82.aim
「だりぃ……」
空っぽの胃がしくしくと痛み、僕はその場に座り込んだ。こんな田舎じゃ夜中まで営業してる店なんかないし、そもそも財布の中身はわずかな小銭ばかり。現実的に考えれば、こんな無計画な逃亡が成功するはずはなかった。
――家出なんかするんじゃなかったかな……
ふと弱気がよぎり、慌てて頭を振る。そうじゃない。決意したじゃないか、今度こそ逃げるんだって。あの狭苦しい家から、息苦しい母親から。
母の口癖は、「東大エリート」だ。僕が物心つくかつかないかの頃から、ことあるごとにそのフレーズを繰り返した。
小学校に入る前から、勉強に関係ない遊びをした覚えがない。なぞなぞは数学の公式で、読まされる本は古典の名作やら近代の文豪。アニメを見るなら「まんが日本の歴史」だ。
それでも僕の頭はさほど良くはならなかった。きっと生来の馬鹿なんだろう。母親に似て。
そんな体たらくだから、僕が勉強をサボるようになったのは必然だった。全力でやった結果に傷つくのはウンザリだった。でもそれ以上に、母親に傷つけられるのも嫌だったから、目の届く範囲では真面目に振る舞った。僕は頭は悪かったが、母親の慈悲を引き出すコツは学び尽くしていたので、無難に良さ目の点数を取り続けていた。
だが、そういう僕の小賢しいマネが今日、とうとうバレてしまったのだ。後は僕の想像通り。激怒した母がヒステリックに喚き、凄まじい勢いで襲いかかってきて、僕はその場から逃げ出したというわけだ。
僕は臆病者で考え無しで子供だろうか? なら、そう育てた母が悪いのだ。あの女と来たら、スパルタ式なんてもんじゃない。
馬鹿の癖にエリート志向で、世間体ばかり気にして、神経質で、勉強勉強と一日百回も言って、無慈悲で、勝手で、想像力がなくて、頭が固くて、八方美人で、短気で、……とにかく、狂気じみている。
「……ことぉ…まこと、どこなのぉー…」
あの女の声が近づいてきて、僕は自分の足を奮い立たせた。子供のことなんか分かっちゃいない癖に、嗅覚だけは人並み以上だ。勉強狂いのケダモノめ、と腹の中で罵り、一目散に駆け出す。
仮にも親に、こんな言葉を向ける自分が嫌になる。そうしてまた、その原因を母の教育に探そうとする自分がいて、負の連鎖に板挟みになって、心がねじ切れそうになる。僕はただ、色んな束縛から自由になりたいだけなのに。
後ろから足音が追ってくる。僕はひた走る。ここが無人の荒野なら喚き散らしたい所だ。纏わりつくものを振り払うように、めちゃくちゃに手足を振った。
「待って! 待ちなさい、まこと!」
誰が待つか。僕はまだ死にたくない。
足の速い母が、腕を振り上げて追ってくる。その手に握られた包丁の気配が、僕の背中を泡立てた。
誰か教えてくれ。狂ってるのは、何だ?
(-at A)「Aをねらう」、
「Aをめざす」、
(-A at B)「AをBに向ける」。