80.suit
「ねえ、どう? 似合う?」
「あー、似合う似合う」
「……ちょっと、こっち見なさいよ。どこがどう似合うとか、ちゃんと言ってってば。コーディネートに口出ししてくれてもいいからっていつも言ってるでしょ」
マネキンのようにピシッとポーズを取ってみせる彼女に、俺は溜息を吐いた。彼女ときたら、一時が万事この調子だ。同じ部屋に住み始めた時も、カーテンと壁紙のバランスがどうの、家具がどうのと散々拘り倒したせいで落ち着くのに一週間も掛かった。何せカップ一つ、ネクタイピン一本に到るまで部屋や自分や俺とバランスが取れていないと気が済まないのだ。
自分の好きなようにすればいい、と言ったこともあったが、「客観的な目がないと駄目なの」とえらい剣幕で力説されたので、以降諦めた。
「ほら、レギンスのラインとカーディガンの…が…で、何とかの何とかが…」
全く面倒だ。こういう時は適当に部分的に褒めるとうまく収まる。これでも付き合いは長いから、コツは掴めているのだ。
「そうだな……」
と、適当に喋ろうとして、ふとやめる。
思い付いたことがあった。
「……うん。大体いいと思うけど、インナーは微妙かな……バッグと合ってないし、仕事に行くならもっと淡い色でもいいと思うよ」
案の定、彼女は目を丸くした。
「なんか……珍しいわね、そんなアドバイスくれるなんて」
言いながら隣の部屋に引っ込む。衣装箪笥を引っ掻き回しているらしい。俺はゆっくりと彼女を待った。
やがて再び現れた彼女は、やや緊張の面持ちで、目の前に立った。
「ど、どう? 今度は大丈夫?」
俺のアドバイス通りの服装。得たりとばかりに俺は言った。
「うん、完璧!」
彼女は、人一倍人目を気にする質だ。そして世間の代表として、俺の目を信頼している。こちらの指摘は素直に受け入れるということだ。現に彼女は何の疑問も持たず、全体のバランスが崩れてしまった服装を喜んでいる。
――なんだ、こんな可愛い子だったんだ。
俺は、彼女と俺自身の新たな一面を発見した気分だった。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
素肌にエプロンを纏って、妻が笑う。艶やかな、それでいて素直で朗らかな笑顔を見ていると、よしよしと頭を撫でてやりたくなる。
「夕方には帰るよ」
「あ、待って」
振り向くと、妻がエプロンの裾を摘んで上目遣いに俺を見ていた。
「これ……似合ってる?」
俺は吟味するフリをしてから、にこりとしてやる。
「うん、配色もいいしスタイルとのバランスが取れてる。今日も素敵だよ」
満面の笑みを浮かべた妻に送り出され、駅へと向かった。
「~に合う」、
「~に適する」、
「~に似合う」。