54.apply
「柔らかな頬、透き通る髪、細く美しい声。それからこの靴が履ける足」
これが、青年が出した条件だった。
女達はたちまち、髪を染めボイストレーニングをして、青年の元へ押し寄せた。我先にとプロポーズする女達を、しかし青年は軽くあしらい、次から次へと追い返した。肌が荒れている。髪色が違う。靴が入らない。理由は幾らでもあった。証拠写真を取られた女達は、舌打ちしながらすごすごと引き返した。一世一代の玉の輿を逃した、と。
アプローチしてくる女の列は引きも切らなかったが、その勢いも、幾月がすると下火になった。というのは噂で、青年は結婚する気などなく、ただ女達をからかっているのだ、と囁かれ始めたからだ。日一日と青年への訪問と連絡が減って行くなか、ひとりの審査役が、ある事に気付いた。
列の中に、何度も訪問を繰り返す女がいる。写真チェックをしているためリピーターが混ざるはずはないのだが、確かに同一人物だった。まさかと思い指紋鑑定もしたため間違いはない。ただ、その都度容姿が激変していたため、気付かなかったのである。要するに痩せ、肌が若返っていく。次第にではなく、劇的に美しくなっていっている。
詐欺ではなかった。何故なら彼女は、常に同じ姓名を名乗っていたからだ。あまりの変化ぶりと、訪問者の多さが災いした。
審査役はすぐさま追い返そうとしたが、青年がそれを押し止めた。
「面白いじゃないか。審査しよう」
女は輝く面を毅然と上げ、靴を試した。が、入らない。女の足はモデル顔負けだったが、それでもその靴には窮屈だった。
艶のある溜息を吐き、去ろうとする女の背に、青年は声を掛けた。
「そこまで変わるのは辛かったろう。そんなにまでして、僕と結婚したいのかい」
女は振り向いた。
「あなたに愛されるためなら」
燃え上がるような、澄んだ瞳だった。青年は少し面食らったような顔を見せ、それから、何とも言えない笑みを浮かべた。
それから一月が経った。例の女は、どういう訳かさっぱり顔を見せなくなっていた。
今では青年を訪ねる女も、一日に十人程だ。審査役は、退屈げに大きな欠伸をした。と、玄関の方からやってくる女の影が見え、慌てて居住まいを正す。
「いらっしゃいませ」
挨拶をし、瞥見して、審査役はぎょっとした。陶器のように青白い肌、触れれば落ちそうな繊細な髪。幽鬼のような凄惨な美しさを湛えた女が、針の山を歩くようによろめきながら、ふらふらと近づいてくるのだ。
審査役はすぐに青年を呼び、女に会わせた。青年も驚いたらしく、無言で女を見つめている。長い沈黙が流れ、その間、二人はただ黙って見つめ合った。
やがて青年は、おもむろに屈み込むと、女の足下に靴を差し出した。女は、どうやら片足立ちが出来ないらしく、近くの椅子に腰掛けて裸足を高く上げる。
その足の裏には、五本の指がきつく曲げられ、折り畳まれていた。
女は痛みを堪えるように唇を噛みながら、差し出された靴に足を通す。細いというより痩せこけた足は、ロングブーツの中にすっぽりと収まった。もう片方も通すと、まるで人形に履かせたように、白い肌によく映える。
「見事だ」
青年が呟き、間を置いて、
「…ありがとう」
と言った。
「君みたいな女性に会えたのは…これで二度目だ。初めての人は、もうこの世にいない。…君。僕の側に、ずっと居てくれるね?」
女は白い顔を綻ばせ、そっと頷いた。
「そう…よかった」
青年も応えて微笑み、ブーツに手を伸ばす。そしてその横紐を、思い切り引き上げた。
がしゃん、と妙な音がする。一瞬惚けていた女が、直後、弱々しい金切り声を上げた。ブーツの隙間から金具が覗き、その間から、みるみる赤い血が流れ出す。
「会いたかった…本当に、君に会いたかったよ」
青年は、愛しげに笑っている。
「あてはまる」、
「~を当てはめる」、
「~を応用する」、
「申し込む」。