98.reject
断るのが得意な男がいた。
男は、宗教の勧誘やセールスは言うに及ばず、知人からの頼まれ事や遊びの誘いまで、自分が望まない物は全てきっぱりと断っていた。というのも、他人の申し出を易々と受け入れるのは恥であり、己の意志を持たぬ者のすることだと思っていたからである。
男は断ることに誇りを持っていた。
断れない女がいた。
気が進まなくても、体調が悪くても、怪しいと思っても、大抵の誘いや頼みは了承してしまう。おかげで損ばかりしていたが、自分の性格をさほど駄目だとは思っていなかった。「はい」と言いさえすれば、話を持ちかけた人は気分がいいだろうし、自分が色々経験を積むこともできる。
女は、断らないことが自分の生き方だと思っていた。
ある日、男の元に見合い話が舞い込んだ。男は断った。
「私は自分の決めた人と結婚します」
同じ日、女の元にも見合い話が来た。女は二つ返事で受けた。
「喜んでお会いします」
見合い当日。
無理矢理連れてこられた男は、見合いの席で相手と二人きりにされると、早速切り出した。
「申し訳ないが、私はあなたと結婚するつもりはない。この話はなかったことに」
「えっ」
相手は困惑し、さっさと席を立とうとする男にわけを訊いた。
「なぜって、私は他人に押しつけられた女性と結婚する気はないからですよ。愚かだと言われようが、自分の選んだ女しか私は愛さない」
「じゃ、あたしとは絶対結婚しないと?」
「ええ」
「他の誰とでも好きになったら結婚するけどあたしとだけはしない?」
「ええ!」
「何があっても?」
「ええ、そうです! たとえどんな不細工だろうが、通りすがりだろうが……」
「そこの人とか?」
「ええこの人とか!……」
消沈しながらテーブルの脇を通っていた女の腕を掴んで、男はハッとした。見ず知らずの女が、あどけない顔に不思議な覚悟と不安を込めてこちらを見ている。
見合いの相手は、腕を組んで男と女を観察している。
「わ…私と、お付き合いして頂けませんか」
男は意地になっていた。そして女は、『いつも通りに』二つ返事で頷いた。
「はい、喜んで」
見つめ合う二人を、男の見合い相手――「断らせない女」が、得たりとばかりに笑って眺めていた。
「~を断る」、
「拒絶する」。