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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第2章(10)眠れる精霊姫と闇の精霊王

作者: 刻田みのり

 夜空には白い満月。


 星は無く月明かりだけがだだっ広い草原地帯を照らしている。


 生えている草はススキモドキというススキのような形をした植物だ。


 ただ、触った感じススキほど危なくはない。ススキは握ったまま引っ張ると手を怪我するからな。こっちは柔らかいし同じことをしてもするりと抜けるだけだ。安全安全。


 そして、ススキモドキは本物のススキの半分くらいの大きさだ。小さな子供なら全身が隠れるサイズかもしれない。


 イアナ嬢が俺の真似をしてススキモドキを握って引っ張った。いや、これは引き抜こうとしたのかな?


 根がしっかりとしているからかススキモドキはびくともしなかった。


「これ、足に絡んだら転びそうね」

「転ぶようなお馬鹿さんが悪いんですわ」

「……」


 マルソー夫人の言葉にイアナ嬢が苦く笑む。


 ああ、うん。下手に言い返さない方がいいかもね。


 てか、マルソー夫人まで連れて来ちゃったんだ。


「ポゥ」

「まあいちいち選別するのも手間じゃからのう。それに転移させる者を選んでおる暇もなかったしやむを得んじゃろ」


 ポゥに「なーんでこのおばさん連れて来たんですか」て目で見られたファストが言い訳する。


 いやいや、精霊王なんだから聖鳥に言い訳してるなよ。もっと堂々としてろよ。


 あとポゥ。


 お前いつの間にかファストに慣れたんだな。すっかり怯えなくなったんじゃね?


 少し先に明らかにススキモドキではないものがあった。


 白い花でできたベッドに薄緑色の寝間着姿の少女が横たわっている。長いプラチナブロンドの少女だ。


 俺たちが駆け寄るがススキモドキが邪魔でなかなか近づけない。ススキモドキが結構密集して生えているからかこういう場所の移動に不慣れなイアナ嬢は特に難儀しているようだ。


 ファストとポゥは空飛んでるよ。楽そうだな。


「このススキモドキ、ラ・ブームの炎でも焼けませんわ」


 そう言うなりマルソー夫人の身体が浮かぶ。


 よく見ると炎のブーツを履いてるよ。ラ・ブームの力を使ったんですね。ずるい。


「ジェイちゃんも飛びます? 後でちょっとだけあたくしの自由にさせてくれるなら……」

「遠慮しておきます」


 途中で遮るように答えてやった。


 マルソー夫人の「ちょっと」はちょっとじゃないからなぁ。身体が持たねぇよ。


 わぁ、そんながっかりした顔をするなよな。めんどい。


「じ、じゃああたくしがジェイちゃんを抱っこしてあげますわ」

「……」


 立ち直り早っ。


 というか、ご婦人に抱えられて空を飛ぶなんて無理。子供じゃあるまいし、そんな恥ずかしいことできるか。


「俺のことはお構いなく。それよりイアナ嬢を助けてやってください」

「うーん、あたくしはメラニア様の側の人間なんですけど」

「そこを何とか」

「なら、ジェイちゃんを一日……」

「あ、やっぱりいいです」

「せめて最後まで聞いてくれませんこと?」

「聞くまでもないですし」

「ううっ、冷たい。でもそんなジェイちゃんも素敵ですわ」

「そういうの気持ち悪いからやめてください」

「またまたぁ、本当は嬉しい癖に」

「微塵も嬉しくないです」


 俺とマルソー夫人が軽い言葉の応酬をしているとイアナ嬢が疲れたように呟く。


「あたしの意思は無視なのね」


 それに応える義理はないので放置。


 *


 白い花のベッドの傍まで来ると甘い花の匂いが鼻をついた。


「ふむ、これはノクターンフラワーか」


 ファストが「なるほど」という顔をする。


「ノクターンフラワーってあれだろ。新月の夜にしか咲かないっていう」

「うむ。お主は知って折るか? この第三王女とやらは花の精霊姫と呼ばれておるのじゃぞ」

「ああ、確かにそう呼ばれていたな」


 単に「精霊姫」と呼ばれることもあるようだが。


「俺が聞いた話だとシャルロット姫が生まれた時に王城の庭の花が咲き乱れたんだそうだ。それも季節的に絶対に咲かない花まで咲いたとか」

「そうじゃ」


 ファストがうなずいた。


「お主、今は新月か?」

「ん?」


 俺は夜空を見上げた。


 星のない夜空にはぽっかりと満月が浮かんでいる。


 まんまるお月様だ。


「……」


 て、あれ?


 確か、今夜は満月じゃなかったよな?


 というか……え?


 俺ははっとしてファストに……。


「ええっ、満月なのにどうしてノクターンフラワーが咲いてるの?」


 イアナ嬢が絶叫した。


「……」


 おい。


 俺が言おうとしていたことを先に言うなよ。


 抗議を込めてイアナ嬢を睨むが無視された。ムカつく。


 ファストがあたりを見回す。


「季節や条件に関係なく花を咲かせる、まあ本人の意思というより精霊の力のせいなのじゃが」

「精霊の力のせい?」


 俺が聞き返すとファストが首肯した。


「それだけ精霊に愛されておるということじゃ。加護などではないぞ。ここまで来ると寵愛レベルじゃ」

「な、何だか凄そうね」

「ポ、ポゥ」


 イアナ嬢が引き気味に応えポゥが同意した。


「寵愛、なるほどだからこんな不思議なことが起きているんですのね」


 うんうんと納得するマルソー夫人。首の動きに合わせてお胸も揺れているよこの人。


「だって、この子はシャーリーの生まれ変わりですから」


 不意に頭上で声がして俺たちは一斉に上を向いた。


 声には聞き覚えがある。


 リアさんだ。


 彼女はもう侍女服姿ではなかった。黒いドレスを着て首には黒いチョーカーを付けている。ドレスに刺繍された銀糸の模様はとても神秘的なデザインだ。


 それにしても相変わらず左目の下の泣き黒子が色っぽいなぁ。


 ……とか思っていたらイアナ嬢に足を踏まれた。痛い。


「あなた、シャルロット姫のお付きの侍女の」

「マルソー夫人もご一緒なんですね」


 リアさんはちょっとだけ眉尻を下げた。あれ、困ってる?


