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 今日で何日になるだろうか。

 奴はまだ動く気配を見せない。毎日家事をこなしたり、井戸端会議をしているばかりだ。尻尾を掴もうとしても、毛先一本も見せはしない。

 俺は、いい加減焦れてきていた。

 だが、奴が近所の子供たちを立て続けに拉致監禁した上、殺害していることは間違いない。奴が時たま見せる不審な行動、そして俺の長年の刑事としての勘がそう言っているのだ。

 俺は既に引退した身だが、コネで警察の力を借りることは出来る。だが今回は、敢えて独力で捜査をしている。

 これはデリケートな事件なのだ。俺を耄碌爺呼ばわりして追い返すような節穴巡査の居る署では、却って状況を悪化させる恐れがある。

 間違っても、犯人に気付かれてはならないのだ。

 俺は奴の犯行に感づいてから今まで、気配を消すことに終始した。家を売り払い、安宿の二階を借り切って休みなく奴の動向を見張ったが、その間も、奴と近所付き合いで仲の良い妻が尤もらしく奴を庇うため、暫く出ていって貰うことにした。

 奴の住まいは広い。俺が見張っているのは表玄関と西の車入れで、裏口は把握し切れていない。だが、向こうの道路を通る子供の姿が塀の向こうに隠れ、そのまま出てこない、なんてことは何度もあったのだ。そして家からは何も声が聞こえない。奴が恐ろしい犯罪を犯しているだろうことはすぐさま推測できるのだ。

 そして――。

 今、俺は奴を張って十数日目の朝を迎えている。

 認めたくはないが、俺も歳だ。そろそろ体力も精神力も限界に近づいている。

 奴の生活は実に規則正しく、毎朝六時に起き出して朝食の準備等をし、家族を学校や職場にせき立て、自分はゴミ捨てや掃除洗濯にと立ち働く。てきぱきとした姿だが、その振る舞いの美しさも俺には周囲を騙すための媚態としか思われない。

 来た、ゴミ出しだ。

 俺は目を皿のようにして奴に見入った。外出の予定でもあるのかうっすらと乗せた化粧、柔らかい輪郭に栗色がかった癖毛が影を落とし、均整の取れた全身が朝日に透けて、絵になりそうだ。

 勿論、俺はみとれている訳ではない。対象をよく観察することが刑事には大切なのである。

 ゴミ出しを終えると奴は、細い指で髪を耳に掛けながら自宅へ戻っていった。ほとんど直後、ゴミ収集車が来て黒いポリ袋の山を回収していく。今日はあの袋の中身をあらため損ねたが、仕方あるまい。

 だが、跡だけでも見ておこう。何か証拠となるような物が残っているかも知れない。

 俺は下に降り、周囲に人の目がないのを確認すると、ゴミ捨て場の臭いを丁寧に調べた。汚い作業と思われそうだが、捜査のためには必要なことなのだ。

 嗅ぎながら壁沿いを進んでいると、コンクリートの壁にゴミの分別表が張ってある。何の気なしに目を止め、「もえるゴミ」の欄を見た。

 俺は、一瞬にして青ざめた。

 そこには俺の知らない、しかも俺が証拠を逃したことを示唆するかのような、ある情報が記載されていたのだ。

『生ゴミ含む』と――。

 俺が数瞬立ち尽くしていると(勿論頭は働いていたのだが、老体が言うことを聞かなかったのだ)、間もなく、パトカーがランプも灯さずに駆けつけるのが見えた。

 止まった車両の両側から警官二人が飛び出し、俺に駆け寄る。

「早くゴミ収集車を追いかけろ!」

 俺がそう指示すると、警官たちは俺の両脇に立って腕を片方ずつ押さえ持った。

「何してるんだ」

「お爺ちゃん、ちょっと署に行きましょう。お話聞かせてもらいますから」

 警官たちに半ば引きずられながら、俺は突然気がついた。

――あの女だ。

 あの女が、俺を罠に填めたのだ。さもバラバラ死体をゴミに出したような振りをして、俺を不審者に仕立て上げる魂胆だったのだ。

 俺は煮えるような怒りを感じながら、奴の家を睨んだ。

 見ていろ、俺が署で話を付ければ一発逮捕だ。豚箱にぶち込んだら、毎日そのお綺麗な面を拝みに行ってやるよ――。

「ほらほら、そんな未練がましい顔しない。年甲斐もなくさぁ、若い奥さん追いかけ回すんじゃないの」


 

「~を含む」、

「~を含める」。

 


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