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13.アンビーの策略

 そして、エルトリンデがやってくる朝に校長によって緊急教員会議が開かれた。



「皆さん、今日は絶対に失敗は許されません。エルトリンデ様は冷血姫と呼ばれる方です。気に入らないことがあれば、学校の予算が削られるどころか……閉校になるかもしれません」


 校長がが不吉な声で言った。


「そんな……まさか……」


 教師たちからざわめく中校長先生が続ける。


「冗談ではありません。エルトリンデ様の機嫌を損ねた学校が閉鎖された例は実際にあります」

「まじかよ……」


 俺は内心呻く。義妹がそんなことをするはずがない…と思いたいが、彼女が自分を追放したことを思い出すと、何をするか分からない。



「皆さん、今日の視察に向けての最終確認です。各教室の清掃は終わりましたか?」

「はい、生徒たちも総動員で完了しています」

「授業計画は?」

「全教師が提出済みです」

「校内の装飾は?」

「花瓶に新しい花を飾り、廊下には赤いカーペットを敷きました」


  閉校という言葉を聞いたからかそれぞれの担当教師が緊張しながら答える。


「素晴らしい! あとは……アーノルド先生、ケイオス先生、アスト先生!」


  突然名前を呼ばれ、俺は飛び上がりそうになった。


「あなたたちの授業は特に重要です。エルトリンデ様が直接見学されるのですから」

「もちろんですとも。私のエリートな授業をお見せしましょう」

「ご安心を、私も常に準備は終えてます」

「はい、俺も全力を尽くします」


 二人に続いて返事をするが校長先生の目はなぜか冷たい。



「授業内容も大事ですが服装もです。アスト先生は正装でお願いしますといったはずですが……」

「え?」

「アンビー先生に伝えるようにお願いしていたはずですが……」



 初めて聞く言葉に俺は思わず間の抜けた声を上げてしまう。何それ聞いてないんだけど……



「私は問題ありません。貴族の集まりでも評判の良い家紋入りの正装を着てきましたから。どこぞの新人教師は常識もないようですね」



 冷や汗をかいている俺に厭味ったらしくにやりと笑ってアーノルドが答える。 



「アーノルド先生はさすがですね。アスト先生も正装でお願いします……今なら帰って着替えても間に合いますね?」

「はい……なんとかします」

「どうしても見つからないときは私に相談してくださいね。サイズはちょっとあわないかもしれませんが予備のものを貸しますので」

「ありがとうございます」



 ケイオス先生にお礼を言いつつも俺は迷う。礼服は昔はあったが追放された時に没収されているんだよなぁ……さすがに悪いし、今から買いに行くほうがいいだろうか?

 会議が終わり、教師たちが散会する中、アンビーこちらに近づいてきた。




「アスト先生、悩み事ですか?」

「ああ、ちょっとね……」

「なるほど……おっぱい揉みます?」

「自分の貞操をもっと大事にした方がいいよ!? というか、今日が正装だっていう話を聞いてないんだけど」



 上着を脱ごうとするアンビーを抑えると彼女が無表情のまま答える。



「当然です。お伝えしてませんから、こちらをどうぞ」

「え、この荷物は?」

「アスト様宛に運ばれたので受け取っておいたのですが……身に覚えはありませんか?」

「なんだろ?」



 丁寧に包まれた紙袋を開けた俺は思わず驚きの声を上げる。そこにはとても高価そうな衣装が包まれていたからだ。



「これは……?」

「さる方からのプレゼントです。遠慮なく受け取ってください」



 怪しさマックスだったが受け取るしか選択肢はないようだ。俺は意を決して高価そうな服に袖を通していると、玄関がさわがしくなってくる。

 どうやら、エルトリンデが来たようだ。俺は緊張しながら玄関にむかうのだった。



★★★


 時は少しさかのぼる。エルトリンデが兄の自分への気持ちを知る前であり、彼と素の自分で会えるとテンションがもっとも高くなっている時の話だ。


 エルトリンデは王宮の自室で、アストの学校への視察のための手続きをしている時の話である。アンビーが持ってきた報告書に目を通しながら、彼女は突然思いついたように顔を上げた。


「アンビー一つのお願いがあるの。お兄様は礼服をもっていないようだからこれをプレゼントしようと思うの」

「なぜ、アスト様の服を把握しているのですか?」

「私はおにいさまの奴隷ですもの。それくらいは当たり前よ」

「……私の故郷ではそれをストーカーと呼びます」



 ひいているアンビーを無視してエルトリンデは立ち上がると、大きなクローゼットを開け、その奥から一着の衣装を取り出した。深い紺色の上質な生地で仕立てられた正装だった。金の刺繍が施された襟元と袖口は、着る人の品格を引き立てるデザインになっている。


「これよ。視察の時にはお兄様にはこれを着てもらわなきゃ」

「それは……」

「王宮の仕立て屋に特別に作らせたの。この前添い寝した時に覚えたお兄様の体型を記憶を頼りに伝えたから、きっと完璧に合うはず」



 エルトリンデは正装を胸に抱き、目を閉じた。



「お兄様がこれを着たら、さぞかし素敵でしょうね...」



 彼女の頬が徐々に赤く染まっていく。



「この襟元から覗く首筋...ぴったりとした肩幅...そして腰のラインを美しく見せるこのカット……」



 エルトリンデはうっとりとした表情で正装を撫で、自分の世界に入り込んでいった。


「お兄様が正装姿で授業をしている様子……生徒たちの前で堂々と立つ姿...きっと女子生徒たちはみんな目を奪われてしまうわ……」



 ぶつぶつと言っていた彼女は突然眉をひそめた。



「でも、それは困るわね。あの子たちにお兄様を見せびらかすつもりはないもの」



 しかし、すぐに再び夢見るような表情に戻る。



「でも……そうね、私だけが知っているお兄様の魅力を、少しだけ皆に見せてあげるのもいいかしら……」



 エルトリンデがにやにやとしているとアンビーは呆れたように、しかし静かにつっこみをいれる。



「エルトリンデ様、その正装はどうやってアスト様に届けるおつもりですか? アスト様は見知らぬものからそんなものを受けるとは思いませんが……」



 エルトリンデは我に返ったように顔を上げた。



「そうね……」



 彼女は一瞬考え込み、決意に満ちた表情になった。


「アンビー、あなたに頼みたいことがあるの」

「はい、なんでしょうか」

「お兄様がなんとかこの服を着てくれるように説得してくれないかしら? お兄様は優しい方だから女性のお願いは断らないはずよ」


 アンビーは一瞬ためらったが、エルトリンデの真剣な表情に頷いた。


「わかりました。必ず着させます」


エルトリンデは満足そうに微笑み、もう一度正装を胸に抱きしめた。


「久々に素敵な姿のお兄様に会えるのが楽しみ……」


 彼女の頬は再び赤く染まり、左腕の黒い模様が一瞬だけ光を放った。その夜、エルトリンデは眠りにつくまで、正装を着たアストの姿を想像しては、何度も顔を赤らめるのだった。


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