 ひょっとしてマルソー夫人が苦手? わかります。俺も苦手なんです。


「まあいいです。そんなことよりファスト」

「何じゃ」


 名指しされ、ファストが表情を険しくする。


「妾がお主に文句をつけられる筋合いなどないのじゃ」

「別に文句をつけたりしませんよ」

「なら何じゃ」

「あなたがずっと張っている風の結界」


 リアさんはそっと俺たちのまわりを指でなぞるようにくるりと描いた。


「グレーターリザーティコアの呪毒を防いでますね? それも気づかれないように偽装までしている。それは何故ですか?」

「え」


 俺はファストに向き直った。


「いつからそんなことしてたんだ?」

「あれじゃ、ファミマの祝福を受けているお主はともかく女神の指輪の効果しかアテにできぬそこの次代の聖女では万が一があるやもしれぬじゃろ。何かの拍子にうっかり指輪が外れるとかな。妾は特にこだわらぬがあのお方が気にされておったからのう」

「あたしのために?」


 イアナ嬢。


 ああ、とポンと手を叩き。


「あたし、実はファスト様に重要視されてたとか? 聖女になんてなれなくても構わないって思ってたんだけどやっぱりあたしの聖女としての資質は隠しきれないのかしら。もしかしてあたしって世界の至宝?」

「……」


 イアナ嬢。


 そんな調子こいて「にへらっ」て顔してるなよ。


 見てるこっちが腹立たしくなってくるだろうが。


 あと、世界の至宝はお前じゃなくて俺のお嬢様だからな。


「あ、一応言っておくが」


 と、ファストがマルソー夫人に。


「お主にはマクドの眷属もおるし妾の風の範囲外にしておるのじゃ。そこの精霊も余計な助力は欲しがっておらぬようじゃからのう」

「そうなんですの?」


 マルソー夫人が尋ねるとラ・ブームがうんうんとうなずいた。やけにいい顔をしているなぁ。何だか誇らしそうに見えるよ。


 というかね。


「まだ悪魔に襲撃されていなかったんだな。よし、奴らが来るまでに迎え撃つ準備をしよう」


 とにかくシャルロット姫は守らないと。


 それにリアさんが暴走しないように注意だな。これはファストに見張ってもらおう。


 とか俺が思ってたら。


「先に言っておくが妾は頼りにならぬぞ」


 きっぱり。


 ふわふわと俺たちから離れるとファストは俺に告げた。


「これはお主たちに課した臨時クエストじゃ。あくまでもお主たちの力でクリアすべきこと。ゆえに妾はここで見ておるだけじゃ」

「ええっと、ジェイちゃん?」


 事情を飲み込めていなかったマルソー夫人が俺に問いかける。


「臨時クエストって何ですの? それにそもそもここはどこですの? どうしてシャルロット姫がここにいるんですの? あの白くて見慣れない格好の精霊は何ですの? 離宮の侍女がどうして宙に浮かんでいるんですの? ああいう女性が好みなんですの? あたくしの胸より小さな方がいいんですの? どうしたら身も心もあたくしの物になってくれるんですの?」

「……」


 ワォ。


 疑問符のオンパレードだよ。お祭りの屋台で売れそうだよ。いや、売らないけど。


 あと変な質問混ぜるのは止めてください。


「ポゥッ!」


 俺がマルソー夫人の質問責めを食らっているとポゥが一際大きな声で鳴いた。何やらぐるぐると飛び回りだしたぞ。


 これは、怖がってる?


「えーと、あたしすごーく嫌な予感がするんだけど」


 イアナ嬢がポゥを見ながら言った。


 あ、こいつウマイボーを隠し持っていやがった。ハチミツ味(精神安定効果あり)か。


 つーかこんな時にウマイボーなんて食ってるなよ。


 リアさんが悔しそうに空を睨みつけた。


「私が女神プログラムによるルールの制約を受けていなければ……制限ありだとシャドウドールくらいしか使えないというのはやはり厳しすぎます」

「お主が無制限でやったらこの空間どころかここと繋がる元の空間まで破壊してしまうではないか。離宮、いや星が一つ消し飛ぶぞ」

「シャーリーの生まれ変わりを守るためなら微々たる犠牲です」

「お主のそういうやばいところは昔から変わらぬのう」

「やばいではなく当たり前の考えでは? 私にとってシャーリーの生まれ変わりは何物にも代え難い大切な存在、それだけのことですよ」


 ファストが呆れ顔をするがリアさんは「何がいけないの?」て感じだ。これはきっと永久にわかり合えないかもね。


 てか、リアさんのちょい病んでる感じが怖いよ。前にお嬢様から聞いたヤンデレさんを思い出しちゃったよ。


 夢に見そうだよ。


 ぐわん、と轟音を響かせて空間が震えた。


 足下だけでなく大気や夜空さえも震えさせているような揺れだった。さっきのやりとりがあったからついリアさんの方を向いちゃったよ。疑ってごめん。


 夜空に幾つもの亀裂が走っていた。


「やっぱり駄目ですね。シャドウドールではあいつらを抑えきれない」

「ここはあやつらに任せるのじゃ」


 物憂げに目を伏せたリアさんにファストが言った。



 **



 一際大きな衝撃音とともに夜空に生じていた幾つもの亀裂が一斉に砕けた。


 無数の破片をばら撒きながらかつて夜空だったそれは崩壊する。しかし、破片はススキモドキの草原に落ちる前に消失した。


 たぶん魔法的な何かが働いているのだろう。俺に説明なんて無理。


 夜空の代わりに現れたのは漆黒の闇を背景にした大勢のピンクケチャとグレーターリザーティコアだった。どれだけいるのかもう数えるのもめんどいくらいいる。


 あと黒い人型の人形みたいな物が数体いるのだが……あれって俺たちが薬草研究等の正面入り口で見た黒くてグロい死体では?


