5.decide
「まあやっぱね…夢見がちな時代ってやつだよね」
遥はそう言って肩を竦めた。友人の今日子が、全くだ、といった風に頷く。
「あるある。夢見がちってか、何だろ…厨二病みたいな?」
「そう! なんかねー、自分には出来る、みたいな妄想しちゃうんだよね」
「昔の作文とか見たら、恥ずかしいんだこれが」
「それそれ」
高校三年生の夏休み。卒業生の九割が進学するだろうという「普通」の学校で、彼女らは受験期の真っ只中にいた。
「結局さ、語るばっかで実際の努力とかしてなかったもん」
「何の?」
「…あの…声優…」
目を逸らす遥を、今日子は意地悪げに覗き込んだ。
「…わ、わかってます!恥ずかしかったっ」
「そんなことないよ〜。夢あるじゃん」
「だからあ、昔の話だって!実際そうなれる一握りには、私は入ってないわけで」
「やってみもしないで言っちゃう?そゆこと」
「だってさ」
歩調を落として、遥は半ば冷めた、拗ねたような視線を送った。
「…ねぇ?」
今度は、今日子が目を逸らす番だった。
「まあ、ね」
二人並んで、とろとろと歩く。
「そんなさ、夢と希望に満ち溢れてたらさ。さもしい受験生なんてやってねっつの」
「ですよね…」
同時に嘆息して、立ち止まる。住宅街を横断するT字路にぶつかって、顔を見合わせた。
「じゃ」
「うん。まあお互い」
「ファイトね」
「中間テストっ!」
「言わないでえ〜」
馬鹿に明るい笑い声をぶつけ合って、二人はそれぞれ帰途についた。
別れた途端、憂鬱に足を引き摺られて、遥は肩を落とし俯く。胸の中にはただ重いだけの勉強が、泥のようにわだかまっていた。
何度目かの暗いため息を吐く。少し寄り道しよう、罪悪感に駆られながら脇道に足を向けた。
それが良くなかった。
近くにある大学の側を通りかかったときだ、
『あなた、いい加減にしなさいよ!』
耳元に大声を聞いて、遥は飛び上がった。つい立ち止まり、恐る恐る耳を澄ませると、どうやら芝居の練習らしい。
蔦の絡まったフェンス越しに、そっと覗き込んだ。
この暑い中、日差しに焼かれながら、大学生たちが汗を流している。きっとサークル活動だろう。遥は暫し、夢中になってその様子を眺めていた。
気が付くと大分日も傾き、練習も次の通しで終わるというところに差し掛かっていた。これだけ見て帰ろう、そう思った時だ。
「オイ、あれ」
学生の一人が遥に気付いた。しまったと思ったが、逃げる前に別の一人が近付いてきて、足が動かなくなる。
「高校生さん?演劇に興味あるの?…もしかして、ずっと見てた?よかったら近くで…」
汗塗れの顔で、にこやかに手招きする彼を見て遥は必死で硬直を解いた。
「あの、いえ、大丈夫です!すみませんでしたっ」
後は一目散に。振り返ることもなく、走って逃げた。
キャンパスが見えなくなってやっと、速度を緩める。腕時計を見ると、もう六時半を回っていた。
(随分時間無駄にしちゃった)
そう思って、ふいに、涙が零れる。
遥は演劇が好きだった。小さい頃から、文化祭などで舞台に関わることが多く、よく褒められた。友達の影響でアニメを見始めてからは、声優に憧れるようになった。
けれど、もう遅い。
何もせずにここまで来た。「現実的な判断」と、いつも機会を先送りにした。さっきもそうだ。自分は振り返らない、学生も追ってなど来ない。
ここまでだ。
臆病者止まりなのだ、所詮自分は。
だから、もう遅い。始めから駄目だったのかも知れない。どちらでも大して違わない。
(けど…本当に、キラキラしてたなぁ…)
空が美しい夕暮れに染まる中、一つ自嘲の笑みを浮かべ、遥は建物の陰に紛れ込んだ。
後――
遥はある決意を振り回し、大学を中退することになるのだが――それはまた、別のお話。
「~することを決意する」、
「~を決定する」、
「~と判断する」。




