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62.approach

 兆候が現れたのは、茂が小学生になってしばらくした頃だった。最初は新しい環境が楽しいのか嬉々として通っていたのが、次第に憂鬱そうな顔をするようになったのだ。

「授業がつまらない」

と言う。懸念が当たってしまった、と私は思った。英才教育を施しすぎたのだ。読み書きや計算、歴史、言語教育。スポンジのように知識を吸収する茂が、天才児に見えた。この子はとんでもない大物になるのではないか――だから、茂の言葉を聞いたときは後悔した。どうして私立の優秀な学校に入れてやれなかったのかと。だが、今更学校に掛け合って特別扱いをしてもらうことも出来ない。イジメだのモンスターピアレンツだの、真っ平ごめんだ。

 考えた末、茂にはこう伝えた。

「授業内容だけが勉強ではない。様々な人と触れ合って、相手を理解し、自分のあり方を考えるのも大切だ」

 茂はきょとんとしていたが、どうやら彼なりにそれを解釈し、実行し始めたようだった。小学校中学年になった頃には、校内の人気者になれたようだった。

「お母さん、人間って面白いね」

 この頃から、茂は社会学や心理学に関わる本を読み漁るようになった。一日十冊は軽く読んでしまう茂だから、他にも歴史学、数学、応用物理学などにも手を出して、もうアメリカに飛んだ方がいいんじゃないか、などと私は考え始める始末だった。

 が、わが家にはそんな余裕はなかったのだ。それでも幸い、茂は自ら成長してくれていたから、将来には充分な期待が出来た。もしかしたら何か、いわば真理に到達できるような人間になれるんじゃないか。そう思えた。

 中学生になった茂は、私の目から見ればほとんど完璧だった。頭が良く、運動が出来、話術に優れ、人の心を掴む。これが中学生か、と思うほどだった。

 だからだろうか。時々、ぞっとする瞬間があった。この子は私の息子なのか、と。

 今思えば、茂は完璧などではなかったのかも知れない。なぜなら、中学生を「演じている」ことが私にだけはバレていたのだから。私には、子供らしさを演出する顔の奥に覗く、成熟を通り越してなにやら得体の知れないもの――遠くて触れられない何かが、見えた。見えるだけだった。その、茂の「本質」をどう扱って良いものか、私には分からなかった。

 だからだろうか、あの夜、ふと後ろに立っただけの茂に、言い知れぬ恐怖を感じて――気がつけば、茂は死人のようになってそこに横たわっていた。

 恐らく茂は、私のその行為をも、解釈し、理解したのだろう。茂の感情はなんと言っただろうか。私を憎んだろうか。それとも、案外……。いずれにせよ、今では知りようがない。入院後、目を覚ました彼は記憶を失っていたという。なのに、医療費はしっかり全額払って、医者の心配をよそに退院した、と。それから先は消息不明だそうだ。

 私は安心した。

 もう彼と出会うことはないだろう。会ってもきっと、つまらなそうに一瞥されて終わりだ。

 私では遠すぎた。遠ざけてしまった。今はただ、彼が自由に生きてゆけることを願っている。あの怪物をさらけ出し、ありのままに。

 鉄格子の向こうに、青空が見えた。



「~に接近する」、

「~に取り組む」、

「方法」、

「取り組み方」、

「接近」。



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