1.追放されたら、デレデレな奴隷が来てくれました
「アスト=ベルグ、貴方をこの国の法に従い、領地と称号を剥奪し、追放の刑に処す」
「なんで……俺は……この国のために……」
「黙りなさい。誰が顔をあげていいと言いました? それに、これは決定事項です」
冷たい声が議会の広間に響き渡った。俺は膝をつき、頭を垂れたまま動けない。声の主は、銀髪に緋色の瞳を持つ少女……俺の義妹エルトリンデだった。
「お兄様……いいえ、アスト=ベルグ。今日をもって、あなたと私に兄妹の関係はない」
彼女の瞳に一瞬浮かんだ感情を、アストは見逃さなかった。悲しみ?後悔?それとも……
「エルトリンデ!! せめて事情を説明してくれ!!」
「アスト様、申し訳ありませんがお時間です。お引き取りください」
俺の声を無視して少女は背を向けた。そして、側近に取り押さえられながら最後に見たのは、彼女の肩が小刻みに震える姿だった。
なんでお前がそんなつらそうな顔をしているんだよ……つらいのは俺だろうが……せっかく、君を破滅フラグから救ってこれからだって思ったのにさ……
★★★
「お仕事お疲れ様です、アスト様……いえ、ご主人様と呼ぶべきですね」
俺が玄関のドアを開けた瞬間、廊下に漂う甘い香りと共に水色の髪をしたメイド服を着た少女が深々と一礼した。その仕草は完璧すぎて、どこか不自然にさえ感じる。
「ああ、ただいま、リンド。どっちでもいいよ」
学校から帰宅した俺は、思わずリンドの整った顔立ちと、メイド服の上からでも主張している豊かな胸元に引き寄せられそうになり、慌てて耐える。
こんな服を着ているが実のところ彼女はメイドではない。その証拠にその首には奴隷であることを証明する強力な魔力を感じる首輪がつけられていた。
今から一か月前に、魔法学校で教師をやっている俺は仕事が忙しくなってきたため、家事をしてくれる人を探していたところ、翌日には奴隷商人に声をかけられ彼女を買ったのだ。しかも、訳ありらしく格安で……
あまりにも早すぎる対応。まるで待ち構えていたようだと苦笑したのはここだけの話だ。
言葉遣いや所作からして、おそらくは元はどこぞの貴族令嬢だとは思うが、家事スキルは非常に優秀な上とても仕事熱心で助かっている。ちょっと熱心すぎるところもあるが……
「今日も残業ですか……」
リンドは眉を寄せ、心配そうな表情を浮かべる。
「あまり無茶をされぬようにしてくださいね。夕食はスタミナの出るものを作ったので楽しみにしていて下さい」
「ああ、ありがとう。でも、授業の内容を考えたりとか色々としないといけないからさ……」
俺が言い訳している間に、食堂からは肉の焼ける音と共に食欲をそそる香りが漂ってきた。リンドが上着を脱がせようと手を伸ばした時、彼女の瞳に一瞬だけ濁り、別の色が映ったような気がした。
その瞳はまるであの子のようで……
「ご主人様……上着から女性の匂いがするのですが……」
リンドの声が低く沈み、その指先が上着の襟元をきつく掴んだ。
「本当に残業だったのですか?」
その問いかけに、俺は背筋に冷たいものを感じた。彼女の笑顔の下に隠された感情が、一瞬だけ表面に浮かび上がったかのようだ。
「あーー、昼に魔法の授業があったんだよ。その時に失敗した子が気を失ったから保健室まで運んだんだ」
「なるほど……ただ、最近はセクハラだーとか叫ぶ生徒も多いと聞きます。そういう時は他の方にお願いした方がいいかと」
「ああ、そうだね。そうするよ、最近はコンプラもうるさいからなぁ……」
リンドは唇の端を上げ、甘い笑みを浮かべた。
「そうです、ご主人様がセクハラで捕まったら私とっても悲しいですから」