 しかも何だかピンクケチャとかグレーターリザーティコアとかと戦っているんだけど。


「やっぱりシャドウドールだけでは駄目ですね。しかも数も足りない。むしろここまで持たせられたのが奇跡なくらいです」


 リアさん。


 彼女はシャルロット姫の傍まで降りるとその六歳の小さな身体をそっと抱き上げた。ワォ。、お姫様抱っこだよ。本物のお姫様抱っこだよ。


 にしてもシャルロット姫が全く目を醒まさないんだけど。


 あれか、呪毒による病気のせいか。


 そういやクースー草はワルツに渡したのにまだ特効薬ができていないのか?


「ジェイさんが採ってきたクースー草は特効薬にしてもらえることになっているのですがなかなか完成したという知らせが来なくて」


 俺の視線に気づいたリアさんはさらに疑問まで読み取ったらしく訊いてもいないのに話してくれた。


「私、待ちきれなくて薬草研究棟に忍び込んだんです。そしたらあいつらが襲って来て……反撃しようとしてもルールの制約がかかってまともに攻撃できないし。だから、シャドウドールで足止めしつつ先に進んだんです」

「その時にはもう臨時クエストが始まっていたのじゃろうのう」


 ファストが頭上の戦いを見守りながら言った。


「あれじゃ、お主が薬草研究等に入ろうとした時にはもう敵に囲まれておったようじゃ。どうやらお主の動きは読まれていたようじゃな」

「そのようですね」


 リアさんが悔しそうにうなずいた。


 はらりと額に垂れた前髪が何だか色っぽい。


「城の中庭で襲われた時も私が特効薬の催促をしに行った時でしたし。ネンチャーク男爵はよほど私のことを憎んでいたようですね」

「そのことなんだが」


 俺はリアさんに訊いた。


「精霊王ならリザーティコアの一体くらい余裕で片づけられたんじゃないのか? しかもあの時のあんたは死にかけていた」

「ああ、そうですね。あれはタイミングが悪かったんです」

「タイミング?」

「ええ、ちょうど私が襲われた時にあなた方が転移してくる兆候を感じ取りました。だから反撃はせず様子を見ることにしたんです。うっかり力を使っているところを見られたら面倒でしたしね」

「死にかけていたのは?」

「あの程度では死にませんよ。そもそもこの身体は物質界に対応するためのもの、心臓を失ったとしてもすぐに再生します」

「……」


 精霊王ってすげぇな。


 てか俺、すっかり騙されていたよ。


 リアさんが続ける。


「それとあの時に倒れていた魔導師、あれはネンチャーク男爵です」

「え」


 思わず変な声が出た。


 俺たちが助けたあの魔導師がネンチャーク男爵?


 えっ、だって別人だったよ?


「あれはネンチャーク男爵が別人になりすました姿です。被害者を装って瀕死のふりをしていましたけどね」

「……」


 俺は信じられずにイアナ嬢に目をやった。彼女もあの場にいたからな。


 イアナ嬢も驚いたらしく目を丸くしていた。ぷぷっ、変な顔。


 とか思ったら足を踏まれたよ。ぐりぐりって……痛い痛い。


「あの時点で別人に化けたネンチャーク男爵の正体を明かそうとすれば私も普通の侍女ではないと疑われる危険があったので口を閉ざしていました。。ただ、その後離宮にジェイさんたちが現れて」

「ああ、それで俺たちの目がネンチャーク男爵に向くようにしたのか」

「都合良くジェイさんたちが離宮に来てくれましたからね。精神操作でネンチャーク男爵のところに乗り込ませようとしたのは失敗しましたが」

「……」


 リアさん。


 ネンチャーク男爵のところに乗り込ませようとしたって。


 そこまでさせようとしたのかよ。


 怖いよ。


 リアさんがイアナ嬢に苦笑する。


「精神操作はレジストされてしまったんですけど何故かイアナさんはネンチャーク男爵を犯人だと思ったようで……私、内心ちょっと複雑でしたよ。こんな単純な人が次代の聖女でいいのかなって」

「妾もちと不安じゃのう。じゃが、あのメラニアとかいう娘よりは遥かにましじゃろ」


 ふわふわと漂いながらファストが目を細める。


 ふむ。


 イアナ嬢はせっかくリアさんの精神操作に抵抗できたのにネンチャーク男爵を犯人だと決めつけてしまったんだな。それはきっと彼女の正義感の強さとかネンチャーク男爵への嫌悪感の激しさが影響しているのだろう。


