表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/100

89.remove

 昔々、一匹の臆病な狐がおった。狐には友達がおらず、また、大して強くも賢くもなかった。

 だから狐は、せめて狡くなることにしたのだそうな。

 リスが落としたドングリを、こっそり拾ったり。

 自分を苛める狐の奥さんにぺこぺこして調停を図ったり。

 噂話に耳を澄ませて、死体があれば食いに行き、雛が孵れば太る時期まで待ってから頂いたり。

 そんなことを独りでやっていると、狐は、とても寂しくて惨めな気持ちになってしもうた。本当は他の仲間も同じようなことをしていたのだが、狐だけは知らんかったからのう。

 そんな狐の寂しさを唯一埋めてくれたのは、一匹の虎だった。

 虎と言っても、毛皮の虎で生きちゃあいない。けれど狐は、寒い冬は虎にくるまり、苛めが増える夏には穴の中で二人きりになって、心と体をなぐさめておった。

 ある日、その時は秋だったのだが、狐はあまり寒いので虎の毛皮を被って外に出た。すると不思議なことに、周りの動物達が自分を見ると逃げていく。最初はなんだか分からなかったが、池に映った自分を見て合点がいった。

 そこに立っていたのは、どう見ても立派な雄の虎だったのじゃ。

 狐は、わけが分かると急にうきうきし始めた。この惨めな自分が、皆に恐れられる!と、すっかり良い気分になってしまった。狐は秋の間中、虎の毛皮であたりを闊歩したそうな。

 そうするうち、やがて冬がきた。

 狐はいつも通り、動物達を脅かして食べ物をせびろうと外へ出た。ところが、何だか様子がおかしい。森が、しいんと静まり返っておった。

 元々の臆病を少しばかり取り戻して、狐はあたりを伺いながら木陰を歩いた。けれど、うっかりしておったことには、毛皮の獣臭で鼻が利かなくなっておったんじゃ。

 タァーン!

 突然銃声が響き、狐はその場に倒れ込んだ。しばらくは何がなんだかわからず、もがいておったが、やがて何人もの人間の気配が近づいてきた。

「やれやれ、本当にホワイトタイガーが居るなんてな。どこから紛れ込んだのかな」

「まあ、可哀想でしたけど、生態系を壊す前に何とか出来て良かった。ところで、毛皮を欲しがってる人がいるんでしたっけ」

「そうそう。丸ごとは無理だから、皮を剥がして持って帰ろう。……あれっ?」

 人間のひとりが、毛皮の頭を持ち上げて驚き、それから大笑いした。

「見ろよ! 信じられない、凄いぞ、こいつは狐だ! まさに『虎の威を借る狐』ってところだ」

「ははあ、知恵があるんですねえ。しかし可哀想なことをしたなあ」

 狐は、胸から血を流して今にも息絶えるところだった。けれどあんまり腹が立ったので、力を振り絞って、こう言ってやった。

――お前らこそ、虎の衣を狩る人間じゃないか!

 そんなふうに誰かに怒鳴ったのは、生まれて初めてだったそうな。狐は、すっきりと全身の力を抜いて、事切れた。

 もちろん人間達には、それは獣の断末魔としか聞こえなかったそうな。



「~を移す」、

「~を取り去る」、

「~を脱ぐ」。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