93.contribute
僕は食品会社の広報担当だ。CMの売り込みだとか、色んな仕事をしてる。社内では割と若い方だがキャリアは積んできたつもりだ。
自信はあるし、仕事に誇りも持っている。社の経営理念に従い、お客様に食べる楽しみと喜びを提供してきたつもりだ。
それが、どうしてこうなった?
「いいな、分かったな。あの番組の提供をやめさせるんだ」
目の前でドスの利いた声を響かせる、大柄な女。僕はと言えば、椅子に座らされ両手両足を括り付けられている。
女が言う番組とは、毎回一般公募者や芸能人から選んだ女性をメイクやコーディネートで美人に仕立てようというコンセプトで、コメディ色が強いが人気のある番組だ。何しろ選ばれるのは大抵「女を捨てた」感じのあっけらかんとした、「私はブスだ」と笑って言える類の女性ばかりだから、見る側の抵抗も少ないのだ。
と、思っていたが。
「分かったのか? 返事をしろ返事を!」
女の主張はこうだ。
あの番組は、美人でない一般女性を不当に貶め、過剰に美の価値を上げようとするあくどい番組だ。皆の心の健康のためにも、即刻放映中止すべきである。だからスポンサーは手を引け。
「……」
包丁を突きつけられてはため息をつくのもままならない。だが、僕も下がるわけにはいかなかった。
「申し訳ありませんが、そのご提案は受け入れかねます」
「なんだと?」
女が目を吊り上げた。
「殺すぞ、お前」
「仰ることは分かりましたが、スポンサーと番組は互いに助け合っているのです。大勢の人が損益を被ることになりますから、今は撤退は出来ません。それに……」
「なんだ」
「私見ですが、あれはそれほど悪い番組ではないと思いますよ。視聴者様のご意見の中には、『ブスだけど笑った』『励まされた』というものが多く含まれるようです。ですから一種の社会貢献とも」
「違う!」
女が喚いた。
「ああいう番組を作り出すメディアが、そもそもブスだの美人だのって基準を生んでるんだ! そのせいで女は、いやブスは、悩んだり諦めたりしなきゃいけない。そんな基準下らないんだよ! マスコミの糞共、糞番組に金を寄付する糞共、みんな糞ばっかりだ、畜生め」
女は怒りに拳を震わせている。なんとか説得しようと、僕は必死に言葉を繋いだ。
「そうかもしれませんが、しかしメディアが滅ぶことはまずないでしょうし、滅んだとしても基準作りは終わりませんよ。もし悔しく思われるんでしたら、開き直るか努力なさればよろしいでしょう、整った顔立ちでいらっしゃるんですから」
言ってからハッとした。女の顔が凍り付いている。まずかったか、と思ったが、逆にチャンスかもと考えなおした。
「何だったらいいメイク屋を紹介しますよ。あなただっていじれば人並み以上に……」
「う、うるさい! そういうのが違うって言ってんだ! 並だの以上だの決めるから誰かが惨めな思いをするっ」
「でもあなたはしない」
僕は緊張を押し殺し、笑って見せた。
「あなたは惨めにならなくていい。僕が保証します。僕が責任を持って、あなたを飛びきりの美人にしますよ」
女は赤くなったり青くなったりと百面相を見せてから、ヒステリックに叫んだ。
「なによ、お前なんかそんな顔の癖に!」
僕は微笑を浮かべて見せた。
「あなたも持ってるじゃないですか……基準」
女は口を噤んで棒立ちになり、それからぐったりとうなだれた。
僕は内心でガッツポーズをとった。実際の所、女は肌の白いすっぴん美人でそれ故に苦労したかとも推測できる。そんな女を手の内に出来たわけだから、あの若干下品な番組も僕に貢献してくれたというわけだ。
縄を解かれながら、僕は早くもCM出演の交渉を始めていた。
(-to A)「Aに貢献する」、
「Aの一因となる」、
(-A to B)「AをBに寄付する」、
「AをBに提供する」。