 ネンチャーク男爵は「女の敵」だからな。


 俺が無言で納得していると空中に二桁の赤い数字が現れた。


 99から始まり一定のリズムでカウントダウンしていく。


 あの中性的な声が聞こえてきた。



『警告! 警告!』


『闇の精霊王による抵抗はそろそろ限界です』

『間もなく悪魔たちの攻勢が激化します』

『残り時間終了とともに闇の精霊王のシャドウドールは全て破壊されますのでご注意ください』



「……て事だが」


 俺はファストに意見を求めた。


 ファストが眉をしかめる。自分で提示した臨時クエストなのにこの有り様はちとご不満のようだ。


 カウントダウンが進んでいく。


 70を切った。


「女神プログラムのルールは絶対なのじゃ。お主らは自力であの悪魔の群れを退けねばならぬのじゃ」

「無理ですわ」


 黙っていたマルソー夫人が口を開いた。


「あれは何百体といますわ。あたくしのラ・ブームでも相手にできる数じゃありませんことよ。ましてやこの人数では……」

「俺の銀玉ってまだあるのか?」


 俺はマルソー夫人の言葉を遮るとファストに訊いた。


 ファストが首肯し中空から銀玉を取り出す。


「今追加できるのは七個じゃな。もっともお主がこれだけの数を操れるようになるまでどれだけの修練を必要とするのやら」

「まあ、あれだけの悪魔を狩っていればそのうち操れるようになるだろ」

「そ、それならあたしだってやるわよ。ファスト様、円盤の追加をお願いします」


 イアナ嬢が緊張半分俺への対抗心半分といった感じでファストに申し出る。


 正直、イアナ嬢による複数の円盤のオールレンジ攻撃は不安しかないのだが。


 動かせないってだけならまだしも、何かの拍子で動かせるようになった挙げ句コントロールをミスって味方に被害が出たら洒落にならない。


 うん、止めよう。


「な、なあイアナ嬢、今回は防御に徹してくれないか?」

「あによ。あたしのオールレンジ攻撃に不満でもあるの?」

「……」


 あります。


 めっちゃ不満です。


 いや、不満つーか不安だな。


 ただ、言葉にするとまた足を踏まれそうなので無言で訴えてみた。


「……」

「……」

「……」

「……ああもう、わかったわよ。防御に徹してあげるわよ。それでいいんでしょ?」


 カウントダウンが40を切った。


 俺は手持ちの銀玉を三個放る。カウントダウンが0になるまで待つつもりはなかった。だって、あれはシャドウドールが全て破壊されるのと敵の攻撃が激化するのを知らせるためのものだろ?


 俺たちの攻撃開始のためのカウントダウンって訳じゃない。


 マジコンで操った銀玉が加速しながらピンクケチャの一体へと飛んでいく。


 と、その時中性的な声が新たな報告をした。



『確認しました!』


『闇の精霊王リアがジェイ・ハミルトンの獲得する経験値と能力習熟度の数値をアップさせました』

『なお、獲得した経験値と能力習熟度の数値は表示されません。ご注意ください』



 え?


 突然の中性的な声に俺が驚いていると、その間に銀玉がピンクケチャの首の付け根を貫通した。


 断末魔の叫びを発しながらピンクケチャが滅んでいく。砕けた魔石が落下してくるけどそれは放置。


 まずは一体撃破。



『確認しました!』


『ジェイ・ハミルトンのマジコンの熟練度が規定値に達しました』

』マジコンのレベルが3から4に上がります』



 お?


 これはもしかして……いや、これならいける。


 俺は頬が緩むのを自覚しながら銀玉を一個追加した。



 **



 空中に浮かぶカウントダウンの数字が10を切ったのとあの中性的な声が聞こえたのはほぼ同時だった。



『確認しました!』


『ジェイ・ハミルトンのマジコンの熟練度が規定値に達しました』

『マジコンのレベルが9からMAXに上がります』


『ジェイ・ハミルトンの能力「マジコン」が「ハンドレッドナックル」に進化しました』

『これにより最大百個の専用魔道具によるオールレンジ攻撃が可能になります』

『なおハンドレッドナックルによるダメージは使用する専用魔道具・消費魔力・能力の習熟度によって変化します』

『またこの能力は一つ分の魔法の発動と同等の扱いとなります。ご注意ください』



「お、マジコンが進化したか」


 リアさんによって獲得する経験値と能力習熟度の数値がアップしていた俺はほぼ敵一体につき1レベルの早さでマジコンのレベルを上げることができた。


 その結果マジコンは新たな能力へと進化したようだ。


 とは言え今の俺が扱える専用魔道具は十個の銀玉だけだ。ハンドレッドナックルの真価を発揮するには全然足りない。


 ま、無い物はどうしようもない。とりあえず今の手持ちで頑張ることにしよう。


 カウントダウンが0になった。


 上空の悪魔たちと戦っていたシャドウドールが一斉にその動きを止めて四散する。


 そして、勢いづいた悪魔たちがそのまま群れとなって降下してきた。数がとにかく多い。これは銀玉だけじゃ対処しきれないぞ。


 やばい、と思う俺の心に被せるように「それ」が囁く。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 人間は二つまでの魔法しか発動できない。


 これは俺のように自身の中に精霊を宿している者にも当てはまる。だから銀玉を使ったオールレンジ攻撃をしつつダーティワークを発動させマジックパンチを撃つなんて戦い方はできない。これらの能力はそれぞれ魔法の発動一つ分としてカウントされるのだ。


 能力がどれだけ増えようと、どれだけ進化しようと人間として課された制約には逆らえない。


 せめて与えられた範囲内でやりくりしながらやっていくしかないのだ。


 俺は十個の銀玉を迫ってくる悪魔たちに放つ。


 一体に一個ずつ命中させると素早くコントロールを切ってダーティワークを発現させた。


 黒い光のグローブが両拳を覆う。


 ダーティワークで身体強化された俺は常人を超えた跳躍力でジャンプすると手近にいたピンクケチャの首元にパンチをぶち込んだ。防御を無視した一撃が首元を貫通し弱点である体内の魔石を破壊する。


 崩れていくピンクケチャから襲ってくるグレーターリザーティコアへと獲物を変えた。


 左腕のマジンガの腕輪(L)に魔力を流して即座にマジックパンチを発射。


 轟音とともに撃ち出された左拳がグレーターリザーティコアとさらにその後ろにいたピンクケチャを粉砕した。


 悪魔たちがまだ攻めてくる。つーか、やっぱ倒しきれない。


 あれだ、体内の魔石を壊さないと完全に倒せないっていうのはなかなかに条件が厳しいぞ。


 数が少ないならともかく団体さん相手だと本気で辛い。銀玉をうまく使えても同時に十体が限度だ。


 くっ、俺に広範囲殲滅攻撃が使えたら。


「ニュークリアブラストですわッ!」


 良く通る女の声が空に響き渡った。


 一瞬の光とともに一面の空が白く染まる。


 膨大な熱量の炎が無数の悪魔たちを炭化させていた。体内の魔石が無事だった悪魔以外はこの一撃で死滅したのではないかってくらい強烈な魔法だ。


 て。


 俺、めっちゃ効果範囲内だったんですけど。


 うわっ、これだからご都合主義は。


 ああ、シュナの攻撃とかもこんなんなんだよなぁ。まああれはおばちゃん精霊とか聖剣ハースニールのせいなんだけど。


「やっぱりあたくしでは全て倒せませんわね」


 炎のブーツで空を飛び、右肩に愛と情熱のイケメン精霊を座らせた微笑みの突撃婦人がやれやれといった感じに肩をすくめた。


「……」


 ええっと。


 なーんか物憂げですけど、十分すごいですよ?


