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43.prove

「証明?簡単ですよ」

 彼女はそう言って、腕を伸ばした。

 

     *

 

 一人の男が、左腕骨折で入院していた。横断歩道で車にぶつけられたせいだ。車が悪いのではなく彼の信号無視がいけなかったのだが、といって無理に渡ろうとしたわけではなく、ぼんやり歩いていてうっかりしたのだった。

 そんな男は今、病院の屋上で手摺の外側に立ち、ビル風に煽られている。

「やめなさい、Hさん!早く戻りなさい、本当に死にますよ!」

「うるせえ!だから死ぬつってんだろ!」

 病院のスタッフや騒ぎを聞きつけた患者達に囲まれて、彼は半狂乱に喚き散らしていた。

 どうやら、容姿や境遇や人間関係に恵まれず、この先の人生に希望が持てない、だから死んだって構わない…ということらしい。

「やめるんだ、肉親が悲しむぞ!」

「いねえよ」

「君を愛している人が…」

「いねえ!」

「生きていれば君がまだ知らないこともたくさん」

「いらねえっ、そんなもん!」

 男も必死だが医師達も必死だった。なんとか言葉を尽くして翻意を促すのだが、男は頑として聞かない。

「お前ら、死ぬな死ぬなって、本当に思ってる奴一人もいねえだろ。俺のことはどうでもいいんだ。死のうって奴をほっとくと後味悪いもんなあ。だろ?『自分、いい人』って思いたいんだろ?入院して一週間の、ほとんど喋ってない俺をよ…俺自身をよ、この病院の誰が!この世の誰が気にするってんだよ!」

と、その時だ。群衆の中から、入院患者らしい、一人の女が歩み出した。

「私です」

 毅然として言う。

「私がいます。あなたに死んで欲しくないです」

「ほおー、理由は何だよ。証明してみろってんだよ」

 青ざめた頬に涙を流しながら、男は毒づいた。すると女は、群衆をちょっと振り返り、柔らかな微笑を浮かべてから、男に向かって歩き出した。

 皆がはらはらしながら見守る中、女は手摺のすぐ近くまで歩み寄った。そうして二言三言交わし、つと左手を伸ばすと、男の腕に巻かれたギブスをしっかりと掴む。

 説得できたのか――そう皆が思い、胸を撫で下ろした瞬間だった。

「うらぁぁぁあっ!」

 雄叫びを上げ、女が右腕を振りかぶった。思い切り勢いをつけた、絵に描いたようなテレフォンパンチ――が、足場が悪く自由を奪われた男が、それを避けられる筈もない。

「おげぇぇええっ!?」

 頬にクリーンヒット。男はバランスを崩し、足を踏み外した。

 落ちる。

 誰もがそう思い、目を覆った時、信じられないことが起きた。

 男の体が、宙に浮いたのだ。いや、正確には、女によって空中にぶら下がり、そのまま持ち上げられたのである。

「せいっ!」

 掛け声と共に、男は一回転して手摺のこちら側に戻り、床面に叩きつけられた。

 呆然、何が起こったのかわからず、群衆も男もポカンとしていると、女がつかつかと男に歩み寄り、一枚の紙切れを差し出した。六桁…否七桁の数字が記された借用証である。事態を飲み込めない男に、女は言った。

「あなたがウチの者から借りたお金です。これを回収できなくて、その人、親分さんから酷い目に遭わされたんですよ。だから私、同じことしてやろうかって思ったんですけど…」

 借用証が、音を立てて裂けた。二枚が四枚、四枚が八枚、見る間に粉々になる。

「やめました。あなた見てたら馬鹿馬鹿しいから。さっきの一発で許してあげます」

 さっと立ち上がり、尻餅をついたままの男ににっこりと笑いかけた。

 

「体に気をつけて下さいね。人生嘗めてんじゃねえぞ、糞餓鬼が」

 

 全員が目を瞬いた。

 再び目を丸くした時には、女は穏やかな笑顔に戻っている。そのまま、爽やかなること風の如く屋上から去っていってしまった。

 奇妙に静まりかえった中、男がぽつりと、

「……イイ……」

 呟いたという。

 

 

 その後、彼女を追いかけると聞かなかった男を取り押さえるのに、病院スタッフはひとしきり苦労した。なにせ振り回された左腕の骨折が随分悪化してしまっていたもので、彼はさらなる入院を余儀なくされたのである。

 二カ月してようやく退院した彼がどこに行ったか、誰も知らない。それとは別に、ある関東系ヤクザの愛娘のボディーガードが一人増えたことが、一部では少しだけ噂になったという。


 

「~だとわかる」、

「~を証明する」。

 


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