16.アストVSアーノルド2
「アストという名前偶然だとは思っていましたが……まさか……」
「ロザリー先生これには事情が……」
興奮しながらこちらにやってきたロザリーをどうごまかそうとしていると凛とした声が響き渡る。
「皆さん、驚かないでください」
見るとエルトリンデが立ち上がっており。彼女は周囲の反応を眺めると彼女は落ち着いた声で言った。
「彼の魔法を私が少し手助けしたのです。先ほどの授業でアスト先生の魔法への基礎力がわかりましたので……今のように魔法は基礎が大事です。基礎をおろそかにして派手な魔法を使おうとすればどうなるか……わかったはずです」
エルトリンデの言葉と校舎の惨状を見て生徒たちは納得したように頷いた。
「さすがエルトリンデ様!」
「やっぱり時間魔法を使ったんだ! 生で見れるなんて……」
「やっぱりアスト先生もすごい……」
一瞬困惑したが、エルトリンデの意図を察し、黙って頷いた。こいつはかばってくれたのか?
その時、アーノルドが突然杖を取り出し、アストに向けて魔法を放とうとした。
「貴様!! 貴様!! 私を挑発して辱めたなぁ……!!!」
しかし、彼がこちらに魔法を放とうとすると同時に、控えていたアンビーが目にもとならぬ速さでアーノルドの腕を掴んだ。
「危険人物は排除します。私の故郷では不意打ちをする相手は殺していいと言われています」
アンビーの声は冷たく、その目には殺意が宿っており、アーノルドは恐怖に声を震わせているのが見えた。彼女の動きは一般の魔法使いのものではなかった。その素早さと精密さは、まるで王宮特殊部隊の暗殺者のようで。彼女の指先には微かに黒い魔力が宿り、アーノルドの腕の魔力の流れを完全に封じていた。
「や、やめろ!離せ!」
「アンビー、止めなさい。彼はただの愚か者よ。殺す価値もないわ」
アンビーはすぐに手を離したが、アーノルドは既に恐怖で失禁していた。彼の高価な正装に広がる染みを見て、生徒たちからは失笑が漏れた。
そして、エルトリンデはアーノルドに冷たい視線を向けた。
「あなたは自分の限界も知らず、他者を貶め、危険な魔法を制御できないまま使用した。教師としての資質に欠けています」
アーノルドは顔を真っ青にして、地面に頭を打ちつけた。
「お、お許しください! 私は……私は……」
「校長先生」
エルトリンデは必死に頭を下げているアーノルド先生なんて視界に入らないとでもいうように無視し校長に話しかける。
「はい!」
「このような教師を雇い続けるのであれば、この学校への王室からの支援を再考せざるを得ません」
「申し訳ございません!適切な処置を取らせていただきます!」
アーノルドは絶望の表情を浮かべていた。全校生徒の前で無様な姿をさらしたのだ彼の周りには、かつて彼を恐れていた生徒たちの冷ややかな視線が注がれていた。
そして、そんな空気を無視するかのようにしてロザリーは興奮した様子で口を開く。
「素晴らしい!エルトリンデ様の時間魔法を生でみれるなんてぇぇぇぇぇぇ!! 私をお弟子にしてください! あなたの魔法を学びたいのです!」
ロザリーは興奮のあまり、エルトリンデの手を掴もうとしたが空を切る。
「申し訳ありません、私もまだまだ未熟なため弟子は取っていないのです」
「ならばせめて握手だけでも……あなたが触れてくださった私の手袋が魔法史の貴重な遺物になるのです! 少しだけ触らせていただけませんか?」
「ロザリー先生……エルトリンデ様が困ってますよ……」
俺が苦笑しながらロザリー先生の肩に手を置くとなぜかエルトリンデは眉を顰めると、周囲の温度が一瞬だけ下がったように感じられた。
ちょっと怖くなったので距離を置くとテレサが駆け寄ってきた。
「アスト先生、すごかったです! あんな強力な魔法を止められるなんて!」
別の生徒も興奮した様子で尋ねてくる。
「先生、あの防御魔法、私たちにも教えてくれますか?」
かつてアーノルドの授業を羨ましがっていた上級クラスの生徒たちまでもが、俺の周りに集まり始めていた。
「アスト先生の言っていた基礎の大切さ、今日本当に分かりました」
「私、もっと基礎から勉強し直します!」
彼らの目には、以前には見られなかった尊敬の色が宿っていた。俺はは少し照れながらも、生徒たちに優しく微笑みかけた。
「みんな、基礎をしっかり固めれば、いつか素晴らしい魔法使いになれるよ。焦らずに一歩ずつ進もう」
その言葉に、生徒たちは目を輝かせて頷いた。だけど、気分がいいのはそれまでだった。
緊張した様子の校長がこちらにやってきてとんでもない一言をいったのである。
「明日の郊外実習ですが、エルトリンデ様も同行されることになりました。そして、アスト先生のクラスを見学したいとのことです」
「はぁぁぁぁ!?」
俺は思わず驚きの声をあげるのだった。
★★★
アーノルドは絶望の表情を浮かべる。全校生徒の前で無様な姿をさらしたのだ彼の周りには、かつて彼を恐れていた生徒たちの冷ややかな視線が注がれていた。
「私のせいで…学校が…」
かつて馬鹿にしていた初級クラスの生徒たちの間から、小さな笑い声が聞こえ始めた。
「アーノルド先生、いつも僕たちを馬鹿にしてたのに…」
「エリートって言ってたけど、全然だね」
「ぐ……」
悔しさにうめき声をあげてしまうが、今の自分に反論する力はなかった。そして、侮蔑の表情で見つめているのは初級、中級クラスの生徒だけではなかった。
「あーあ、俺もアスト先生に教わりたかったな……」
「見てよ、あの染み怖くて漏らしちゃったんだ」
手塩にかけて教えた上級クラスの生徒までもがアーノルドは自分の正装に広がる恥ずかしい染みを指さして憐れむのを見て、顔を覆った。彼の自尊心は完全に崩壊し、立ち上がる力さえ失っていた。
「私の…エリートなキャリアが…全てが…終わった…」
彼は呟きながら、絶望の淵に沈んでいった。かつて彼が見下していた新人教師アストが、今や全校生徒の前で英雄として称えられている。その光景は、アーノルドにとって最大の屈辱だった。
彼は最後の力を振り絞って立ち上がろうとしたが、足が震えて再び膝をつく。その姿は、まさに没落した貴族の象徴だった。
「私は…エリートだったのに…」
その言葉は、誰にも届かない空虚な呟きとなって消えていった。
しかし、アーノルドの心の奥底では、屈辱と怒りが混ざり合い、新たな感情が芽生えていた。彼は人目を避けるように校舎の影へと這うように移動しながら、アストを睨みつけた。
「私はエリートなのだ……このままで終わるわけには……」
彼の目には狂気の色が宿り始めていた。