「うーん」


 リアさんが少し残念そうに。


「マルソー夫人の魔力を限定的に強めたのですがまだ不十分ですかね? でも、あんまりやりすぎても女神プログラムのルールに引っかかりそうですし」

「お主はまたそういうことを……」

「だってこの戦いはシャーリーの生まれ変わりを守る大事な一戦ですよ。ルールのせいで私が直接手を出せないんですからジェイさんたちには頑張ってもらうしかないじゃないですか」

「あまりやりすぎるとあのお方に叱られるぞ?」

「あら、それならファストは私に最終手段を使えと?」

「なぜそうなるのか妾には理解できぬのじゃが」

「自分で戦っては駄目、人に手を貸しすぎても駄目、あれも駄目これも駄目、それでシャーリーの生まれ変わりを守れなかったらどうするんですか。ああ、いっそ世界そのものを破壊してしまえば悪魔も一掃できるのに」

「悪魔だけでなく他の存在も一掃してしまいそうじゃのう」

「何か問題でも? それにここには私たちしかいませんよ?」

「お主の力では隣接する空間まで巻き添えにするではないか」


 はぁ、とファストがため息をついた。


 ちなみにピンクケチャとかグレーターリザーティコアとかの悪魔たちが二人に猛攻撃をしているのだがイアナ嬢の張った結界が完全に防いでいる。


 それにしてもリアさんにお姫様抱っこされているシャルロット姫は全然目を醒まさないな。生命力もほとんど感じないし……早くクースー草で作った特効薬を飲ませてあげないと。


 そう思いながら俺は向かって来たグレーターリザーティコアの集団を銀玉で撃破する。


 タイミングをずらして襲ってきたピンクケチャにも銀玉をぶつけ、怯んだところをマジックパンチで仕留めた。


「このカス共がぁっ!」


 どこからか怒声が聞こえ、強烈な炎が幾筋も天から降ってきた。


 俺たちだけでなく悪魔たちすら巻き込むような攻撃だ。


 どこの馬鹿の仕業だと思っていると。


 風切り音を立てながらネンチャーク男爵が天から急降下して来て途中で止まった。


 薬草研究棟、いやそこから転移させられた異空間で遭遇した時よりも豪華なローブを身に纏っている。顔つきがさらに悪くなっているな。


 ネンチャーク男爵は俺たちを睥睨するように宙に浮かんでいた。


 数体のピンクケチャが周囲に控えている。


「俺様の邪魔なんてしてるんじゃねぇよ! 俺様は宰相の弟なんだ。お前らのようなゴミと違って偉いんだよ。さらにッ!」


 ネンチャーク男爵の背中からコウモリのような羽が生える。


 なーんかピンクケチャたちが禍々しい鳴き声を発しているけどあれか、ネンチャーク男爵のことでも讃えているのか? そんな風に聞こえるのだが。


「俺様は最強の力を与えられたんだ。選ばれし者なんだよ。そんな俺様に刃向かおうなんて百万年早いんだよッ!」

「……」


 あれだ。


 こいつ、もう終わってるよ。


 絶対にやられ役のポジションだ。


 いや、お嬢様から薦められて読んだ物語にいたんだよね、こういう奴が。


 まさか現実にいたとは。恐れ入ったね。


「わははは、恐怖のあまり声も出ぬか。よし、泣き叫べッ! 存分に怖がる時間くらいはくれてやるぞッ!」

「……」


 あーあ、こいつ調子に乗っちゃってるよ。


 さーて、それじゃ俺がやっつけてやりますかね。


 俺はネンチャーク男爵を包囲するように銀玉を配置した。ピンクケチャが壁になっている部分もあるけど今の俺ならそんなものを無視して攻撃できる。


 何せもうただのマジコンじゃなくなっているからな。


 俺のマジコンはハンドレッドナックルになったんだ。


 えっ、百にはあと九十個足りない?


 まあ気にするな、不足分はぶん殴ればいい。


 ネンチャーク男爵が高笑いしている。


 俺は銀玉を操り……。


 斬。


 背後から円盤が飛んできてネンチャーク男爵の首を切り落とした。


「うっさいのよこの女の敵ッ!」


 イアナ嬢だった。


 円盤は弧を描いて戻ってきて今度は首元に食い込んだ。ピンクケチャとかグレーターリザーティコアなら弱点の魔石がある位置だ。


 ネンチャーク男爵が崩壊するように滅んでいく。


「……」


 うん。


 いいところ持って行かれちゃったね。


 仕方ないので俺は周りのピンクケチャに銀玉をぶつけた。べ、別に腹いせとかじゃないよ。


 ちょいもやっとしてるけど気にしないようにしようっと。


 パチパチパチパチ。


 誰かが拍手した。


 もちろん俺じゃない。


 イアナ嬢でもない。


 マルソー夫人は……ワォ、また大規模殲滅魔法(ニュークリアブラスト)をぶっ放してるよ。あの人もう人間じゃないよ。悪魔より怖いよ。


 あ、そういやイアナ嬢、防御に専念してくれって言ったのに攻撃参加していたな。


 しれっと結界張り直してるけど。しかも俺と目を合わせないようにしていやがる。


 よし、後でとっちめよう。


 ん?


 リアさんはシャルロット姫をお姫様抱っこしているしファストは空中に寝っ転がってごろごろしているぞ。


 ポゥはそもそも拍手なんてできないし。


「……」


 あ、あれ?


 じゃあ、この拍手の主は?


