92.remind
「はい、目を閉じてリラックスして下さい」
低く落ち着いた声が、半球状の天蓋から降ってくる。私はその言葉通り、ゆるく目を瞑った。
「深呼吸して……吐いて……吸って……吐いて……もう一度……。自分の鼓動が聞こえますか?」
天蓋に設置されているだろうカメラに向かって、私は小さく頷いた。やや早い心音が、腹の底から指先まで丁寧に巡っている。
こういうときは落ち着かないといけないのだろうが、私は嫌が上にも高まる期待に、頬が弛むのを抑えられなかった。
もうすぐ、全部思い出せる。
「あなたは今、二十歳です。……十九歳。十七歳。十五歳。十歳……さあ、あなたは落ちていきます。どんどん落ちる……底がない……まだ落ちる……」
まるで本当に落ちているかのような、不思議な浮遊感。恐怖と快感が脳を駆け巡る。私の中に、鮮やかな記憶の海がなだれ込み、そして突如、全てが弾け散った。
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「うわちゃー、やべえ。やっちまったあ」
「所長! やっちまったじゃないでしょ! 早く死体回収しないと」
「あーあ、やなんだよなあ……」
モニターを見ていた二人の男は、急ぎ足に部屋を出ていった。向かう先には、断崖絶壁のスロープの底に落ちて粉々になった球体。それを支えるはずだった牽引装置はちぎれてしまっている。
「ねえ、いい加減やめません? 記憶を取り戻すなんつって、ホントに走馬灯見せてんじゃ洒落にならんですよ」
「いいじゃないの、どーせ思い出に頼らなきゃ生きられない連中なんだから」
「……やれやれ」
事務室の壁にびっしり書かれた予約を思い出して、男たちは肩をすくめた。
(-A of B)「AにBのことを思い出させる」。