81.estimate
ある金持ちの屋敷では、夜中になると地下で彼のコレクションが騒ぎ出す。
「あ〜…あ、今日も疲れたぁ。コキコキするう」
「ぷはぁ。黙って気取ってるのも楽じゃありませんね」
「今何時?」
「大丈夫だよ、上の奴らはみんな寝てる」
主人の目が届かない時間、それらは思い思いに羽を伸ばすのだ。何しろ、昼間は美しげな顔をして、主人や客や召使いのいいように大人しく振る舞わなければならないのだから、肩も凝るというものだった。
「そういえば、今日は新入りがいるんじゃなかった?」
ふと、誰かが言い出した。皆が興味津々に探しだすと、入り口の方から控え目な声がした。
「わ、私です……」
見ると、小さく縮こまったのが確かにいる。コレクションのひとりが呆れて言った。
「随分控えめなんだねえ。あんた、生まれてどのくらいなの?」
「は、はあ…確か、推定で千八百とか…」
「へええ!」
皆が一斉に声を上げた。
「随分古いんだ。じゃうちで二番目の古株かな? ご主人のお気に入り決定だね」
「あの方は骨董がお好きですからねえ。けどあなた、まだ綺麗にして貰っていないんですか? 何だか触ったら崩れそう」
「え、ええ、そうなんです……今日こっちにきたばかりで、まだ専門の人がいないとかで」
「ふうん」
コレクションたちは新入りを囲んで、時間を忘れてお喋りした。
時が過ぎ、やがて夜明け前になると、廊下を近づいてくる足音が聞こえる。
「しっ! 召使いだ、早く元の場所に」
誰かが言うと、皆素早く自分の展示台の上ですまし返る。すぐに召使いが入ってきて、部屋をぐるりと見渡し、それから端から順に見回りだした。時折立ち止まっては、コレクションを眺めて陰気な笑顔を浮かべたりする。
(ちっ、気持ち悪い。自分のものにならないからって変な目で見ないでよね)
微動だにしないまま、コレクションたちは内心悪態を吐いた。
午後になると、主人が客を連れてやって来る。
――ほほう、見事なものですな
――いやいや、これだけ集めるには苦労しましたよ。発掘や運搬の段階で駄目になったのも多くてね
――復元の方もご自身で?
――ええ、これでも遺伝学と芸術学は一通り修めましたからね。実際の作業は業者ですが……どうです、この一体など。私のお気に入りでね、ポンペイの遺跡から出たんだが……
――ほう、美しい。現世の女など比べ物になりませんな。しかし、なぜわざわざ死体からお作りに? 貴公なら世界中の美女を妻にも出来ましょうに、独身でいらっしゃるし
――いや、やはり仰るように現実の女は詰まらなくてね。まあこれは、私の趣味というか、性癖というか……考古学的価値のある肉体を愛で、陵辱するというのが、なんとも破戒的でね。好きなんですよ。古ければ古いほどいい
――ははは。良い趣味をお持ちですな
――ふふ、貴殿程では
――おや、こちらのミイラは?
――ああそれは、昨日着いたばかりでしてね。復元前です。このままでは私には価値がないんでね……どうですか、一体触ってみては
――宜しいので?
――ええ、どうぞ
――では……ほう……これは……
「あン」
一体のコレクションを吟味する客を、新入りは怯えた目で伺っていた。そして、先ほど言われた言葉の意味を考える。
(私には価値がない……ミイラだから? 綺麗になったら価値がある? でも、私は古くないのに。千八百年なんてウソよ、裏山に埋まってただけだもの。私、何だったのかしら……頭が痛い。ご主人は何を……?)
そして夜中になると、コレクションたちは騒ぎ出す。
「疲れたー」
「ね、ね、あのお客どうだった?」
「なかなか上手な方でしたよ。ご主人顔負け」
「うっそぉ」
皆が笑い合う中、一体が、黙りこくっている新入りに話しかけた。
「ねえ、落ち込まないで。ご主人、今日は良くあなたの方見てたし。きっとすぐ綺麗にして貰えるわよ」
「……そう、でしょうか」
新入りは縮こまって不安げに呟いた。
「なんだか私は、して貰えない気がします」
落ち込んだ様子の新入りを、何体かがのぞき込んで慰めた。
「大丈夫だよ」
「あの方にも都合があるのでしょう」
「焦っちゃ駄目!」
「ね、気長に待とう」
『……殺シテヤル』
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
新入りの小さな声に、皆が一瞬言葉を失った。当の新入りは、はっと顔を上げ、一番驚いた目をする。
「私、何か……?」
焦って口元まで持ち上げた左手の、薬指に金色の指輪が光っていた。
「~を推定する」、
「~を評価する」。