「いやぁ、すごいすごい。やっぱ強いねぇ」


 真後ろで声がして俺はばっと振り向いた。同時に身構えたがきっと相手にその気があったら殺られていたな。


 しかし、奴は拍手を止めて俺に笑いかけるだけだった。


「けど、ジルバはこのままじゃ終わらないよぉ」


 サック、いや魅惑の悪魔コサックがそこにいた。



 **



 魅惑の悪魔コサック。


 こいつはノーゼアの冒険者ギルドで冒険者のふりをして俺に近づいてきたり、アーワの森のザワワ湖ではクースー草を巡って俺と対立したりした。


 それと、こいつは冒険者を操ったりゴートヘッドを操ったりと精神操作に長けた能力を持っている。抵抗手段がないとかなり厄介な奴だ。


 コサックは俺と初めて会った時と同じ格好をしていた。軽装の鎧姿にシルクハットという珍妙な姿だ。はっきり言ってセンス悪っ、である。


 なお、あの中性的な声によるとこの状態のコサックは第一段階の姿らしい。


「えっと」


 俺が身構えながら睨みつけているとコサックは困ったように眉をハの字にさせた。


「おいら別に戦うつもりとかないよぉ」

「それを信用しろと?」


 俺はいつでもマジックパンチを撃てるよう腕輪に魔力を流す。


「いやいやいやいや、だからおいらに敵意はないってばぁ」

「そうやって油断させてから攻撃して来るんだろ? 残念だな。俺は簡単には騙されないぞ」

「あちゃあ、おいらすっかりジェイの信用失っちゃったかぁ」


 コサックが苦笑した。それにしても相変わらず顔色が少し悪いな。


 ひょろっとした体格だし悪魔だと知ってなければ弱そうに見えたかもしれない。ああ、でもこいつ冒険者ランクがAだっけ、そしたら強いんだよな。Aランクってのが嘘じゃなければだが。


 こいつならしれっと人間のふりをして冒険者になれそうだしな。実際、ノーゼアの冒険者ギルドの資料室とか入ってたし。


 グレーターリザーティコアの一体が群れから離れて俺たちに襲ってくる。


 苦笑したままコサックが片手でグレーターリザーティコアの首元を貫いた。ワォ、こいつ腕を伸ばして一瞬で急所を手で串刺しにしたよ。


 人間じゃねぇな。


 あ、こいつ悪魔だった。


 そして、俺の視界内でピンクケチャの群れに広範囲殲滅攻撃魔法(ニュークリアブラスト)をぶっ放しているマルソー夫人。


 炎の鞭とか持ってるし何か高笑いしながら戦ってるし……やっぱりあの人人間っていうより悪魔なんじゃね?


 正直、コサックより怖いよ。


 ちなみに、炎の鞭はラ・ブームが作り出した物なのでマルソー夫人の発動限界魔法の数を超えている訳ではない。俺もあの炎の鞭には酷い目にあったことがあるのでよーく知っているのだ。


「まあとにかくこれを見てよぉ」


 と、シルクハットを脱ぐとその中から一本の薬瓶を取り出した。


 ガラス製の薬瓶の中にはエメラルド色に光る液体が入っている。おおっと、これはなかなかの魔力が感じられるぞ。


「クースー草から作った特効薬だよぉ」

「……」


 フフンと鼻を高くするコサック。


 俺はそんなコサックに気をつけながら特効薬を観察した。これがクースー草から作られた特効薬か。


 確かに強い魔力も放っているしそれっぽくはあるな。


 だが、これが本物の特効薬だとしてどうしてそれをこいつが持っている?


「アーワの森ではジェイとは敵対しちゃったけどさぁ」


 コサックが薬瓶を軽く揺らした。


 中の液体がキラキラと光る。


「そもそもの目的は一緒だったんだよ。おいらもジェイもシャルロット姫を救うために動いた」

「シャルロット姫を救う?」


 俺の声は内心自分でも露骨だと思うくらい不審げだった。


「悪魔のお前がか?」

「その言い方はちょっと酷いなぁ」


 コサックがまた苦笑した。


 俺たちが話している間にマルソー夫人が炎の鞭で複数のグレーターリザーティコアを纏めて縛りながら灰にしていく。リアさんに魔力増強してもらっているからとかラ・ブームがついているからってのもあるけど戦闘力が尋常じゃないよ。


 あれ冒険者ならもうSランク以上じゃね? そんなもんがあるかは知らんけど。


 わぁ、またニュークリアブラストかよ。どんだけ撃てるんだよ。リアさん魔力強めすぎだろ。


 ああ、でもそのお陰で悪魔がどんどん片づいているのか。


 自分には無理みたいなこと言ってたけどこの調子だと一人で悪魔を全滅できるんじゃねぇの?


 不意に冷たい物が俺の頬に触れる。


 特効薬の入った薬瓶だった。


 コサックが笑顔で。


「話ちゃんと聞いてるぅ? よそ見するなんて酷いなぁ」

「ああ、すまん」


 何となく罰が悪くて俺は謝った。


 けど、視界内でマルソー夫人が派手にやりまくっているんだよ。


 ついそっちをみちゃうだろ?


 全くもぅ、とコサックはため息を一つつきながら薬瓶を俺の頬から離した。


「実は今回の一件おいらもちょーっと責任あるんだよねぇ」

「ほぅ」


 俺は左拳をコサックの首の付け根に向けた。


「そいつは聞き捨てならないな」

「いやだからってそんな話の内容次第では即殺すみたいな反応されてもぉ」

「いいから続けろ」


 俺が促すとコサックが諦めたように肩を落とした。


「まあそんなに長くもならない話なんだけどねぇ。おいらが王都をぶらついていたらすっごく大きな負のエネルギーを感じたんだぁ。それでそのエネルギーを辿ってみたらとある男に行き着いた訳ぇ」


 コサックは悪魔である。


 どうやら悪魔にとって人間の負のエネルギーはとても美味しい食料になるのだそうだ。


 悲しみとか怒りはもちろん欲望や執着あるいは快楽といったものも悪魔の食料になるらしい。


 ただ、全ての悪魔が同じような負のエネルギーを食すかというとそうではなくそれぞれ好き嫌いがあるようだ。


 悪魔によっては悲しみしか食べない奴もいるらしいし「三日間空腹に堪えたんだけどふらふらになって死にそうもう駄目死ぬ」って人の飢餓感しか食べないっていう偏食家な奴もいるとか。


