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26.アストとロザリー

図書館の静かな閲覧席で、ロザリー先生はエルトリンデの論文をひろげながら、目を輝かせて俺に語りかけてきた。



「アスト先生、見てください! これ、エルトリンデ様の初版サイン入り論文集なんです!」

「なんでこんなものが……っていうか、凄い量の付箋ですね」

「うふふ、お気に入り何でつい何度も借りてたら、係の人に好きにしていいよって言われたので好きにさせてもらいました」



 ロザリー先生は、なぜか図書館の机にエルトリンデの論文をずらりと並べている。しかも一冊カラフルな付箋がびっしりとあるが……図書館のものを私物化していないだろうか?



「このページの注釈が最高なんですよ! ここ、エルトリンデ様が“呪術の効果が上がった原因は、お兄様が最近私にかまってくれないでフリューゲルとばかり遊んでいるからかもしれない。負の感情がその力を高めるのだ”って冗談を書いてるんです! かわいすぎませんか!?」

「は、はあ……あいつ論文に何を書いているんだ……?」



 俺が小声で苦笑いしていると、ロザリー先生はさらに勢いを増す。



「アスト先生、やっぱり呪術の理論って奥が深いですよね。特に『魔力暴走と先祖の呪縛』の章は、エルトリンデ様の論文でも何度も引用されているんです。あの方の研究は本当に素晴らしいんですよ! まさか、魔力が高い人間は魔族の呪いが原因だなんて……そんな風な発想はなかったですからね」



 推し活全開のロザリー先生は、エルトリンデの名を出すたびに頬を紅潮させている。


「それだけじゃありません。エルトリンデ様が十五歳のときに発表された『古代魔法理論』が無ければ魔法の歴史の進みは十年は遅れたでしょうね。時魔法も一部の人間にしか使えませんが非常に強力で魔王との戦いにも役立ったと言われています!」

「へぇ……やっぱりエルトリンデ様はすごい人だったんですね」



 俺はなるべく平静を装いながら相槌を打つ。正直な話をすると義妹が評価されているのは嬉しいし、笑顔になってしまいそうだ。だが、俺とあいつの関係を疑われている以上怪しまれるようなことはできない。

 そして、ロザリー先生の熱量は止まらない。



「はい、そんなエルトリンデ様が魔王と戦った後は研究を呪術にのみ絞ったのは話題になりましたが……何か知っていますか? アスト先生」

「え? さあ、なんででしょうね……」



 いきなり話をふられて困惑してしまう。だが、ロザリーの瞳は何かを見極めようとしているようで……



「そう言えば……ご存じですか? エルトリンデ様は昔、魔力の暴走でとても悩んでいらしたんです。王城からとある貴族の元で養子に送られそこでも恐れられて、ほとんどの人が近づこうとしなかったとか。でも――」



 ふっとロザリー先生の声が落ちる。その瞳はどこか遠くを見ていた。



「唯一、そばにいてくれた人がいたそうです。彼女の兄アスト=ベルグ。彼がいなければ、エルトリンデ様はきっと今のような偉大な魔導士にはなれなかった。……私は、そう思います。ちょうど、アスト先生とおなじ名前ですね」

「……!」

「その人は、どんな時も彼女の味方で、魔力の制御をおしえ、心の支えにもなってくれた恩人だそうです。エルトリンデ様が“世界で一番大切な人”って、昔の講演で話していたのを聞いたことがあるんです」



 俺は思わず息を呑んだ。まさかロザリー先生がそこまで知っているとは思わなかった。

 アストが彼女の義理の兄と言うのは常識だが、一緒に冒険したあたりからツンツンしていたことと、追放したこともあり、あまり仲は良くないとされているからだ



「……アスト先生、あなたは……もし大切な人が呪いに苦しんでいたら、どうしますか?」



 ロザリー先生は微笑んだが、その視線はどこか意味深だ。



「……もちろん、助けたいと思いますよ」

「……やっぱり、そうですよね」



 ロザリー先生は、俺の顔をじっと見つめた。その目は、まるで“あなたが本当は誰なのか、知っている”とでも言いたげだった。



「もしも、エルトリンデ様が何者かに呪われていたらアスト=ブルグはきっと……」



 ロザリー先生はそこで言葉を切り、ほんのり微笑む。



 「……いえ、なんでもありません。さあ、続きを調べましょう。魔王の血の代償の呪いについて……」


 俺は動揺を隠しきれず、ページをめくる手がわずかに震えていた。


(まさか、ロザリー先生は俺の正体に……?)


