二話.奴隷とデート
「わ、コカトリスのから揚げだって、おいしそうじゃない?」
「ご主人様、今日はお野菜を食べましょう。いつもお肉ばかりでは栄養が偏ってしまいますからね」
リンドが並べられているから揚げ前に興奮している俺を優しい笑顔を浮かべながらたしなめる。今日は珍しく二人で市場に買い物に来ているのだ。
彼女は遠慮していたがどうしてもやりたいことがあったのでついてきたのだ。
「はー、じゃあこれと……」
「待ってください、ご主人様。この大根、もう少し選び直させてください」
彼女は俺が適当に手にした大根を棚に戻すと、他の大根を手に取り始めた。その姿は実に真剣で、まるで宝石商が宝石を見定めるような慎重さだった。
「ねえ、リンドそんなに違いがあるの?」
「はい、大根は見極めが大切なんです。まず、葉の付け根を見るんです。ここが鮮やかな緑色で、みずみずしいものが新鮮です」
彼女は器用に大根を回しながら続けながら説明してくれる。
「すごいね……大根選びの知識はどこで学んだの?」
「城の料理人から……あ、いえ、以前仕えていた貴族の料理人からです」
城……? と聞きなれていた言葉にけげんな顔をすると、リンドが慌てながら大根を差し出してきた。
「そ、それより、表面を触ってみてください。なめらかで傷がなく、しっかりとした重みがあるものがいいんです。ご主人様の口に入るものなんです。少しでもおいしく良いものにしなくては……」
ちょっと疑問はあるが、食材一つ選ぶのにも真剣でこちらのことを思ってくれるのがわかり、胸が暖かくなる。それと同時に懐かしい思い出が頭をよぎって笑みがこぼれる。
「ご主人様何をわらっているんですか、私は少しでもあなたに美味しく味わってもいただこうと真剣なんですよ」
「ごめんごめん、ちょっと懐かしいことを思い出してさ……昔とある人がクッキーを作ってくれるっていて買い物に付き合ったら一日中付き合わされたんだよね」
あれはエルトリンデが十歳の時だった。俺の誕生日にとクッキーを作ってくれるとの事だったのだが、砂糖や小麦粉など、最高のモノを選ぶと言って、いくつもの商会をはしごされられたのだ。
「そんなことが……さぞかし迷惑だったでしょうね」
「まさか。結局家に戻ったのは夕方だったし、慣れないからかレシピ通りにできないってちょっと拗ねたりして大変なこともあったけど、一生懸命作ってくれたのが本当にうれしくってさ……世界一おいしいクッキーだったよ」
「……」
懐かしくなって思わず語っていたがなぜかリンドがそっぽを向いているのに気づく。
心なしか耳が赤いのは気のせいだろうか?
「ごめん、今の話はつまなかったかな?」
「いえ……私とのデート中にほかの女の話をしているご主人様の無神経さにどういう顔をすればいいかわからなくて……」
「別にこれデートじゃないよね? それにクッキーを作ってくれたのが女の子とは一言も言っていないけど!!」
「うふふ、冗談ですよ。ご主人様はお優しい方だなと改め思っただけです。その子もそんなふうにおもっていただけるとわかったら喜ぶと思いますよ」
「だといいけどね……」
いたずらっぽい笑みを浮かべるリンドに苦笑しながら、俺の視界に本当の目的の店が目に入った。
「そうだ、リンド。そこの服屋に寄ろう」
「え? ですが、食材の買い出しは……」
「それはこの後でいいよ。メイド服以外持ってないだろ?」
リンドは大きく目を見開いた後に少し困ったような顔をした。
「ですが……奴隷の身分では……」
「大丈夫だって。俺が買うからさ、いつも頑張ってくれているリンドへプレゼントだよ」
「……ありがとうございます」
そう言って、近くの服屋に向かった。店に入ると、中年の女性店員が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」
「この子に合う服を見てみたいんです」
店員は一瞬リンドの首輪に目をやったが、すぐに明るい表情に戻った。