 ちなみにコサックはというと。


「おいらは欲望とか強い執着とか好きなんだよねぇ。あっ、おいらに騙されて悔しがってる人間の怒りとかも割と好きだよぉ」


「なるほど、とりあえず一発ぶん殴る。」


 ザワワ湖での一件はさぞかし美味しい思いをしたんだろうな。俺もすげぇムカついたし。


 よし、殴ろう。


 俺はマジックパンチを撃つのをやめて拳を振り上げた。こっちの方が鉄拳制裁って感じもするしな。


 コサックは薬瓶を盾にするように構えた。


「ぼ、暴力反対。それともジェイは無抵抗の悪魔を殴れるのかい?」

「殴れるぞ」


 俺は拳を放った。


 ちっ、ギリギリで避けたか。


「わぁ、危なっ。特効薬の瓶を割っちゃったらどうするのさぁ」

「それが本当に特効薬だという確証もないしな」

「本物じゃぞ」


 ファストが俺たちの傍に来ていた。


 グレーターリザーティコアがサソリの尻尾でファストを刺そうとしてくるが見えない何かに阻まれて八つ裂きになる。


「……」


 こいつ、イアナ嬢の結界なんて要らないんじゃね?


「ふむふむ」


 俺の疑問なんぞ気づきもしないでファストがしげしげと特効薬を見つめている。


「妾ならもっと上手に作れるが人間の手による者ならこんなものかのぅ」

「まあしょうがないよねぇ。クースー草なんてそう滅多に入手できないだろうし。今回のことでもなければ採取できなかったんじゃないの?」

「そうじゃな。あの聖域に入れる人間などそうそうおらんじゃろうよ」

「あはは、ならそこに入れたおいらは特別なんだねぇ。まあおいら悪魔だけど」

「お主のことはモスたちから聞いておるぞ」

「そいつは光栄至極だねぇ」

「……」


 おい。


 精霊王と悪魔が仲良くお喋りしてるんじゃねぇよ。


 なんて思っていると。


 斬ッ!


 ネンチャーク男爵の首を切り落とした時のように円盤がコサックの首を切断した。クリティカルヒット。


 円盤は弧を描いて再びコサックを……。


「うっわぁ、不意打ちとは酷いなぁ」


 斬られた頭部がふわふわと浮かんでいた。


 コサックが片手で頭を首にくっつける。


 さらにもう片方の腕を伸ばして円盤を叩き落とした。


 イアナ嬢に。


「次代の聖女がこんな卑怯なことしちゃ駄目だよぉ。というか、なーんでオールレンジ攻撃もどきなんて使えるかなぁ」

「も、もどき」


 ガーン、みたいな顔をしてイアナ嬢が固まってしまう。


 いや、お前のその下手くそなマジコンはもどきで十分だろ。一つしかまともに操れないんだから。


 とか思ってたら睨まれたよ。何故だ。


「……特効薬ですか」


 ひょいと脇から手が伸びてコサックの持っていた薬瓶を奪い取った。


 リアさんだ。


 ワォ。この人片手でシャルロット姫をお姫様抱っこしてるよ。


 まああれをお姫様抱っこと呼んでいいのかはわからんが。


「あっ」


 コサックが取り返そうとするがもう遅い。


「ああ、出来野良し悪しはともかく確かにこれは特効薬になっていますね。ファミマあたりが見たら不合格にしそうではありますが」

「あやつはそういうことに厳しいからのう」

「でも私はファミマではないのでこれを採用とします。そこの悪魔さん、ありがとうございます」


 半ば強引に話を切るとリアさんはシャルロット姫に特効薬を飲ませ始めた。



 **



 特効薬を飲んだシャルロット姫だがこれといった変化はない。


 空になった薬瓶をポイ捨てするとリアさんはシャルロット姫を両手で抱き直した。そうそうこれこれ、これがちゃんとしたお姫様抱っこだよね。


「うーん」


 と、リアさん。


「たぶん薬は効いているはずなんですけどね。やはり少しばかり生命力が足りていないのでしょうか」


 ちら。


「ああ、確かに生命力が低すぎると治るものも治らんかもしれぬのう」


 ちら。


「……」


 なぜリアさんもファストも俺を見る。


 疑問に思っていると中性的な声が聞こえてきた。



『シャルロット第三王女にスプラッシュを使いますか?(はい・いいえ)』



「……」


 えっと。


 これって俺にシャルロット姫の回復をさせようってこと?


 いや、この場に精霊王が二柱もいるし次代の聖女だっているんだよ。


 どうして俺をアテにする?