俺は彼女の後ろ姿を追いながら、「セクハラ」や「コンプラ」という言葉に苦笑した。ファンタジー世界にそぐわないこれらの言葉は、彼の前世の記憶を呼び起こす。
そう、この世界はとあるゲームと類似した世界で、前世サラリーマンだった俺は、ラスボスの義兄として転生した。
そして、色々とゲーム知識を使って見事、義妹の闇堕ちフラグを回避した上に世界を救った英雄の一人にまでなったのだが……あの日に追放されたのだ。
そう……銀髪の少女。冷血姫と呼ばれる義妹エルトリンデに。
「それに、あなたはいつも女性に優しすぎるのですから」
「え? いつも?」
「いえ、そう見えるという意味です。それでは、ご飯にします? お風呂にします?それとも……?」
俺が考え事をしていると、リンドがからかうような笑みを浮かべながら
考え事をしていた俺に囁くように紡がれ、リンドはからかうような笑みを浮かべていた。だがその頬は僅かに赤みを帯びていた。
「え? それって……」
「ふふ、冗談ですよ。ご主人様が難しい顔をしてらしたので和ませようと思ったのですが……ご迷惑でしたか」
可愛らしく上目遣いで見つめてくるリンドの言葉に思わず声が裏返えってしまう
「そんなまさか……ちょっと驚いただけだよ、ちょっとドキッとしちゃった」
「うふふ、それならば本当に襲ってくださってもいいんですよ? 今の私はご主人様の奴隷です。抵抗できませんから」
「リンドが奴隷だからってそんなことをするわけないでしょ。冗談でもそんなことをいっちゃだめだよ」
そもそもこの世界では奴隷にもそれなりの人権は認められているのだ。エッチなゲームにあちがちなエッチなをことをやりたい放題だぜ!! とはならない。彼女は俺に逆らえないかもしれないが、傷つけたり、無理やりエッチなことをすれば罰則などはあるのだ。
まあ、元々ひどいことをする気はないけどね
「責任を取ってくださるならば私は誰にも言いませんよ」
「はいはい、もうその話は終わり。お腹が空いたな、今日のメニューはなんなんだい?」
「本日はご主人様の大好物のワイバーンのステーキとなります。ソースは私お手製のデミグラスソースとなっております」
鉄板の上でジュージューと音を立てる大きなステーキに思わず歓喜の声を上げる。やっぱりこれだよ、これ。
「わー、さすがはリンド。むっちゃうまそう」
ファンタジー特有のドラゴンの肉は前世で食べた和牛よりもはるかにうまいのだ。一口かじると肉汁が口の中に広がっていき、幸せな気分になる。
「あれ? でも、俺の好物がドラゴンのステーキだって言ったっけ?」
リンドは一瞬だけ動きを止め、すぐに自然な笑顔を取り戻した。
「そりゃあ、私はご主人様の奴隷ですから当然知っていますよ」
「奴隷ってそういうものなの……?」
彼女は話題を変えるように身を乗り出してくる。
「そんなことよりもお口にソースがついていますよ」
「それくらい自分でできるって」
「だめです、これも奴隷の仕事ですから」
その仕草は献身的でありながら、どこか慣れた様子だった。まるで長年俺の世話をしてきたかのように。
そんなふうにリンドに口をされるがままに口をふかれながら思う。まるでなついていた時の義妹みたいだなと……いや、義妹はここまで優しくなかったが……
「リンドがいるおかげでとっても幸せだよ、ありがとうね」
「そんな……私はメイドの仕事をしているだけですから……」
リンドの頬が赤く染まり、彼女の年齢相応の可愛らしさが垣間見える。
「ですが、そう言っていただけるととてもうれしいです」
先ほどまでのどこか大人びた雰囲気が消え年相応に笑うリンドを見て素直に可愛いと思う。
そして、俺は義妹も今と同じくらいの歳だななどと思いだす。
