19.とある魔法使いの人生
「あなたには魔法の才能がある……だから、エリートになりなさい。そして、わが一族の名誉を再び蘇らすのです」
それは五歳になり魔法の才能に目覚めてから母や父だけでなく親族にまで何度も言われ続けた言葉だった。
その通り自分には才能があったのだろう。魔法学校の同級生たちと比べて自分は明らかに優れていたのがわかった。
だが、それは才能だけじゃない
「王都から優秀な先生を雇ったのよ」
母が連れてきた教師が行ったのは全てのプライベートを犠牲にした常軌を逸した訓練だった。だけど、嫌だなんて言えなかった。
無駄に聡い自分はわかっていた。「母が先祖代々に伝わる指輪なの」とことあるごとに大切そうになでていた指輪はこの教師がやってから見ることがなかったのだから……
もはや屋敷を維持するだけの没落貴族である我が家にとって自分は最後の希望だったのだろう。
だから言い聞かせる。
「私はエリートなのだ。私がファフニール家を復興させるのだ!!」
そのためには必死だった。何度も挫折をした。何度も絶望もした。だが母や父の期待に満ちた顔を思い出しては頑張った。
その結果彼は、魔法学校を首席で卒業し、宮廷魔術師の候補として王都への招集されることになる。友はできなかったがどうでもよかった。自分には魔法があるのだから……
だが、そこで彼は一人の天才を見てしまった。その名は……
「エルトリンデ」
自分よりも年下でありながら、圧倒的な魔力だった。才能という言葉に打ちのめされてしまった。自分をエリートだと言い聞かせていた彼の自信はあっさりと砕け散った。
結局そのショックをひきづったまま試験を受け落っこちた。だが、幸いにも母校が好待遇で教師として雇ってくれたおかげで立派な生活ができている。
そして、彼は新し道を見つける。優秀な才能を持つ生徒を育てエルトリンデに並ぶ存在にするのだと……
★★★
「ふふふ、エリートであるあなたが仲間になってくれて嬉しいですよ。アーノルド先生、いや、元先生というべきでしょうか?」
声をかけられアーノルド意識を今に向ける。木々の陰に身を隠し、ガゼルの一団が森の中を進むのを冷ややかな目で見つめていた。
「ケイオス先生……まさか、学年主任であるあなたまであの冒険者の仲間だったとは……あなたもアスト先生を嫌っていたのですか」
驚きを隠せないアーノルドにケイオスは笑う。
「ふふ、実のところ私はアスト先生はどうでもいいのです。ただ、私の上司がエルトリンデ様と対立していましてね……仮にガゼルが勝てなくても彼女が生徒を見殺しにしたとなれば批判は免れないでしょう」
「なるほど……あなたはローランド王子の派閥でしたか……」
「ふふ、そう言うことです。この作戦がうまくいけばあなたの事もとりたててもらえるように私の方で進言しますのでご安心を。そうすれば開かれるでしょう。落ちぶれた家を建て直し真のエリートになる道がね」
貴族のパーティーに良く出席していたアーノルドは王位に関する情報も色々と耳に入っていた。第一王子であるローランドはかつて、忌子であるためとある貴族の養子に送られたエルトリンデが、英雄と呼ばれちやほやされ女性でありながら次の王位にとおされているのを煙たがっているものはいるのだ。
「ですが、生徒を巻き込むのは胸が痛まないのですか?」
「はっはっは、アーノルド先生も面白いことをおっしゃる。やつらは初級クラスですからね。どうせ対して育たない無能のあつまりですよ。死んでも国にはなんの影響もありません」
「なるほど……」
面白い冗談でも聞いたかのようにわらうケイオスにアーノルドが愛想笑いをした時だった。
パキリと枝が折れる音がして一人の少女が立っていた。
「アーノルド先生にケイオス先生……今のは……」
「イザベラ君……なぜ上級クラスの君がここに……」
「……目撃者は殺せ」
しんじられないとばかりに目を見開いて後ずさるイザベラを射抜こうとした兵士をアーノルドが制止する。
「アーノルド先生、あの子は確かあなたの生徒でしたな。ですが聞かれた以上……」
「わかっています。だからこそ忠誠心を見せるためにも私がやりましょう。紅蓮の炎よ……」
「アーノルド先生……私……私……」
半泣きでアーノルドを見つめるイザベラに彼はふっと笑うと、そのまま炎の球を放つ。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!!」
ケイオスの連れてきた兵士に。
「な、アーノルド先生、血迷ったのですか!!」
ケイオスが驚愕の声を上げるのを無視し、アーノルドはイザベラを守るようにして抱きしめる。
。
「エリート教師であるこの私が、あなたのような裏切り者と手を組むと思ったのですか? 学園の名誉と生徒たちの安全のためなら、このような策略も辞さないのです。これで騎士たちもやってくるでしょう、あなたの陰謀は終わりです」
アーノルドは高笑いしながら、自らも魔法を放った。ガゼルに向けてではなく、空に……
ガゼルから計画を伝えられたときにすぐに彼は校長とエルトリンデ……そして、憎きアストに相談していたのだ。
「な、あなたの教師としてのキャリアは終わったのです。あのまま学園に忠誠を誓っても未来はないのですよ!!」
「なぜ、ですって? それは簡単です。あなたが学園と、私が育てている優秀な生徒たちを危険にさらそうとしたからです。アスト先生のような無能な教師は別として、学園自体は守る価値があるのです。それが私のエリート教師としての生き方です!!」
「くっ!! もういい、あいつごと殺せ」
「きゃぁ!!」
魔法が矢がアーノルドに向かって飛んでくるが、彼は不敵な笑みを浮かべたままだった。
「知っているでしょう? このエリートな魔力で作られた盾は、上級魔法でも簡単には破れません。この強度まさしくエリートな鉄壁です」
「流石です、やっぱりアーノルド先生は……エリートで最高の先生です!!」
「うふふ、そうでしょう。そうでしょう。もっと褒めなさい。このエリートをね!!
