表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/100

93.contribute

 僕は食品会社の広報担当だ。CMの売り込みだとか、色んな仕事をしてる。社内では割と若い方だがキャリアは積んできたつもりだ。

 自信はあるし、仕事に誇りも持っている。社の経営理念に従い、お客様に食べる楽しみと喜びを提供してきたつもりだ。

 それが、どうしてこうなった?

「いいな、分かったな。あの番組の提供をやめさせるんだ」

 目の前でドスの利いた声を響かせる、大柄な女。僕はと言えば、椅子に座らされ両手両足を括り付けられている。

 女が言う番組とは、毎回一般公募者や芸能人から選んだ女性をメイクやコーディネートで美人に仕立てようというコンセプトで、コメディ色が強いが人気のある番組だ。何しろ選ばれるのは大抵「女を捨てた」感じのあっけらかんとした、「私はブスだ」と笑って言える類の女性ばかりだから、見る側の抵抗も少ないのだ。

 と、思っていたが。

「分かったのか? 返事をしろ返事を!」

 女の主張はこうだ。

 あの番組は、美人でない一般女性を不当に貶め、過剰に美の価値を上げようとするあくどい番組だ。皆の心の健康のためにも、即刻放映中止すべきである。だからスポンサーは手を引け。

「……」

 包丁を突きつけられてはため息をつくのもままならない。だが、僕も下がるわけにはいかなかった。

「申し訳ありませんが、そのご提案は受け入れかねます」

「なんだと?」

 女が目を吊り上げた。

「殺すぞ、お前」

「仰ることは分かりましたが、スポンサーと番組は互いに助け合っているのです。大勢の人が損益を被ることになりますから、今は撤退は出来ません。それに……」

「なんだ」

「私見ですが、あれはそれほど悪い番組ではないと思いますよ。視聴者様のご意見の中には、『ブスだけど笑った』『励まされた』というものが多く含まれるようです。ですから一種の社会貢献とも」

「違う!」

 女が喚いた。

「ああいう番組を作り出すメディアが、そもそもブスだの美人だのって基準を生んでるんだ! そのせいで女は、いやブスは、悩んだり諦めたりしなきゃいけない。そんな基準下らないんだよ! マスコミの糞共、糞番組に金を寄付する糞共、みんな糞ばっかりだ、畜生め」

 女は怒りに拳を震わせている。なんとか説得しようと、僕は必死に言葉を繋いだ。

「そうかもしれませんが、しかしメディアが滅ぶことはまずないでしょうし、滅んだとしても基準作りは終わりませんよ。もし悔しく思われるんでしたら、開き直るか努力なさればよろしいでしょう、整った顔立ちでいらっしゃるんですから」

 言ってからハッとした。女の顔が凍り付いている。まずかったか、と思ったが、逆にチャンスかもと考えなおした。

「何だったらいいメイク屋を紹介しますよ。あなただっていじれば人並み以上に……」

「う、うるさい! そういうのが違うって言ってんだ! 並だの以上だの決めるから誰かが惨めな思いをするっ」

「でもあなたはしない」

 僕は緊張を押し殺し、笑って見せた。

「あなたは惨めにならなくていい。僕が保証します。僕が責任を持って、あなたを飛びきりの美人にしますよ」

 女は赤くなったり青くなったりと百面相を見せてから、ヒステリックに叫んだ。

「なによ、お前なんかそんな顔の癖に!」

 僕は微笑を浮かべて見せた。

「あなたも持ってるじゃないですか……基準」

 女は口を噤んで棒立ちになり、それからぐったりとうなだれた。

 僕は内心でガッツポーズをとった。実際の所、女は肌の白いすっぴん美人でそれ故に苦労したかとも推測できる。そんな女を手の内に出来たわけだから、あの若干下品な番組も僕に貢献してくれたというわけだ。

 縄を解かれながら、僕は早くもCM出演の交渉を始めていた。



(-to A)「Aに貢献する」、

「Aの一因となる」、

(-A to B)「AをBに寄付する」、

「AをBに提供する」。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