「私はルールのせいで直接回復できないんですよね。それができたら特効薬なんかに頼らないんですけど」


 リアさん。


「妾もルールを破ろうとは思わぬのう。そんなことをすればあのお方からどんなお叱りを受けるはめになることやら」


 ファスト。


「まあ最悪どうしようもなければ私はルールも無視しますけどね。シャーリーの生まれ変わりを助けるためなら仕方ありませんし」

「お主はまたそういうことを……」

「あくまでどうしようもなければ、ですよ。だからこうして大人しく待っていたじゃないですか」

「お主は己の行いを振り返ってみてそれでも大人しかったと言えるのか?」

「はい?」


 リアさんが首を傾げた。


「私、十分大人しかったと思いますけど?」

「……訊いた妾が愚かじゃったわ」


 ファストがめっちゃでかいため息をついた。


 ポゥがファストのまわりを飛びながら慰めるかのようにポゥポゥと鳴く。少し前までファストを怖がって震えていたのが嘘のように仲良くなったな。


「ポゥの時もそうだったけど」


 ポゥとファストの様子を見ながらイアナ嬢が言った。


「あたしだと対象の生命力があまりにも低いと回復できないのよね」

「ああ、そういやそうだったな」


 俺は中性的な声の質問に「はい」と答えるとマジンガの腕輪(L)に魔力を流した。


 スプラッシュを発動して水球をシャルロット姫に放つ。


 お姫様に水球をぶつけるのってちょいと抵抗がなくもないのだがとりあえずそのことは無視した。そんな場合じゃないしね。


 パシャリと音を立てて水球がシャルロット姫の上半身に命中する。青い光がシャルロット姫を包み、消えた。


 シャルロット姫の目蓋が動く。


 小さく呻いてからぱちりと目が開いた。


 瞬きをしシャルロット姫がリアさんを見上げる。


「リ……ア?」

「シャーリー……じゃなくて姫様」


 リアさんの声が震えている。


 今にも鳴きそうな顔をしているがシャルロット姫に涙を見せまいと必死に堪えているようだ。


 そして二人を見守りながらうんうんとうなずいているファスト。


 宙に浮かびながら横に寝そべっていなければ結構威厳とかありそうなのだが、残念。


 おっと、イアナ嬢が拍手しながら涙ぐんでるよ。そのくせ円盤でリアさんたちに近づいてきたピンクケチャを両断してるんだから怖いな。感動するか戦うかどっちかにしろよ。


 いやまあただ感動していたら危ないんだってのはわかるけど。


 俺も銀玉でグレーターリザーティコアを倒しているしな。


「……」


 あと、コサック。


 お前、何味方みたいな面して拍手しているんだよ。


 この件の責任の一端を担ってるんだろ?


 その説明、まだ終わってないんだからな。


 俺が追求すべく口を開きかけた時、あの中性的な声がした。



『確認しました!』


『闇の精霊王リアからジェイ・ハミルトンに「愛し子の恩人」イアナ・グランデに「愛し子の恩人の仲間」の称号が授与されました』


『能力「収納」がジェイ・ハミルトンとイアナ・グランデに追加されました』

『なお、収納の能力は出し入れする際に使用する本人の保有する総魔力の5%を消費します。また生物は収納できませんのでご注意ください』

『収納可能な容量に制限はありません』



「……」


 え。


 なーんかとんでもないものが能力に追加されたんですけど。


 俺が固まっているとイアナ嬢の嬉しそうな声が聞こえた。


「わぁ、これ欲しかったのよねぇ。これでいちいち荷物を持たなくても良くなるわ」


 イアナ嬢が僧衣の袖口から円盤を出したり入れたりしている。


「……」


 どうしよう。


 イアナ嬢にお嬢様の姿がダブって見えたよ。イアナ嬢よりお嬢様の方が比べるのもおこがましいくらいスーパー可愛いのに。


 とか思ったら円盤が飛んできた。危ねぇ。


 ちなみにマルソー夫人は悪魔の群れと交戦中です。


 広範囲殲滅魔法(ニュークリアブラスト)を連発してるし炎の鞭で絞め上げては灰にしているし、もうあの人は下手に関わらない方がいいかも。あーあ、嬉々として敵に突っ込んでいるよ。正に微笑みの突撃婦人だな。


 マルソー夫人が炎の鞭でピンクケチャを縛って燃やすと……。


「このあばずれがぁっ!」


 怒声が轟き空間から吹き出すようにマルソー夫人目掛けて四方から火線が放たれた。


 マルソー夫人が火ダルマになる。常人なら間違いなく焼け死ぬレベルの攻撃だ。


 でも、これマルソー夫人なんだよなぁ。


「あらあらあらあら」


 炎が消えると無傷のマルソー夫人が現れた。その右肩で愛と情熱の精霊ラ・ブームが「やれやれ」といった具合に肩をすくめている。


 さっきの攻撃で炎の鞭が消滅してしまっていた。


 マルソー夫人が構えると、ラ・ブームの合図とともにその手に炎が生まれた。


 まるで生き物のように成長して炎が鞭の形になる。


「どこのお馬鹿さんかしら? 今のあたくしはそう簡単には殺られませんわよ」

「……」


 マルソー夫人。


 もうご都合主義だけでは済まないレベルで化け物になってますよ。


 じゃなくて。


 俺は強烈に感じる魔力に身構えた。


 大量の悪魔がいてもなおはっきりと識別できる強い魔力が悪魔たちの群れの奥から急接近していた。


 それも二体。


「……」


 二体。?


 あれ?


「ありゃー、宮廷魔導師の失敗作を持ち出しちゃったかぁ」


 コサックが額に手をやった。


 ファストが尋ねる。


「お主何か知って折るのか?」

「いゃあ、おいらの同胞が宮廷魔導師をしているんだけどさぁ、そこの同僚がゴーレムを作っていたんだよねぇ」

「ほほぅ、それはまた楽しそうじゃのう」

「いやあれ軍事目的だよぉ? 全然楽しくない類なんだけどぉ」

「で、そのゴーレムがどうした?」


 話が脇に逸れないうちに俺は尋ねた。


「ん? ああ、そのゴーレムなんだけどねぇ、大量のミスリルで作ったからすっごく強くて魔法耐性もばっちりなんだよぉぉ。けど、操るための魔力が人間程度では足りないってことが発覚しちゃってねぇ、結局倉庫にポイって……」

「阿呆じゃな」

「阿呆ですね」


 ファストとリアさんの評価が酷い。


「ポゥ」

「そうね、税金の無駄遣いよね。宮廷魔導師の給料や研究費用だって国民の血税から出てるってのに」


 何やら呆れた様子のポゥにイアナ嬢が渋い顔で応じている。


 てか、よく考えなくても俺たちほとんど戦闘をマルソー夫人に任せちゃってるよな。反省。


 とかやってるうちに。


「ふははははははっ、俺様は無敵なんだよッ! 何度でも復活できる上に無尽蔵の魔力。最強にして至高の存在、神と崇めても良いぞッ!」

「……」


 いや悪魔だろ。


 神を気取ってるんじゃねぇよ。


 俺はついネンチャーク男爵につっこみそうになりどうにか堪えた。まあつっこんでもいいのかもだけどめんどい反応されても困るし。


「ネンチャーク男爵」


 リアさんが厳しい表情で告げた。


「これ以上の暴挙は許しませんよ。あなたがグレーターリザーティコアの呪毒で姫様を害したのはわかっています。大人しく死になさい。でなければ魂ごと滅することになりますよ」

「……」


 リアさん。


 魂ごと滅するって……すげぇ怖いんですけど。

 

 

 


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