57.draw
ある星に、才能を引き出す生物がいた。
この生物はちょうど臍の辺りに紐のようなものを持っていて、それを引っこ抜くことで、文字通り才能が引き出されるという生物だった。紐のしくみはよく分かっていないが、個体の特性を制御しているか、あるいは引き出すことで何らかの刺激物質が分泌されるのではないかと考えられている。紐を引き抜くのは並大抵の作業ではなく、ひどい痛みを伴うし、体の中に固く食い込んでいる。そのため、才能を引き出すことは、体力・精神力とも一人前になったという証拠と見なされていた。
さて、この生物の住む街の一角に、一人の少年がいた。少年といってもとっくに成人しているべき年齢だったのだが、まだ才能を引き出せていないため、大人と見なされていないのである。
「ああ、僕みたいな落ちこぼれはどこにもいない。いっそ死んでしまいたい」
そんなふうに悩みながら、少年は毎日を漫然と過ごしていた。
時々は才能を引っ張ってもみるのだが、あまりの痛みと、微動だにしない紐の付け根に嫌になって、いつも途中でやめてしまう。痛みをくぐり抜けて大人になった周りの連中が堂々としているのを見ると、憧れと憎悪で気が狂いそうになった。
知り合いの中には少年に親身になってくれる者もいて、
「このままじゃ駄目だ。痛いのは一瞬だから頑張れ」
だとか
「開き直って自棄になったらおしまいだ。悩みがある内に決断しろ」
だとか忠告したが、少年のほうではすっかり劣等感に塗り込められていて、励まされるとますます内に籠もるのだった。
ある夜、少年が人目を避けるように街をふらついていた時だった。
「おい兄ちゃん、ちょっと顔貸せや」
柄の悪い男たちに囲まれ、路地裏に連れ込まれた。少年が恐怖に縮こまっていると、金を出せと言う。
「ありません」
男たちは不機嫌な顔を更に歪ませた。そして、ひとりの「脱がせて調べちまえ」という言葉で、少年の服を強引に引き剥がした。
すると、男たちは突然笑い出した。
「見ろよこいつ、腹になんかついてるぜ」
「まだとれてねえのかよ。お子ちゃまだな、俺なんか五歳で抜いたんだぜ」
「お前の才能って恐喝だろ」
「うるせーな」
笑いながら、男たちはやがてこう言い出した。
「俺らが抜くの手伝ってやろう」
それを聞くと、少年は必死にかぶりを振り、腹を庇った。本来、本人でなければ無事には抜けないものだ。が、男たちは有無を言わさず少年を蹴り転がすと、腹を踏んで体重をかけ、紐を引っ張り始める。
少年は激痛に泣き叫んだ。ひとりの男が、少年の口にシャツの切れ端を突っ込んだ。紐を引く力は緩められることはなく、痛みのあまり涙を流して暴れたが、力でかなう筈もない。男たちは少年の狂態を見下ろしてげらげらと笑った。
気が遠くなりかけた時、ぶつん、と妙な音がした。瞬間、視界の端に宙に舞う紐が映り、体の中心を衝撃が貫き、少年は詰め込まれた布の間から有らん限りの金切り声を絞り出していた。
耳鳴りがする。
笑い声が遠ざかる。
ぼやけた景色の中、男たちの誰かのシャツからはみ出た、紐状のものを見る。
少年は、しばらくぐったりと横たわっていた。腹が熱を持っている。全身が激しく脈打っている。途端、訳も分からず少年は立ち上がった。腹から流れる血を掌いっぱいに受け止め、そのまま壁に叩きつける。何回も何回も、繰り返し、壁いっぱいに血を塗りたくっている。
やがて息があがり、足元がふらつき、腹を探っても血が流れなくなると、少年はぺたりとその場に座り込んだ。壁を見上げ、微笑む。
「これかあ…なんか…しょうもないや」
そして、枯れ木のようにゆっくりと倒れ込む。意識を失い目を閉じた表情は、とても嬉しそうに見えた。
翌朝、赤黒い巨大な絵画作品の前で、彼は発見された。病院に担ぎ込まれ、一命を取り留めた彼は、後に絵筆片手にこう語ったという。
「いや、あれが産みの苦しみって奴だよね(笑)」
「~を引っぱる」、
「~を引き出す」、
「~を描く」。