88.vary
俺はひとつの所に留まるのが嫌いだ。というより、大昔から――そう、人間が地面を掘って光り物を探し始めたころから、俺の運命は決まっていたのかも知れない。
俺はいつでも世界中を飛び回ってる。ある時は飛行機で、ある時は船で、またある時は繁華街を根城にする女の懐の中で。
この女ってのが曲者だ。いつだって俺を欲しがるし、いつまでだって持っていたがる。俺はそんなのはゴメンなんだ。その内六十億人の俺に憧れる馬鹿面をコンプリートするのが夢なんだからよ。
無謀な夢か? そうでもないさ。現に俺の力を欲しがる輩は、女に限らずどこにでも居る。政治家、技術屋、石油王からスラムの住人まで、大体は俺を利用して利益を得ようって奴ばかりだ。俺はそいつらの必要に応じ、様々に姿を変えてきた。ある時は袋詰めで運ばれて取引の道具になり、ある時は成金野郎の指をくわえ、ある時は女の耳元に声を届ける。
俺自身、そんな生活を楽しんでもいた。自在な自分を、自分に向けられる馬鹿な連中の欲丸出しの目を。世界広しと言えど、俺の他にこんなに人の本性に近づいた奴はいないだろう。
なぜなら、俺は「金」だからだ。コイン、延べ棒、指輪、金箔、携帯電話の部品までなんでもあり。人間の歴史がいかに長かろうが興味はないが、俺に刺激をくれたことには感謝してもいい。おかげで随分と経験も積めたし、演技の術も身についた。スレた、などとは思わない。連中の求めに応じてくるくる表情を変えるのが好きで、楽しいからだ。
なのに。
ここ七十年ほど、俺はひとつ所に留まっている。七光り坊主が、偏屈な富豪爺になる程の時間だ。爺は俺を薄暗いところに閉じ込めて、ほんの時たま扉を開けちゃあ、薄汚くシミの浮いた顔を覗かせる。そして呟くのだ。
「金はいい。いつも純粋だ。お前は変わらないな、羨ましい」
よしてくれ。
俺がいくつの変化を潜ってきたと思ってるんだ。
腹が立って、せめてもの抵抗に俺は身を捩る。そのせいで光った体を――人間の女を象っている――なでさすって、爺は臨終間近の顔をニタつかせる。
いいさ。
てめえが死ぬときは俺がそっちに倒れ込んでやる。血塗れになるのも悪くないだろうさ。何せ俺は、決して、本当にマジで、純粋なんかじゃないんだからな。
「変わる」、
「さまざまである」、
「~を変える」。