73.acquire
クラス一の美女、氏子が言った。
「あんたが私と? 嫌よ、小六男子なんて。私の彼氏ならせめて高校生じゃなきゃ」
晴隆は衝撃を受けた。
(き…君だって同級生じゃないかぁぁ〜〜ッ)
勿論、口に出せるはずもなかったが。
「そんなわけで、俺は修行をする」
「は?」
「高校生より強くならなければならないからだ」
十年来の友人、章は心底呆れ顔をした。大きな溜息を吐き、
「…悪いこと言わねえ。やめとけ」
「なんでだ?」
「あれは間違いなく悪女だからさ。お前、立ち直れなくなるぜ」
「ふーん…」
晴隆の目は挑発的だった。
「なら、それで構わないさ。見てろよ。きっとデカくなってみせる!」
晴隆の修行は過酷だった。毎食後と入浴後、就寝前にも500mlの牛乳を飲み、登下校時には十人分のランドセルいっぱいにそのビンを詰めて背負う。常に両手足に磁石という名の重しをつけて行動し、休日には街に出て、路上やゲーセンで高校生たちの能力値を観察した。
過酷な日々に、晴隆の体は傷つきながらも確実に逞しくなっていった。ストイックさすら漂うその瞳に、心を奪われた女子も少なくはない。
だが、ただ一人。学校のアイドル・氏子だけは、晴隆の努力を歯牙にもかけていなかった。
ある時、無理が祟って保健室に運ばれた晴隆の前に現れ、彼女は言ったのだ。
「無駄な努力ご苦労様」
途端、付き添いに来ていた友人・章が血相を変えて立ち上がった。
「氏子、貴様っ…」
「いいんだ!…さっさと行ってくれ、氏子。こいつが怒ると何をするかわからんぜ」
「フン…! 全く下品なガキね。言われなくても出て行くわよ。……このバカ」
保健室の扉がピシャリと閉じる。足音が遠ざかると、章は浮かせていた腰を再び椅子に下ろした。
「くそっ、あの女!」
「落ち着けよ」
「…お前、悔しくねえのかよ! 振り回されて、ボロクソ言われて、挙げ句この様だぜ。なんでここまでする? やめちまえよ。あんな女、こっちから捨てちまえ。…落ちやしねえ、高校生好きの女なんか」
言い切って晴隆を睨みつけてから、章は意外そうに顎を上げた。いつもなら強気に反論してくるだろう男が、黙りこくっていたからだ。
「晴隆…」
「…そうさ。俺だって本当は自信がない。…子供だもんな、どんなに鍛えてみたって、高校生にはなれないさ。けど」
厚い掌を、ぐっと握り締めた。
「俺は諦めない。後悔したくないからな…!」
小さな驚きを浮かべていた章が、悟ったように微笑した。
「フ…お前らしいな。いいだろう。その思い、俺が届かせてやる!」
その日から、二人は寝る間も惜しんで修行に励んだ。大自然の中に身を起き、全力で拳を闘わせた。荒れ狂う海での特訓はまさに、東○のオープニングのごとく岩場に打ち寄せ砕け散る波頭とのぶつかり合いであった。
「どうした、お前の思いはそんなものか!」
「なんの……まだまだァァ」
飛び散る汗。
躍動する肉体。
眩く儚い青春の輝き。
木陰から見守る大和撫子。
そして――とうとう、その日はやってきたのである。
SE:ザッ…
「我が校よ…私は帰ってきた」
圧倒的肉体。そして内に秘めたる秘め切れていない闘志。ランドセルの背負い帯は弾け飛び、幾千の戦跡が刻まれたその体はもはや小学生のそれではない。
「晴隆よ…よくやった。俺は友として、お前を誇りに思うぞ」
「…礼を言う」
「何、当然のことをしたまで。さあ、行ってこい。お前の戦場へ!」
無精髭の下で、厚い唇が微笑む。
美しい肉体を夕日が照らし、彫像の如きシルエットを作り出した。校舎からは終礼の鐘が鳴り響き、玄関を割って幾つもの若々しい影が踊り出す。
その中に、一際洗練された色を放つ者。彼女の姿を、晴隆は瞬時に見分けた。
「久しかったぞ…氏子」
女は立ちはだかる影を見上げ、目を細めた。
「ま、…まさか…」
「私だよ。はるた、」
「先生ぇえええっ! 不審者です、警察呼んで下さああぁい!」
その叫び声は、とても冷静で。それ故に酷く、残酷だった。女子高の制服を優雅に翻し颯爽と脇をすり抜けた氏子を、晴隆も、そして章も、止めることは出来なかった。
地響きを立てて、膝が落ちる。
「そんな…遅すぎたのか…」
(……)
「……」
(……)
「……今、ちょっとルパンの気持ちわかった」
(……正直、このオチ見えてたっぽくね……?)
長い影を延ばし、軽い足取りで校門を跨いで、彼女は少し振り向いた。教師たちに取り押さえられる巨漢たちを見て、ちろりと舌を出す。
「ごめんね? 私、五歳上じゃないと受け付けないの~」
「~を習得する」、
「~を獲得する」。




