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96.match

 二人の女がいた。器用で神経の細かい女と、大雑把で跳ねっ返りの女だ。

 彼女らは幼なじみで親友で、大人になっても離れたことがない。幼い頃から、器用なほうの娘は不器用なほうの娘に様々な手作りの品を贈っていた。それは今、令嬢と雇われの仕立屋という形になって続いている。

「お嬢様、新しいお召し物です。いかがですか」

「まあ素敵! ありがとうシャロル。それと、いつも言ってるけど『お嬢様』はやめて」

「ええ、ごめんなさいマルタ。お着替えなさります?」

「もちろん!」

 こんな調子で、二人は日々を楽しく過ごしていた。主従の関係とは言え彼女らの暮らしにはさほどの格差もなく、仕立屋は令嬢と服を交換したり化粧を変えたりして令嬢の家族を驚かせたこともあるくらいだった。

「よくお似合いですわ、マルタ」

「ええ。じゃあシャロルも着替えて、一緒にお茶会に行きましょう」

「でも、私は使用人ですのに」

「何言ってるの、美人のくせに。ホラ」

 二人は幸せだった。

 だが、二人が二十歳を迎えた頃から、突然関係に変化が生まれた。令嬢に、結婚話が持ち込まれるようになったのだ。

 それを境に、令嬢は急に忙しくなった。毎日のように代わる代わる会いに来る男達、良家に嫁ぐためにと厳しくなった教育、財界のサポート役としてこなさなくてはならなくなった仕事。

 そして、贔屓にして貰おうと様々な商売人が出入りするようになった。中でも多かったのは、仕立屋だ。地方都市一帯を仕切る老舗から、最新の流行や生地を持ち込む行商人までが、煌びやかな着物で令嬢の部屋を埋め尽くした。

 それでも令嬢は、しばらくは親友の仕立てた物しか着なかった。親友の女も努力をし、流行や質の高さについて行こうと必死になった。

 だが次第に、女の手掛けた服は相手にされなくなっていった。良質な弟子を抱え、高い技術を保持する商売人たちの品物は、高品質で速く上がってくる。そして何より、社交界で箔がついた。

 女は何度も服を作り直した。令嬢の姿は、次第に遠ざかっていく。部屋の中まで入っていたのが、敷居の外、廊下の向こう、夕食での上座と末席、そしてとうとう、門の外。女は門を叩き、訴え続けた。

「お嬢様、お願いですから中に入れて下さい! 一着でも、一度でもいいですから、どうかお召しを! ほら、こんなに仕立ててきたんです、こんなに……マルタ。お願いよ、マルタ!」

 門が開くことは、なかった。

 女が見る令嬢の姿は、塀の向こうのものになった。毎日多くの人と会い、疲れているはずのその姿は、しかし以前に比べて確実に美しくなっていった。

 上品で都会的なドレス、人形のように完璧な化粧。全身から漂う、凡夫を寄せ付けない大人の気品。

「マルタ……」

 一方、美しい細工のされた鉄索越しに覗く仕立女の姿は、日増しに美しさを失っていった。乱れた髪、汚れた裾、ひび割れた指。それでも、女は仕立てをやめなかった。毎日毎日、令嬢に認めて貰うための着物を縫い上げ、持って行っては門前払いされた。そんなことが何週間、何ヶ月続いただろうか。

 ある日突然、門が開き、馬車に乗った令嬢が従者を連れて出てきたのだ。実はようやく嫁ぎ先が決まり、先方の屋敷へ向かうところだったのだが、仕立女がそれを知るはずもない。久々に見る親友の姿に嬉しさでいっぱいになり、駆け寄ろうとした。

 だが馬車を目の前にして、思わず立ち止まってしまった。馬車も、おんなに気づいた令嬢に止められる。

「誰かと思えばシャロルじゃない。なあに、その格好」

「……」

「口が利けなくなったの? ああロイ、私の服乱れてない?」

「完璧でございます、お嬢様」

「そう、よかった」

 女は会話など耳に入らず、ただ令嬢を仰ぎ見ていた。

 美しかった。ドレスの裾を摘む動作も、襟元に指をやって虫けらを見るように見下す仕草も。自分が世話をしていた頃とは全く違う、財界人としての女性が、完全に調和した美しさを身に纏って佇んでいた。

 この人の側にいたい。改めて強くそう思った。

「ねえ、なにぼんやり立ってるのよ」

 再び声を掛けられ、女は期待と不安に満ちて頭を上げる。

 令嬢の琥珀色の目は、冷え切って淡々としていた。

「それに、そのおかしな布の固まりは何? もしかしとドレスのつもり? ……落ちぶれたわね、シャロル。出して頂戴」

 どぎつい色を繋いだ、奇妙な着物を抱えた土気色の女に、馬車は後輪で砂を掛けていった。



「~に匹敵する」、

「~に調和する」。



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