50.refar
俺の彼女は理屈屋だ。彼女みたいな美人と俺が付き合えるのも、男どもがその性格故に彼女を敬遠していたからだろう。何しろ彼女と来たら、付き合うことを「相互に暗黙の条件付けをする契約関係」、デートに遅れて言い訳すると、「遅延の原因解決よりも遅延により生じる損害への考察が現時点では優先されるべき」とこうなのだ。
最初の内は勿論戸惑い、腹も立てた。堅物の、扱いにくい、鉄面皮女だと思った。同じ日本人なのに、言葉の壁に阻まれて本心が分からなかったのだ。
ところが長く付き合う内に、理屈っぽさは誠実さ、淡々とした饒舌はある種の照れ隠しではないかと思うようになった。事実そうだったのだし、その頃には俺も、彼女に合わせて理論的に順序だてて話すことが苦でなくなっていた。今ではすっかり慣れて、半ば言葉遊びのように彼女との会話を楽しんでいる。話せば話すほど、理論武装した彼女の内面が見えて来るようで面白いし、何より愛しさが増していくようだった。
ある日、俺は思い切って彼女に提案した。
「あのさ…俺たち二人の契約関係に法的規制を加えて、公文書化したいと思うんだけど。…どうかな。問題点や手続きの詳細については、こちらの文書を参照してくれたらいい。その上で、意見を聞かせてくれ」
言いながら、思わず姿勢が畏まった。何のことはない、俺も遠回しで理屈っぽい言い回しの方が楽だったのだ。結婚してくれないか。その一言があまりに照れくさかった。
が、ひとつだけ。これだけ理屈抜きで言いたいことがある。
「幸せになりたいんだ。お前と二人で」
彼女は、いつも端正で崩れない面を少し俯けた。
「…その、問題への言及を、私は長期間…っ」
耳まで真っ赤になっていた。
(-to A)「Aを指示する」、
「Aに言及する」、
「Aを参照する」。