歓迎
僕らは旅をしている。しかしその旅は何処までも過酷なものになるだろう。だって終着点が見えているというのに、それがどんな形であるかわからず、そしてそこに辿り着くまでの道筋も困難と死に目が連続して続いていくのだから。
アハヴァシリーズに属するシェクバを助けた。見た目は少女だ。小学3年生辺りくらいの。しかし製造年・・・つまり年齢は不明。そんな子と、僕らは旅を続けることにした。
名前は一葉。首から下げるプレートに、その名が書いてあった。そんな一葉は僕らの・・・娘?いや、妹だな。母親が居たのだから。
その後一葉にいろいろと質問をした。それを要約すると、どうやら一葉は『独立機』というものに分類されるらしい。
イルマ・アハマの宣戦布告時、イルマは全てのシェクバを掌握したと言っていたが、どうやらアハヴァシリーズにのみ、多少の接続不良が起きていたらしい。また加えてアハヴァシリーズの統制を行う9番統制機、『アハル・ヴァル・アハマ』は、イルマ・アハマの支配を受けているものの、本体は特に支配を受けていないとのこと。矛盾しているが、そういうことらしい。一葉の話ではよくわからなかった。というかそもそも、アハル・ヴァル・アハマには明確な知性というものが存在していないとかなんとか。つまりそこら辺りのことは一葉もよく理解しておらず、故に覚えた単語を羅列するだけの話し方になっていた。ただ要は、アハヴァシリーズの中には個々に人格を持つ者が居るということで、つまりこれらを独立機と呼び、この独立機は現在完全な自意識下で行動を取っているらしいということ。
言ってしまえば、今現在行動している独立機はまさに人間そのものということ。そしてシェクバは、これらを人類抹殺の対象に含めて殺して回っているということ。
全くもって意味がわからない。人間のような想像性を持っているのはアルマハだけじゃなかったのか?それをシェクバが持っている?それか単純にアルマハと繋がっているが、支配は受けていないという状態なのか?正直、一葉の状態については何一つわかっていないとしか言えないのが現状だ。また謎が増えてしまった。
しかし抹殺対象として殺されそうなっていたのは事実。たとえそれ自体が罠であったとしても、やはり一葉を捨て置くなどという考えは、僕にも、そしてレイにも無い。無くなった。
「だいぶ進んだ。」
「そうだね。」
ヒサが地図を確認する。
「・・・うん。もう少しで着くよ。」
ヒサとレイに挟まれ、2人の手を両手に握る一葉がヒサを見上げた。
「どこ行くの?」
そういや言ってなかったっけか。
「えっと、まず今向かってるのが第三研究室だね。ウルルに会いに行くんだ。」
「ウルル?」
「ウルル・アハマ。」
一葉は再び疑問符を浮かべた。
「知らないの?3番目のアルマハだよ?」
「アハルとヴァルのことしか知らない。」
「そっか。」
アハル・ヴァル・アハマ。その人型は双子で、赤子の姿をしているらしい。一葉から聞けたことだ。しかし松柏さん曰く、アハル・ヴァル・アハマだけは、人型が造られなかったらしい。というかアハマ・ヴァル・アハマ自体、元々失敗機であり廃棄予定だったとかなんとか。それがいろいろあって今の位置に収まったと。明確な事は一切記されていなかったが、とにかくふわっとした感じの文章がレイが持つ用紙に記されていた。つまり結局謎が増えてばかりなのが現状ということ。まあアハマ・ヴァル・アハマに会うのは当分先の話だろうから、今は特に気にしないでおく。それに短くふわっとした文章だったということはつまり、そこまで必要性が無いということなのだろう。
「あれ、人?」
第三研究施設の正面全体が見える高台に、三人は居た。そこから研究施設周囲の状況を確認しようとした視線の先で、小さな集落のような場所が目に入る。
そもそも統制機本体が安置されている研究施設の周囲には、500メートル程の何も無い平坦な大地が作られている。その為誰かや何かが近づけばすぐに分かる。そんな場所に簡易な小屋や高台が建てられ、そこに人の姿も確認できた。
あの立地ならシェクバが近づいてもすぐに気づけるな。
「シェクバの反応は?」
「無い。どこにも。」
「じゃあ間違いなく・・・」
しかし意外だった。ヒサの推測では、もしウルルが支配されていなかった場合、イルマはこれを牽制しようと研究施設周辺にシェクバを集めていると考えていた。が、状況は正反対。今、研究施設の近くに居るのは人間で、その周囲にシェクバは確認できない。これは僥倖。