追放はつらかった。だけど、ゲームの知識を使って破滅フラグから彼女を救ったなどと傲慢に思っていた俺に罰が当たったのだろう。だから、今度はゲーム知識をつかわずに身分を隠して第二の人生を送るのだ。平凡だけど幸せな生活を……
-★★
「うふふ、今日は美味しいってほめられちゃった」
アストが就寝した後、水色の髪の少女……リンドは彼の口元を拭ったハンカチを胸に抱き、嬉しそうに微笑んでいた。
「専属シェフに無理に頼んで指導してもらった甲斐があったわ」
彼女は小さく呟き、次は何を作ろうかと考え始める。
「次は甘いものかしら。お兄様は昔からケーキが好きだったもの」
「エルトリンデ様お疲れ様です」
漆黒のローブをまとった少女にリンド……いや、エルトリンデはため息をつきながら答える。
「いちいち、迎えになんて来なくていいわよ。あなたも大変でしょう? それにこの姿の私のことはリンドと呼べと言っているでしょう」
大切そうにハンカチをしまったあと、彼女が首輪に触れると、強力な拘束魔法がかけられているはずのソレはあっさりと外れ、その水色の髪は銀色に緋色の瞳と変わる。そして、胸元に詰められていたスライムで作られたパッドを取り外す。
そこには水色の髪の少女の姿は消え、そこには王国の英雄、冷血姫エルトリンデの姿があった。
「そうはいきません、王女であり魔王殺しの英雄でもあるエルトリンデ様に何かあったらこの国はおしまいです。あと私の食い扶持もなくなります」
「わかってるわ。それよりもあの人に気づかれる前に帰るわよ」
豪華な装飾が施された馬車に乗り込みながら、部下が疑問を投げかける。
「アスト様の監視ですが本当に必要なのでしょうか? 特に妙な動きもありませんしわざわざエルトリンデ様がおこなようなことではないと思うのですが……」
「いいの。これは必要なことだと説明したでしょう」
部下に冷たく答えるエルトリンデだったが、一瞬アストの部屋を見るときのみ感情が宿る。
「私がやったことは許されないのはわかってる……でも、お兄様が私にかけられている魔王の呪いを知ればあの人は自分の命を犠牲にしてでも救おうとするわ。だから、追放という形で遠ざけるしかなかった……エルトリンデはお兄様に嫌われなければいけなかったのよ」
馬車の中で、彼女は袖をまくり上げると腕には黒い模様が浮かび上がり、まるで蝕むように徐々に広がっているのが見える。
兄と距離を取るにしてももっといい方法はあったかもしれない。だけど、自分の呪いの強力さを知るエルトリンデには自分が嫌われることでしか兄を救う方法が思いつかなかったのだ。
「ならなぜあなた自ら監視するのですか? リスクが計り知れないのですが……私の故郷ではそれを愚行を呼びます」
「わかってるわよ!! でも、お兄様がちゃんと生きていけているか心配じゃないの!! それに……」
本当は素の自分で彼と一緒にいたい。だけど、それは許されないのだ。ならばせめて大好きな義兄のそばに姿を隠してでも居たいというのが乙女心というやつである。
「……なぜ、それほどまでアスト様にこだわるのですか? 正直兄妹とはいえ異常だと思うのですが……」
「だって、お兄様は私の救世主なんですもの。皆から嫌われていた私に優しくしてくれたのはあの人だけだったの。あの人がいたから私は……」
エルトリンデは意味ありげに瞳を伏せる。その瞳は心優しかった兄との思い出して恍惚の表情を浮かべている。
「どうせあと半年の命ですもの……少しくらいわがままになってもいいわよね」
馬車が動き出す中、月明かりに照らされたエルトリンデの横顔は、冷血姫とは思えないほど寂しげだった。
新作です。
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