イザベラが嬉しそうに声をあげるが、アーノルドは冷や汗をかいていた。
その言葉の通りアーノルドの防御壁は何も通さない。だが、それだけだ。教師である彼に実戦経験は少ない。ゆえにこの圧倒的な数を覆すには上級魔法を使う必要があった。
「ええい、相手はたった二人だろうが、何をやっている」
「……我が名において命じる、炎の精霊よ、現れよ!火炎魔神召喚!」
その詠唱と共に巨大な炎の精霊が現れ、周囲に熱波が広がる。
「イフリート。彼らを殺さない程度で痛めつけなさい」
「血迷ったようですね!! その魔法を制御できないことは先日に明らかになったはず……」
『我を呼ぶということはいいのだな……?』
「エリートに二言はありません」
『ならば契約に基づき貴様に力を貸そう!!」
一瞬勝ち誇った笑みを浮かべたケイオスだったが、素直に従うイフリートを見て、絶句する。
「なぜ……」
「なに、傲慢なる気持ちをただしただけですよ。エリートらしくね」
★★
アーノルドが前回の失敗後、深夜の魔法実験室で孤独に詠唱を唱えていると、突如、炎の渦が現れ、イフリートが姿を現れる。
『なぜ私を呼び出した?お前のような弱き人間に何ができる? 再び焼かれたいのか?』
「弱いだと? 私はエリートだ。お前のような下等な精霊に私が理解できるはずがない」
『ほう……その傲慢さ、生意気だな。だが、今回は何も考えずに私をよんだわけではないようだ。お前の中に燃える野心の炎が見える』
エルトリンデに見せたときとは違い自分を前にしても余裕のあるアーノルドにイフリートは楽し気に嗤う。
そして、アーノルドは魔力のこもった契約書を見せる。
「当然だ。私は最高の魔法学園の教師になる。そのためならば、悪魔とさえ契約する覚悟がある。イフリートよ、私と正式に契約しろ。対価は我が魔力の全てだ。次に貴様を召喚した後に私は炎属性以外の魔法を使わない、屈辱だが貴様と契約してやろう」
魔法契約……それは対価と共に本来は格上の存在と契約するのだ。。
『ふふ、よかろう。お前のプライドと引き換えに、私の力を与えよう。だが覚悟はあるか? 契約をしても俺を完全に使いこなせなければ、焼け死ぬし、次に私を召喚したら、以後は他の属性の魔法は使えなくなる……魔法使いとしては終わるぞ」
「愚問である。エリートである私に躊躇いなどない!!」
イフリートはアーノルドの決意を感じ取り、彼の腕に炎の紋章を刻む。それは契約の紋章であり、誓いでもある。
精霊との対話は召喚術の基本だったが、己の才能を過信していた彼は軽んじていたのである。
だが、とある教師に負け、基礎の大切さを思い出したのである。
★★★
そして、今にいたる。本来はケイオスたちの隙を見て、救援を呼ぶだけで炎の魔神は保険だったが、今の彼には後悔はなかった。
「エリートである私が反省点を放っておくはずがないでしょう。まあ、今更基礎をならびなおすというのも大変でしたが……真のエリート魔法をお見せしましょう」
「すごい……これがアーノルド先生のエリート魔法……」
そこから先は一方的だった。逃げようとする兵士は炎の鞭で拘束され、歯向かうものは燃やされる。
ケイオスも抗ったが上級魔法であるイフリートの前では子供の様だった。
「任務完了しました。学園への脅威は排除されました」
ぼろぼろになっている兵士たちを見て アーノルドは満足げに微笑んだ。アストのような平凡な教師には決してできない手柄を立てたのだ。これで学園を首になっても未練はない。
「では行きましょう、イザベラ。私がエリートなエスコートをしてみましょう」
「はい!! アーノルド先生!!」
彼らを捕らえ騎士に差し出したり、生徒を避難させたりとまだまだやることはあるのだから。




