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昔々、一匹の臆病な狐がおった。狐には友達がおらず、また、大して強くも賢くもなかった。
だから狐は、せめて狡くなることにしたのだそうな。
リスが落としたドングリを、こっそり拾ったり。
自分を苛める狐の奥さんにぺこぺこして調停を図ったり。
噂話に耳を澄ませて、死体があれば食いに行き、雛が孵れば太る時期まで待ってから頂いたり。
そんなことを独りでやっていると、狐は、とても寂しくて惨めな気持ちになってしもうた。本当は他の仲間も同じようなことをしていたのだが、狐だけは知らんかったからのう。
そんな狐の寂しさを唯一埋めてくれたのは、一匹の虎だった。
虎と言っても、毛皮の虎で生きちゃあいない。けれど狐は、寒い冬は虎にくるまり、苛めが増える夏には穴の中で二人きりになって、心と体をなぐさめておった。
ある日、その時は秋だったのだが、狐はあまり寒いので虎の毛皮を被って外に出た。すると不思議なことに、周りの動物達が自分を見ると逃げていく。最初はなんだか分からなかったが、池に映った自分を見て合点がいった。
そこに立っていたのは、どう見ても立派な雄の虎だったのじゃ。
狐は、わけが分かると急にうきうきし始めた。この惨めな自分が、皆に恐れられる!と、すっかり良い気分になってしまった。狐は秋の間中、虎の毛皮であたりを闊歩したそうな。
そうするうち、やがて冬がきた。
狐はいつも通り、動物達を脅かして食べ物をせびろうと外へ出た。ところが、何だか様子がおかしい。森が、しいんと静まり返っておった。
元々の臆病を少しばかり取り戻して、狐はあたりを伺いながら木陰を歩いた。けれど、うっかりしておったことには、毛皮の獣臭で鼻が利かなくなっておったんじゃ。
タァーン!
突然銃声が響き、狐はその場に倒れ込んだ。しばらくは何がなんだかわからず、もがいておったが、やがて何人もの人間の気配が近づいてきた。
「やれやれ、本当にホワイトタイガーが居るなんてな。どこから紛れ込んだのかな」
「まあ、可哀想でしたけど、生態系を壊す前に何とか出来て良かった。ところで、毛皮を欲しがってる人がいるんでしたっけ」
「そうそう。丸ごとは無理だから、皮を剥がして持って帰ろう。……あれっ?」
人間のひとりが、毛皮の頭を持ち上げて驚き、それから大笑いした。
「見ろよ! 信じられない、凄いぞ、こいつは狐だ! まさに『虎の威を借る狐』ってところだ」
「ははあ、知恵があるんですねえ。しかし可哀想なことをしたなあ」
狐は、胸から血を流して今にも息絶えるところだった。けれどあんまり腹が立ったので、力を振り絞って、こう言ってやった。
――お前らこそ、虎の衣を狩る人間じゃないか!
そんなふうに誰かに怒鳴ったのは、生まれて初めてだったそうな。狐は、すっきりと全身の力を抜いて、事切れた。
もちろん人間達には、それは獣の断末魔としか聞こえなかったそうな。
「~を移す」、
「~を取り去る」、
「~を脱ぐ」。