「まあ、なんて素敵なお嬢さん!水色のお髪に青い瞳……この子にはぜひ似合う服をお選びしましょう!」
リンドは恐る恐る服を見始めた。店員は彼女の体型を見ながら次々と服を勧めてくれる。
「このワンピースなんていかがでしょう?水色のグラデーションが髪の色と見事に調和しますわ」
リンドが手に取ったのは、水色のワンピースだった。彼女の髪と目の色によく合いそうだ。
「これ、可愛いですね」
「じゃあ、それにしようか」
「え? でもこんな高いもの……」
「いいから、俺があげたいんだ。せっかくだから、着てみてよ」
リンドは恐る恐る試着室に入ると。店員が小声で俺に話しかけてきた。
「旦那様、お優しいですね。あの子、とても上品な立ち居振る舞いをされますわ。よほど良い家のお嬢様だったのでしょうね」
「そうですね……」
俺は苦笑いするしかなかった。確かにリンドには奴隷らしからぬ気品がある。だけどつらい過去があるだろうし聞けていない。
しばらくして、リンドが試着室から出てきた。その姿を見て、俺は思わず息をのんだ。
「わぁ……似合ってるよ、リンド」
メイド服とは違う、柔らかな雰囲気。まるで別人のようだ。
「まあ!なんてお似合いでしょう! まるで貴族のお嬢様みたい!その立ち姿、本当に美しいわ」
俺たちの誉め言葉にリンドは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「本当ですか? でも、奴隷が……」
「そんなこと気にしなくていいのよ。美しいものは美しい。それだけのことですわ」
「そうだよ。気にすることないって。さ、これで決まりだ」
俺が会計を済ませ、リンドにその場で着てもらうことにした。店を出る時、店員が最後にリンドに囁いた。
「お嬢さん、あなたを大切にしてくれる方がいて幸せね」
リンドは小さく頷くと、俺の腕にそっと手を添えた。その顔は真っ赤になっているが本当に嬉しそうに小さく笑みを浮かべている。
喜んでもらえたとうれしくなりながら俺は会計を済ませ、リンドにその場で着てもらうことにした。外に出ると、彼女は少し緊張した様子で歩いている。
そんな時だった。ちょうど、よそ見をしながらお店に入ろうとした男とぶつかってしまう。
「前をみんか、平民ごときが!!」
「貴族か……」
男は装飾が華美な衣装に身を包んでおり、それなりの立場にいることがわかる。選民意識がたかいやついるものだ。
面倒なことになるのが嫌な俺はリンドをかばいながら謝る。
「すいません……気を付けますね」
「ふん、私は寛大だからゆるしてやろう。感謝しろよ」
鼻息荒く偉そうな男にげんなりしながら、早く通り過ぎようとした時だった。男の視線がリンドを見つめ、あざけりの笑みを浮かべる。
「まったく平民の考えることはわからんな。奴隷にこんな服を着せるとは……どうやらこの男は女を買う金もないようだな」
「失礼ですが、今のお言葉はどういうおつもりで? ぶつかったのはあなたがよそ見をしていたからでしょう」
失礼な物言いに文句を無視しようとするとリンドが口を開く。その口調は、いつもの柔らかさを失っておりどこか冷淡だった。
「なっ……」
男が一瞬たじろいだ。奴隷に反論されるのが予想外だったのもあるだろうが、リンドの態度があまりにも威圧的だったからだろう。
「他人の奴隷にいちゃもんをつけて偉ぶるなんて。高貴なるものがすることとは言えませんね」
リンドの声には冷たさが滲んでいた。まるで高位の貴族が下々の者を叱りつけるような口調だ。
「こ、この……」
男は顔を真っ赤にして、殴りかかろうとして拳を……
「時よ加速しろ……アクセラレーション」
「な? 瞬間移動? いや、まさか高度な時魔法を平民ごときが使えるはずがない!! だって、あれは魔王殺しの英雄の……」
魔法を使って加速した俺が貴族の拳を受け止める。そして、驚愕の表情を浮かべている男にささやく。
「彼女は大切な人なのです。その手をさげていただくわけにはいかないでしょうか?」
「くっ……貴様ら、顔は覚えたからな!!
