると彼女はまだその場に立ち尽くしていた。

 なぜだろう。リンドの姿が、かつてのエルトリンデと重なって見えた気がした。


★★★


 アストが部屋を出ていった後、リンドはその場に立ち尽くしていた。彼女の手はまだ震えており、胸の奥で何かが激しく脈打っている。



「お兄様……」



小さく呟くと、彼女はそっと机の上に視線を落とした。そこには、先ほどアストがしまった写真の残像が浮かんでいるように感じられた。



「私のことを……忘れていなかったんだ」



 彼女は目を閉じ、深呼吸をした。涙がこぼれそうになるのを必死に堪えながら、自分自身に言い聞かせる。



「……お兄様は私が恨んでいるかもしれないって思ってた……そんなこと、絶対にないのに……」



 彼女の左腕に刻まれた黒い模様が疼く。呪いの力が彼女を締め付けるようだった。



「私が追放したから……そう思わせてしまったんだ。でも、それは仕方がなかった。あの時、お兄様を守るためには、それしか方法がなかったんだもの」



 エルトリンデは拳を握りしめた。自分の選択が正しかったのか、それとも間違っていたのか、何度も問い続けてきた。それでも、アストの安全だけは守りたいという思いだけでここまで来た。



「お兄様……私があなたを守るから。どんな形でもいいから、そばにいたいんです」



 彼女は窓の外を見る。夕日が沈み始め、空が赤く染まっていた。その光景に、幼い頃アストと一緒に見た王宮の庭園を思い出す。



「あの日もこんな夕焼けだったわね……」

 


エルトリンデは微笑む。しかし、その笑顔にはどこか寂しさが漂っていた。



「お兄様が『幸せになってほしい』って言ってくれた。でも、それなら私も同じよ。お兄様には幸せになってほしい。私と一緒じゃなくてもいいから……ただ、幸せでいてほしい」



 彼女は自分自身に言い聞かせるように呟いた。しかし、その言葉とは裏腹に胸が締め付けられるような痛みを感じていた。



「でも……本当は一緒にいたい。ずっとそばで笑い合いたい。あの日々に戻りたい……」



 エルトリンデは机に手をつき、深く息を吐いた。そして、静かに立ち上がり、自分の髪を水色へと戻した。リンドとして振る舞う時間だ。


「もう少しだけ、このままでいさせてください」


 彼女は鏡で自分の姿を確認し、小さく微笑んだ。その笑顔には決意と覚悟が宿っていた。




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