25.いざ図書館へ
『キャストリス図書館』そう名付けられた街の中央図書館は休日の朝というのにあまり人気はなかった。目に入るのは暇そうな人間と逢瀬でも楽しむのか男女のカップルくらいである。
「まあ、王都ならともかく、こんな辺境ではそんなに勉強熱心な人間はいないか……あれは……」
図書館の前でロザリー先生を見つけた瞬間、思わず二度見してしまった。
普段の職員室では地味なローブ姿が定番の彼女なのに、今日は淡いラベンダー色のワンピースに、柔らかく巻いた髪、ほんのり色づいたリップまで――明らかに気合いが入っている。
手にはいつものように呪いの書かれたノートが抱えられているけど、その仕草もどこか知的に見えるから不思議である。
「アスト先生、待ってました!」
俺に気づくと、ロザリー先生は笑みを浮かべながらて駆け寄ってくる。その足取りも、いつもより軽やかに見えた。
「今日は、せっかくの休日ですし……いつもより、ちょっとだけおしゃれしてみました」
そう言って照れくさそうに笑うロザリー先生。正直、いつもの彼女とのギャップに、俺は少しだけドキッとしてしまう。
まるで本当にデートみたいだな……いや、今日は呪いの調査が目的なんだけど……
とはいえこういう時にかける声は一言だ。
「よく似合ってますよ、ロザリー先生」
「うふふ、ありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね、アスト先生」
そう伝えると、彼女はさらに顔を赤くして、嬉しそうに本をぎゅっと抱きしめた。そして、俺達は図書館へと入っていく。
「アスト先生! こっちです、こっち!」
迷いなく進む彼女に続きながら地図を見ると、呪術、呪術、童話、呪術、魔法学、英雄譚、呪術と、この図書館の蔵書の七割が呪いに関する本なんだけど、どうなっているんだろう。
「ロザリー先生はよくここにいらっしゃるんですか?」
慣れた足取りで先導してくれる彼女に問うとクスリと笑う。
「実は……ここの図書館って私の家が管理しているんですよ。私の家名を覚えていますか?」
「家名ですか……確か、ロザリー=キャストリス……あっ!!」
「はい、だからでしょうか、ちょっと偏った蔵書なんです。我が家は代々呪術を学んでいますから」
「なるほど……そういう家系なんですね」
ちょっとではないと思うが……そう、アンビーの報告書に書いてあったがキャストリス家は呪術に特化した家系らしい。
というかキャストリス家って何かほかでも聞いたことがあるんだよね……なんだっけな……
「それでは、今日は絶対に有意義な一日にしましょうね! まずはこの『魔族の呪詛理論』、そして『血の契約と魂の同調』、あと『エルトリンデ様の論文集』を調べてみましょう」
そういうと彼女はまるで図書館中の本の場所を把握しているかのように慣れた様子で本を取って来る。
「あとは、あれですね……」
彼女の視線の先には古びた分厚い魔術書が高い棚の上に鎮座している。ロザリー先生は背伸びをして、なんとか手を伸ばそうとするが、あと少し届かない。
「無理しないほうが……」
俺が声をかけるより早く、ロザリー先生はつま先立ちになり、さらに指先を伸ばす。その瞬間、バランスを崩してふらりと体が傾いた。
「きゃっ!!」
慌てて立ち上がった俺は、反射的にロザリー先生の腕を掴み、体を引き寄せる。
彼女は俺の胸に倒れ込むようにして、顔を真っ赤にして固まった。
「だ、大丈夫ですか?」
「は、はい……すみません、私ったら……」
ロザリー先生は恥ずかしそうに目を伏せる。俺は苦笑しながら、片手で本を棚から取って彼女に手渡した。
「これでいいですか? 次から俺が取りますからね。遠慮なく言ってください。というか俺が頼んだんです、それくらいさせてください」
「……ありがとうございます、アスト先生」
ロザリー先生は本をその豊かな胸に抱え、ますます頬を赤く染めていた。俺はそんな彼女の姿を見て、なんだか自分まで少し照れてしまう。
気を取り直して静かな閲覧席に座ると、ロザリー先生は早速俺の隣にぴったりと寄ってきた。ページをめくるたびに、肩が触れそうな距離だ。
「この呪いの理論、どう思いますか? やっぱり“血の契約”が鍵ですよね。エルトリンデ様の論文では“契約者の魂の共鳴”が重要だと……」
「そうですね……。でも、実際に使うとなると、かなりリスクも高いんじゃ……」
「実際に使う……ですか? アスト先生はもしかして呪いにかかった誰かを助けたいんですか?」
ロザリー先生が、じっと俺を見つめる。彼女の瞳の奥に、ただの研究熱心以上の何かが宿っている気がした。
「どうしてそう思ったんです?」
「いきなり呪術について聞きたいとおっしゃっていたので……最近何かあったのかなと思いまして」
なぜか意味ありげにわらう彼女の手元を見ると呪術ノートに『今日:アスト先生と初デート(研究)」と書き込んでいるのが見えた。そして、ページの端には「アスト=ベルグ?」というメモもちらりと見えたような……
「それでは次はエルトリンデ様の論文を見てみましょうか?」
そういうとロザリーはなぜかカラフルな付箋の貼られた論文を広げて見せた。彼女は何かを知っているのだろうか。思わず冷や汗が流れるのだった。
★★★
「ロザリー先生は随分とオシャレをしているようです……まるでデートのようですね」
遠くでアストとロザリーが仲良さげに話しているのを見ているアンビーは傍らでとっくに中身のなくなったコップに口をつけているエルトリンデに声をかける。
「……そうね」
感情を押し殺した声が帰ってきてアンビーはにやりとわらう。二人は魔法によって変装をしているため、正体はばれないはずだが、エルトリンデの放つ圧倒的な殺気に不本意に注目を浴びてしまっているのだ。
「まるで、好きな人が他の女にうつつを抜かしてことに殺気立つめんどくさいメンヘラのようですね……」
「何か言ったかしら? そんなことよりも私たちもいくわよ」
「はい……エルトリンデの時ももっと素直に甘えればいいのに……」
ぼそりとつぶやくアンビーだがエルトリンデは無視することにしたようだ。そして、そのまま図書館に入ると本の偏りに驚く。
「さすがは呪術の名家『キャストリス』の図書館ね。すごい蔵書じゃないの……うふふ、お兄様ったら、私のために調べてくれて……本当に優しいんだから」
「……」
「でも、だったら私じゃなくてもリンドには教えてくれてもいいじゃないの……まさか、調べるのは名目でロザリーとデートをしたいからじゃないわよね……」
ぶつぶつと呟くエルトリンデを無視して気配を消しながらアストたちを追いかけるアンビー。
そして、彼らの方が近くなるたびにうめき声をあげるエルトリンデにため息をついていていた時だった。
「あの女……ラッキースキンシップを……!!」
「落ち着いてくださいエルトリンデ様。殺気が漏れてます」
本を取ろうとバランスを崩したロザリーをアストが支えようとして抱きしめるような状態になるとエルトリンデが飛び出していきそうだったので慌てて止める。
「ああ、それだけじゃない。一緒に本を読みあってる……昔は私だけの特権だったのに……」
「あれは……無詠唱魔法?」
その時だった……アストの肩に触れたロザリーの手が輝いたように見えたのだ。彼女には何かある……アンビーは警戒心を強めるのだった




