71.indicate
母が死んだらしい。家で葬式が行われた。
だが私は信じていない。大掛かりでベタな仕掛けが好きな母だ、おそらくこれも悪戯に違いない。私は葬式の間中、至る所に目を光らせた。
メッセージはすぐに見つかった。遺書の暗号、親戚に渡されたハンカチ、遺影の裏に落ちていた指貫。おそらく脱出ゲーム等に見られる盥回し型の仕掛けだ。
母の設問は全くベタだった。ひとつのヒントから次のヒントへ数珠繋ぎになっている問題は、どうやら会心の一品らしく母の手口を熟知する私をして手を焼かしめたが、それでも解けなくはない。が、如何せん何重にも張り巡らされた問いは、一朝一夕には解決できそうになかった。
予想では、最終問題の回答が母自身に繋がっているはずだ。身を隠した理由は、第二の人生とか私の自立とか魔族の后とかそんなところだろう。ともかく母は、お気楽で嘘つきで自分勝手なのだ。行動力だけは人一倍あって、男にも負けない剛胆な人だったが……。
二年が過ぎた。
最終問題には未だ辿り着けない。だが、ゲームのルールだけは破らないのが母だ。私は解き続けた。
しかしこの頃になると、別方向のベタも疑わしくなっていた。即ち、母は既に死んでいて、私を試し、私だけに真実を伝えるためにこの方法を採っている、という筋書きだ。
とうとう最終問題を解いたとき、胸が痛いほど絞り上げられた。嫌な予感がしたのだ。見たくない、答え合わせをしたくない、と。
だが、こんなに長いこと追ってきたのだ。
(……ええい!)
踏ん切りをつけ、示された場所へ、私は足を踏み入れた。
そこは、教会の墓地だった。母の墓がある筈の場所ではなく、遠く離れた地の、小さな墓地だ。
(……ベタすぎるよ、本当に)
私は墓地の入り口で 立ち止まっていた。もういい。母の用意した結末は、もう見えてしまっている。この中に恐らく小さな墓石があり、そこに私へのメッセージ――本当の最期の問題が刻まれているのだろう。
見たくなかった。だが、見なくてはならない。
すぐに見つかった墓石の前にしゃがみこみ、埃を払う。そうする間にも涙がこぼれそうになった。
(馬鹿。馬鹿じゃないか)
元はと言えば、私が幼い頃に母になぞなぞをせがんだのが悪かったのかも知れないけれど。それにしたって。
(……)
墓石の文字が露わになった。
『最愛の我が子へ。あなたの後ろを見よ』
嗚咽しながら、私は俯いていた。これが、本当に最後だ。振り向けば終わってしまう。私と母の二十年間のゲームが、全て。
座り込んだまま、私は長い間動けなかった。
と、その時、突然背後から声がした。
「なんだ、後ろ見ないの?」
反射的に振り向いた。母の喋り方、母の目、母の愛用する眼鏡。だが、そこにいたのは――
「お……とう、さん?」
「いやいやいや」
中年ダンディが、顔の前で手を振る。
「まあお父さんだけどね、今は。ホラなんとなく分かるでしょ。あんたの元お母さんでーす」
頭が真っ白になった。これまでの出来事が、走馬灯のように記憶の裏側を駆け巡る。
葬式。
捨てられた指貫。
二年間の失踪。
消えた口座預金。
「まさか……」
馬鹿な。しかし、だとしたら、余りに――ベタすぎる。
「……『女』の『お母さん』は死んだ、ってこと?」
「ご名答!」
へなへなと崩れた私に、「父」はコングラッチュレーションとばかりに親指を立てて見せたのだった。
「~を指し示す」、
「~を表す(=show)」。