俺の言葉とリンドの冷たい視線に押し切られ、捨て台詞を吐いて去っていく。そしって、俺は氷のような目をしているリンドに声をかける。
「リンド、君……すごい迫力だったね」
その言葉で我に返ったリンドは、急に慌てた様子になった。
「あ、あの……申し訳ありません! ご主人様がけなされ、つい、カッとなってしまって……」
彼女は肩を縮め、震える声で言った。
「奴隷のくせに生意気だと思われたら大変です。ご主人様、どうか許してください」
リンドは頭を深く下げた。その姿は先ほどまでの威厳ある態度とは打って変わって、弱々しく見えた。
俺は少し困惑しながらも、首を傾げた。
「いや、謝ることないよ。むしろ、よく言ってくれたと思う。ただ……君はやっぱり貴族の出身なのかな? あんな態度、普通の奴隷にはできないと思うんだ」
リンドの顔が一瞬青ざめて必死に首をふる。
「そ、そんなことありません! ただの奴隷です。昔、貴族のお屋敷で働いていたので、少し真似ができただけです」
必死な様子に彼女だがそれは言い訳にしか聞こえない。まだ少し疑わしい気もしたが、それ以上は追及しないことにした。
「そっか。まあ、いいや。それより、さっきの大根、買いに戻ろうか」
「は、はい!」
リンドは安堵の表情を浮かべながら、急いで歩き出した。
俺は彼女の後ろ姿を見つめながら、考え込んでしまった。リンドの正体、本当はもっと複雑なものなのかもしれない。でも、それを追及するのは今じゃないな。彼女には彼女の事情があるんだろう。
それに、あの目は……どこかエルトリンデに似ている気がした。
★★★
その夜、リンドはいつものように漆黒のローブの部下であるアンビーと密会していた。水色の髪から銀髪へと姿を変えたエルトリンデは、新しいワンピースを手に持ち、くるくると回っていた。
「アンビー! これを見なさい。お兄様が買ってくれたの!」
エルトリンデの目は星のように輝いていた。そんな彼女をアンビーは困惑した表情で見つめた。
「エルトリンデ様、少し落ち着いてください。そんなふうにクルクルと回れば下着が見えてしまいますよ」
「私とあなたしかいないんだからいいでしょう! それよりも聞いて、今日はね、お兄様と市場に行ったの! そしたら、お兄様が突然『服を買ってあげる』って言ってくれたのよ!」
エルトリンデは両手を頬に当て、うっとりとした表情を浮かべた。
「それで、このワンピースを選んだら、お兄様ったら『似合ってる』って言ってくれたのよ! もう、その時の優しい笑顔ったら……死んでもいいと思ったわ!」
「またですか……」
いつもののろけモードになったエルトリンデにアンビーは小さくため息をついた。
「それだけじゃないの! お兄様ってば私が昔つくったクッキーのことも覚えていてくれたの。それでなんて言っていたと思う」
「『家畜のえさの方が上等だぜ』……でしょうか?」
「そうなの。世界で一番おいしいって言ってくれたのよ!!」
アンビーの失礼な言葉にも気づいた様子はなく、エルトリンデはのろけ続ける。そして、ようやく一息ついた段階でアンビーが本題に入る。
「エルトリンデ様に絡んだ貴族の正体がわかりました。ヘイゼンウッド男爵です。領民からの評判もあまり良くはないようで……違法奴隷の購入なども確認できました」
「そう……ならば、それを理由に処罰しましょう。私に失礼なことをいうのは一万歩譲って許すとしてお兄様に被害をあたえるかもしれないなら容赦はしないわ」
「は、わかりました!!」
アンビーが静かに答えるのを見てエルトリンデは満足そうにうなづいた。そして、
エルトリンデは窓の外を見つめながら、新しいワンピースを胸に抱きしめた。
「お兄様……あなたのことは私が守りますからね……」
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