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63.admit

 近所のコンビニでバイトを初めてから一ヶ月になるが、このところ妙な事が起きている。

「店長…またですよ」

「またァ? 近藤君、ちゃんと客見てるの? 最近よく来る女とか、いないの」

「いや、そんな筈は」

 かぶりを振ると、店長は低く唸った。

 事と言うのは、客の使うトイレでの迷惑行為だ。ここ一週間ほど、客のいない時に掃除に行くと、必ずと言っていいほど便器の中が真っ赤になっているのだ。最初は、客の誰かが痔か月のモノの最中なんだろう、と思っていつも通りに掃除した。が、俺が確認できる限り誰もトイレを借りていない時でさえ、便器は必ず汚れているのだ。それが一週間、毎日…。腹に据えかねてレジか監視カメラに張り付いて見たが、駄目だった。何人かトイレに行く客はいるが、固定の犯人の特定には至らない。

 だが、特定できたとしてどうしようと言うのか。コンビニで出禁などは難しいし、通報も避けたい。第一まだ、偶然である可能性は捨てられないのだ。結局、犯人が飽きるのを待つしかなかった。

 店長と俺は、揃って溜息を吐いた。

 が、数日後。

 事件が起こった。

 若い男が入っていったトイレを、さりげなく気に掛けているときだ。凄まじい叫び声が、個室から響いてきた。

「…ど、どうしました!?」

 客達が固まる中トイレに駆け寄ると、ドアが跳ね開けられ、血塗れの男が転がり出てきた。見ると、臀部に深々と刃物のようなものが突き立っている。

「え…」

 男は青ざめ、ふらふらと俺の方に倒れ込んだ。

「てっ店長、救急車! 救急車呼んで下さい、早く!」

 連絡の後、俺は男を大騒ぎの店内から裏口の方に運んだ。横になった男は、息も絶え絶えにこう呟いた。

「便…器…」

「べんき…? 便器がどうしたんですか、何があったんですか」

 気がつくと、相手の重傷ぶりも構わず、俺は男を問いつめていた。

 どうやら男は、真っ赤だった便器の水を気に掛けず、そのまま用を足そうとしたらしい。が、座った途端、何故か尻を刺されていた――。

 救急隊員が駆けつけたときには、男は意識を失っていた。その後事件は新聞の片隅に載り、コンビニは客足不調と責任問題で閉店。結局訳が分からないまま、俺は次のバイトを探す羽目になった。

 あの便器の血は、もしかしたら水回りの故障で逆流してきていたのかも知れない。男の尻を刺したのは、刃物ではなく便器のパーツで…

「…って、な訳あるかよ」

 血はともかく、俺が見た刃物は確かに、柄がついた銀色の歴としたナイフだった。個室で、誰も近づいた様子がなく、これといって侵入の形跡もない。そんな場所で起こった事件だ。何らかの怪異の存在を認めざるを得ない。男の自傷の可能性も考えたが、ケツにナイフぶっ刺して「便器にやられました」なんて、いくらなんでもこんな滅茶苦茶な行動はない。

 俺は、新しいバイトを続けながら、便器や個室の構造について調べ始めた。どうやら俺が働いていた店のようなタイプのトイレには、漫画の主人公でもなければ完璧な侵入は難しいらしい。

 次に、俺はコンビニバイトの経験がある友人から情報集めを始めた。すると意外なことに、同じような迷惑行為があちこちで起きていることが分かったのだ。

「困るんだよ、コンビニの客とか注意されにくいだろ。いつやられてんのかわかんねーし、便器汚れてたら次の客が帰ったり苦情言ったりよ。え? それでも黙って用足してく客? いや、珍しいだろそんな奴。少なくとも先に流すって」

 不信がる友人に、絶対に汚れたままの便器に座らないよう言っておいて、更に調べを進めた。どうやら密室トイレから尻を刺された客が出る事件は、ほんの時たまではあるが起こっているらしい。

「やっぱ…確かめるしかないか…」

 奇妙な好奇心と義務感に突き動かされ、とうとう俺は自ら便器に赴くことにした。現在血の出る便器を持つ店の一つを選び、トイレを借りる。個室の鍵を掛け、便器の蓋を開けると、案の定、いかにも流し忘れた風の赤い水がたゆたっていた。

 俺は一気にGパンと下着を引き下ろし、便器に腰掛けた。嫌な臭いと気配に下半身から怖気が上る。下の水が、じゃぼっと音を立てた。

「!」

 その瞬間。

 尻の下から、カン、と鋭い金属音がした。下から、どうやら本当に飛び出したらしい刃物。だがその一瞬前に、俺が鞄に入れて持参した金属板が尻を守ったのだ。

「…フ。フフフ…残念だったな。俺は知ってるんだよ…ただ無防備に、汚い便器に座るわけがない…!」

 俺は勝利の笑みを浮かべ、勢い良く体を翻した。

「さあ、見せて貰おうか、貴様の正体を! 花子さんでも太郎君でも構わな…」

『うふふ』

 陶器の便座に、ナイフが落ちて跳ね返った。それを離したのは、白い、細指だ。手首からやがて肘、二の腕、肩……そしてずるりと、女の頭が姿を表した。

『待ってた。あなたを待ってたのよ。ずっと』

「何っ…」

『入れてあげる。さあ、おいで』

 白い腕は俺の頭を抱え込むと、凄まじい力で便器へと引き寄せた。白い便座、赤い水溜まり、そして真っ暗な穴。

「や…やめっ…」

『ふふ。うふふ』

「やっ、あ…アッーーー―」

 そして、個室には誰もいなくなった。



(自分に不利、不快なこと)「~を認める」、

「~の入場(入学)を許可する」。



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