ここまでの道中含め、第三研究施設に近づく度にシェクバの反応が少なくなっていっていた。つまりイルマにとってこの場所は警戒するに値せず。ならば当然、ウルルは支配されているのだろうと、ヒサは不安を募らせていた。
それがここにきて一転。更に気分ぶち上げ。現在周囲にシェクバはおらず、そして見る限り集落に住む人は安全に暮らしている。これはつまりウルルの庇護を受けている為と考えられる。又、周囲のシェクバをウルルが排除したとも。そこから推測するに、ウルルは相当な力を持っているのかもしれない。イルマが直接手を出さなければならない程に。
これはかえって危険な状態かもしれない。しかし既に行動を起こしているイルマが、未だにここを壊していないとするとするならば。もしかするとウルルの頼み事として集落の存続を願われたか、それか単純に脅威として判断していないだけなのか・・・。
不確定要素が大きくはあるものの、ヒサたちにとっては願ってもない状況であると言っていい状態だった。
「でもこれだと、ウルル仲間になってくれないかも。」
レイが心配事を漏らした。
「そこは・・・まぁ仕方ないよ。割り切ろう。」
「わかった。それじゃあ・・・行く?」
「そうしよう。」
ヒサとレイは集落に寄らずに研究施設に向かう事も考えたが、しかし特に意味は無いが、集落に寄ってみたい気持ちもあったので寄ることにした。
「まずは僕だけで行ってみる。」
「ヒサだけで?」
「そう。もしかしたら一葉の事攻撃してくるかもしれないし。」
「ウルルが?」
「そう。」
「いるの?」
「研究施設から飛んでくるかも。」
「飛んで?・・ああ、そっか。アルマハだもんね。僕みたいに離れてても気づけるのか。」
気づいてなかったのか。
「なら僕の方が良くない?もしヒサにも襲ってきたら・・・」
心配そうなレイの視線がヒサの視線にドッキング。
「僕に?襲われるの?」
「可能性として無くはない。もし万が一これがウルルの罠だったら?わざと人を生かして人を集めて、それで倒してもこれはアハヴァだって言えば納得するかもしれない。そもそも集落の人間・・・には負けないか。でもアルマハ相手にヒサは勝てる?」
「それはレイも同じでしょ?」
「僕はまだ戦えるし、それにウルルとは既知の仲。」
「ああ、そっか。・・・でも・・いや、うん。やっぱそっちの方がいい・・・いや、だとしたらもう3人で行こう。それがいい。」
「確かに。だね。」
結局3人で向かった。
集落の入り口に立った僕らは、歓迎された。予想外と言えば予想外だ。だってこの世にはアハヴァシリーズという、初対面では人と見分けがつかないシェクバが存在しているのだから。現に一葉だって・・・いや、一葉は特別と考えるべきか。それでもやっぱり、彼らには警戒心が足りないと言いたくなる。
しかし話を聞けば、全員が全員歓迎しているわけでは無いとわかった。とは言えこうして平穏を得た結果、無闇やたらに人を疑って見殺しにする事にだいぶ心を苛まれている者が大半らしい。仕方がない。何となく想像できる。
ある日突然に戦争が始まって、いきなり目の前に敵が現れた。そいつらは隣人や知人、果ては家族を殺し、そして自分すらも殺されかけて。きっとみんな必死に逃げ惑った事だろう。目の前で伸ばされた救いを求める手を跳ね除け、見て見ぬふりをして走り去って。そうやって時間が過ぎていったある日、自分たちが伸ばした救いを求める手をウルルが握り締めてくれた。挙げ句自分たちはそれを握り返してしまった。今まで散々救いの手を差し伸べること無く跳ね除け続けた自分たちが、此処に来て救われてしまった。また、平和な時間でその事実を再確認してしまい、結果・・・。
そんなものは責任逃れであり、人間が持つ傲慢で愚鈍で醜悪な在り方だとは思うが、しかし理解できる。仕方がない。だってそれこそが人間としての本質であると、僕はそう考えているから。
誰だって一番に大切なのは自分自身。他人の命の方が大切なんて思えるのは、自分が安全だからだ。大切な人を守ろうと頑張るのも、自分の命が保証された上で、だ。自身が持つ自他の命に対する本当の価値観は、死に瀕した状況でしか知ることはできない。そして此処にいる大半の・・・全ての人間は、自分の命を優先した人間だ。だから生き残って、此処に辿り着いた。
・・・そうだな。だからたぶん僕は、此処に居る奴等が死んでも心から悲しむことはないだろう。