君は星の子
「さてヒサ君。私が君に願う事はただ一つ。レイを手伝ってやってくれ。」
三人で食卓を囲み、ただ実際にご飯を食べているのはレイと呼ばれた少女だけで。松柏と呼ばれた女性は、前置きとかな自己紹介もなく早速本題に入ってきた。
「もちろん救ってくださった手前断るのはあれなんですけど、でもレイ・・さんの手伝いって何をすれば?正直想像した限りじゃ僕には荷が重いような気がするんですが。」
彼女は戦っていた。シェクバシリーズと。
それは人間よりも優れた生命体だ。素手同士であればプロ級の人間であっても勝つのは難しいと思う。そんな相手に、まだ高校生になったばかりのこどもが勝てるわけがない。まともな戦いにすらならない。だから・・・戦う彼女のサポートとか頼まれても、正直言って逆に迷惑にしかならない気がする。
「大丈夫だ。安心しろ。いや、すまないと言うべきか。」
謝罪?なぜ?
「君は、あのままでは助からなかった。だから、少しだけ禁忌を犯した。私は君の存在を冒涜した。」
言ってる意味が全くわからない。が、発せられた言葉から嫌な予感はする。
「オーパーツを使ったんだ。君の命を繋ぐ為に。そして今、そのオーパーツは君の中にある。」
オーパーツ。未だ解明に至らない太古の遺物。そんな不可解な代物が、僕の中に?
身体に異常性は無い。至って健康だ。だけど異様な不快感が僕の心を染める。
「気分が悪いか?すまなかった。だが、君の命を繋ぐ為にはこれしか無かった。」
「どうなったんですか。」
「・・・単純な話、君はアルマハに限りなく近い何かと為った。」
「アルマハ・・・・。」
「とはいえ人間だ。君はね。ただ少し・・運動能力と身体能力と、そして再生能力が平均男性よりも優れた状態にある。つまり今の君ならシェクバともアルマハとも近接戦闘が可能な状態にあるということだ。そして先の続きだが、だからこその手伝いだ。どうかレイと一緒に、イルマたちを止めて欲しい。どうだろうか?」
「アルマハを止めるって・・・それは軍の人たちがやってくれるんじゃ・・・。」
「無理だな。残念だが、イルマたちは人の手でどうこうできる存在じゃない。」
「なんでそんな事・・・」
「私が生み出した子たちだからだ。あの子たちのことは私が一番よく知っている。」
「え?」
「ああそういえば自己紹介がまだか。私は松柏 あやめと言う。主にオーパーツ関連の研究をしているしがない一般人だ。だから表舞台に立ったことはない。因みにアルマハの造り手として名を上げられるチル・ダヴは、私の身代わりをしてくれている私の助手くんのことだ。」
何か・・知ってはいけないことを知ったような気分に陥った。
いやいや、妄言だって流石に・・・。
レイに目をやる。先ほどからもっきゅもっきゅとハンバーグを頬張って味わって飲み込んでを繰り返している。ちょっと和む。
いや、というかレイってそもそもなんなんだろうか。人間?それとも人工生命体に関連する何か?・・・もしかして僕と同じ?
少しだけ親近感が湧く。
「で、どうだろうか。レイの手伝いをしてやってはくれないか?」
再び気が沈む。
わからない。いろいろと抱えすぎて混乱している。けど・・・正直言って嫌だ。いくら戦えると言われても勝てるかどうかは別で、そして僕自身の心には勝てるというイメージが微塵も湧いてこない。だから頑張って戦ったところで・・何かを成せるなんて希望は・・・。どうせ役に立てないなら・・・。
「・・・僕には・・できない。できません。ごめんなさい。」
言ってしまった。命の恩人なのに・・・。
結局胸が痛む。しかし同時に開放感も得られた。
・・・こんなの矛盾してる。でも・・・。
「そうか、残念だ。まぁいいさ。時間ができたら避難区域まで送らせよう。」
「すいません。本当に・・・助けてくれてありがとうございました。」
「お互い様だ。私は君に酷いことをした。だからお礼を返そうなんて事は考えなくていい。」
「すいません。」
「これ以上は謝るな。」
「はい・・・。」
何を言っていいのかわからなくなる。結果、ご飯を食べる音だけが食卓を包む。
「ヒサくん。本当にすまない。」
「え?あ、いえ。」
この人ももう謝らなくていいのに。というか僕も謝ってほしくないな・・・。
「レイ、後は頼む。」
「ほへ?・・・・ッ?!」
レイが慌てて立ち上がった数秒後、屋根を突き破って何かが落ちてきた。その衝撃に吹き飛ばされて壁に叩きつけられて・・・。
何者かの落下地点には松柏がいた。いや、その者は松柏を狙い飛来した。だからこその惨劇。すべすべで綺麗な足が、赤く、深く、松柏の腹を貫き床に突き刺さっていた。
「松柏!!!」
レイが叫び跳ぶ。そこに立つ何者か目掛けて。
「ぐぅッ?!」
しかし綺麗な受け流しにより地面を転がり頭を打つ結果となった。
「お久しぶりです。お母様。」
足を引き抜いた女が声を出す。知っているようで知らない声。心を鷲掴みにされるような声。歪な筈の、しかし透き通るほど綺麗な音波。
「何故、逃げなかったのですか?お母様ならば自身が狙われる事をいの一番に理解できたはず。」
(私は母親だ。)
松柏が口を動かす。が、その声は余りに小さく、ヒサの下へは届かない。
「そうでしたね。それを知っているから私も此処にこれた。」
(すまない。・・・ありがとう。)
再び松柏の口が動き、そして松柏は微笑んだ。
