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97.focus

 彼女を見つめ続けて、どのくらいになるだろう。雨の日も、雪の日も、夕焼けの中でも、朝霧の中でも。

 僕と彼女の距離はとても近い。僕はいつも、横たわって天を仰ぎ続ける彼女の上に、少し傾きがちに覆い被さっている。彼女はそれでも、僕を見ようとはしない。

 仕方ない。僕の体は彼女よりずっと大きいし、透けている。彼女の視界には捉えて貰えないのも、無理はない。けれどそれは、僕にとって辛いことだった。

 僕たちの存在は、誰からも気付かれる事はなかった。日向を歩く者達にとっては、ここで息を潜めている僕たちのことなんてどうでもいいはずだ。けれどそれでいい。僕のレンズは、彼女を中心に置いて彼女だけをくっきりと映している。だから、それが満足で、幸せなんだ。

 だからこそ、彼女にだけは、僕の存在に気付いて欲しかったのに。

 降り積もる雪が、彼女の周りだけ避けていても。雨上がりに僕が七色の光を彼女の上に浴びせても。彼女は、僕にはちらりとも関心を寄せてくれなかった。だが僕は、彼女からは離れられない。打ち捨てられた、見向きもされないガラクタは、身動きなど取れないのだ。

 もう、幾つの夜を数えたか分からない。冷え切った僕の体は熱いとも寒いとも感じず、ただ汚れと錆を広げていった。このまま朽ち果てるのも悪くない――少しずつだが、共にくすんでゆく彼女を見ていると、僕はそんな風にも考えるようになっていた。

 だが、別れの時はすぐそばに来ていたのだ。

 枯れ葉。雪。新芽。そして、あたりを覆う緑がやってきた時、一年が経ったのだと気付いた。もはや見上げることもできない空から、眩い日の光が僕の背中に降り注いだ。

 彼女を見て、はっとする。

 白い光線が、彼女のいる一点に浴びせられているのだ。背の高い雑草に隠されていたはずの僕たちは、いつの間にか、明るすぎる太陽に晒されていた。

 ふいに、何かが焦げる臭いがした。

 僕は悲鳴を上げた。彼女が、僕を通して鋭くなった光の突端に灼かれていたのだ。

 僕は動けない。光も、目も、彼女から逸らせない。午後の太陽はいやにのんびりと動き、いつまでもいつまでも、彼女の身に熱を浴びせ続けている。僕に出来ることは、悲鳴を上げながら、次第に歪み縮んでいく彼女を凝視することだけだった。


 そして、最後まで一言も発せず、彼女は逝った。黒くなった固まりからは、焼けたプラスチックの臭いが、かすかに漂っていた。



「焦点を合わせる」、

「集中する」、

「焦点」。



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