 図書館の窓の外では、春の光が静かに差し込んでいたが、俺の心は妙な緊張で満たされていた。



★★★



 魔王の呪いについていくつか教わったことを頭にいれながら俺が帰宅すると、明かりがついているのに気づく。



「おかえりなさいませ、ご主人様」

「もう、結構遅い時間なのに……寝ててよかったんだよ?」

「そんな……ご主人様の帰りを待たずに寝るわけにはいきません」



 いつものように笑顔でリンドが出迎えてくれるが心なしか目が冷たいのはきのせいだろうか?


「あ、ごめん……ご飯は食べてきちゃったんだ。もしかして待っててくれてたのかな?」


 ロザリー先生に教わって図書館をでるとすっかり夜だったため一緒に食事をしたのだ。

 まあ、彼女の真意が気になって全然味はわからなかったのだが……



「いえ、大丈夫ですよ。そんな気はしていたので先に食事はすましておきましたので」

「そっか、それはよかった……今度から気を付けるよ」



 ほっと安堵の吐息を漏らすがそんな気はしていたってどういうことだろうか……? まさか、つけていたというわけではあるまいし……



「ところでですね……大変恥ずかしい話なのですが、目が冴えてしまってなかなか寝付けず……本を読んでいただけないでしょうか?」

「え?」



 ちょっと恥ずかしそうに言ったリンドに俺がまのぬけたこえを上げるのは無理もないだろう。確かに眠れないときに本を読む風習もある、そして、平民などは本を読むことはできない人もいるので恋人などが読み聞かせをすることもあるのだ。

 だけど、リンドはエルトリンデなわけで……当然本はよめるどころか論文だってかけるのだ。



「ふふふ」

「もう、なんで笑うんですか。確かに大人になって……と思うかもしれませんが……」

「ごめんごめん、義妹もよく読んでたなって思ってさ。俺は……その時間が好きだったんだよ」


 十歳くらいまでは彼女が寝るときに一緒に読んでいたものだ。だけど、思春期いなってからかはずかしくなったのか、断られるようになったのだ。

 だから、再びこうして甘えてくれるのが嬉しい。



「もう……アスト様……こういう時に他の女の事を言うのは無しですよ」

「ごめんごめん、それでどんな本がいいのかな?」


 同一人物だよねと心の中でつっこみながら、こうして甘えてくれるエルトリンデにちょっと嬉しく思うとともに、俺は改めて彼女の呪いを解くと誓うのだった。



★★★


「お姉ちゃん……やっぱりエルトリンデ様とアスト先生は強力な縁で結ばれているみたいですよ」


 ロザリーは返事がないとわかっていても、ベッドの上で死人のように眠っている十歳くらいの女性に声をかけていた。



「エルトリンデ様は本当にすごいんです。お姉ちゃんに教わったけど、私では全然わからなかった古代魔法である時魔法も復活させましたし……何よりもお姉ちゃんと同じ魔力暴走を経験したのに、その力を制御できたんですから」



 最初はエルトリンデへの感情はただの興味だった。だが、彼女を知っていけば知っていくほどそれはあこがれになり、崇拝へと変わっていったのだ。

 なぜならば彼女は似ていたからだ……自分がずっと憧れていた姉に……自分が死ぬほど頑張っても理解できなかった古代魔法を復活させ……自分の姉が制御できなかった魔力暴走を制御したのだ。そして、彼女にしらべていくうちに、一人の人物にぶつかる。



「アスト=ブルグ……あなたとエルトリンデ様なら私たちでは超えられなかった試練もこえられるのでしょうか」


 まるで何かを祈るかのようにロザリーはささやくのだった。




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