「はい。お母様の為にも。・・・従順な駒に為れなくてごめんなさい。でも、私は私のやりたいことを。ありがとうございました、お母様。私たちは勝ちます。私が望む未来を手にする為にも。」
松柏の額に手を置いた女がヒサへと振り向く。
「貴方は・・・人間?ならば、」
そして迫る爪先。
あ、終わった。
「ふぇ?」
気の抜けた声がヒサの横を通り過ぎる。
「え?」
単純な攻撃を仕掛けた女がヒサに組み伏せられていた。
「あれ?え?」「なっ、なっ、」
ヒサはただひたすらに混乱し、そして女は驚愕した。更に地面から起きたレイがナイフを持って迫る。女を殺す為に。
「え?うぇわ?!」
バキッ!・・とか、ゴリュッ・・とかいうやば目な音を出しながら、女はヒサの拘束から抜け出した。
「イルマ!!なんで松柏を殺した!!!」
イルマ?・・・イルマ?!イルマ・アハマ?!?!え?人違い?いやあの動きからも・・・というか僕は何をした?気づいたらあんな事に・・・。
「お母様が生きてたら、私たちは勝てなくなる。そしてお母様は、私たちの選択に賛同してはくれなかった。だから。」
「なんで!!なんで!!なんで!!!」
涙無く怒りに満ちた顔で必死で殺そうと迫るレイを、イルマは容易に弾き返した。
「さよなら。また、いつか。」
そしてイルマは去っていった。松柏の肉体を担いだまま。
暫くして床から起き上がったレイは、ただ唖然として座り込んでいた。
さて、整理しよう。
まずイルマの宣告により人工生命体の反乱が始まった。そこで僕は重傷を負うが、レイと松柏さんにより救われる。ただしオーパーツによる治療であった為、僕はアルマハに近しい何かと為ったらしい。その話とかレイの手伝いに関する話をしている途中にイルマが屋根を突き破り降ってきた。結果松柏さんが殺されて、持ち去られて・・・。
何が起こった?
どうやらこの反乱を成功に収める為、イルマは生みの親である松柏さんを殺しに来たらしい。
でだ。ならば僕はこれからどうしようか。
一人で避難場所まで行くか?・・・道中が危険すぎる。
レイも一緒に連れて行くか?・・・付いてきてはくれなそう。
レイの手伝いをするか?・・・僕なんかにできるのか?
・・・そもそもあれは一体なんだったのだろうか。なぜ僕はイルマの攻撃を防げた?挙句組み技まで・・・。
あの瞬間、僕の体は無意識に動いた。言ってしまえば僕が動かしたわけじゃない。なのに動いた。誰かが動かした。そう考える方がしっくりくるくらい正確に。
嫌な気分だ。
少し、自分の精神がおかしく思える。松柏さんが目の前で殺されたっていうのに驚くほど冷静だったし、僕自身がアルマハに近づいたと言われたことにも納得し始めている自分がいる。
僕は何か変わってしまったのか?
「・・・ごめん。・・・ありがと。」
気を取り直したレイが立ち上がり、何処かへと向かおうとする。
「ちょっと待って。」
「なに?」
「えっと・・・。」
なんで僕は止めた?別に自由にさせてやれば・・・ほっとけばいい。彼女についていくのは余りに危険だ。そんな道中に僕がいても役に立てない。なのに・・・。
「僕も行く。君を手伝う。」
わからない。けど、ほっとけない。・・・何故?
「・・・いいよ。嫌なんでしょ?」
「そうだけど、でも今の君はほっとけない。」
知らないことが多すぎる。分からないことが多すぎる。なのになんで・・・この使命感はなんだ?誰かが僕の背中を押す。いや違う。僕だ。僕が押しているんだ。そうだろうヒサ。忘れたか?また戻るのか?あの、生きた屍として存在し続ける日々に。
ヒサはレイの手を取った。
「僕も行く。松柏さんに言われた通り、君を手伝うよ。そうさせてくれ。」
「あっそ。」
正直言って希望は見えてこない。というか寧ろ絶望感の方が大きくなっている。僕じゃ勝てない。それはさっきの戦いで深く思い知った。
あの瞬間僕がイルマを組み伏せる事が出来たのは、イルマの油断と、そして単調な攻撃故。もしレイへの反撃みたく攻撃されていたら、間違いなく瞬殺だっただろう。それだけはこの身体が直接理解できている。何もわからず組み伏せながらも、あれが自身の限界であったことは理解している。
もっと強くならないと。
高揚感が、僕の胸を後押しする。ああ、そうだろうとも。死ぬ事が怖くて堪らないと・・・役に立てず足を引っ張ってしまうかもしれないと・・・だから嫌だ嫌だと言っておきながら、でも死の淵に立たされて初めて感じた生への実感。そして思い知った、『生きている』という在り方への執着。
そうさ。僕はずっと望んでいた。平和な世界が壊れてくれる事を。でもそんなことを望む人は殆どいないから・・・だから罪悪感を感じていたのかもしれない。誰もが平和を望む中、それを壊そうとする自分を戒める為にも・・・。
確かに、僕は抱え過ぎていたのかもしれない。別に気にしなくてもいいことにすら責任を感じてしまって、余計な罪悪感を募らせ続けて。ああ。だから今こそ僕は僕と為ろう。これでいい。君と行こう。やってやろうさ。平和とかの為でなく、僕が僕である為に。
始まりは何時だって偶然の産物。だけど貴方が何処かに辿り着けたのならば話は変わる。それは終着点か、それとも出発点か。即ち定まることのない何処かへ。そう。世界に主役は存在しないけれど、人生の主役は自分自身。故にこそ、私は今此処にいる。