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ある所に、女嫌いで有名なスリが居た。知る者の間では銀さんと呼ばれ、恋人も女房も作らず腕一つで世を渡ってきたという奴で、七十近い年だったが、未だに現役で山手回りなぞやっている。
その銀がとうとう、引退を決めた。寄る年波に勝てなかったのか、だんだん自分で「危ないな」と感じるときが増えてきたのだという。仲間達はしきりに、では引退祝に一人くらい女を抱きにいってみろ、と勧めたが、いっかな聞かなかった。何しろシゴト中の人混みの中でさえ、器用に女と触れず歩くというのだから、それはもう徹底して嫌いなのだ。シゴト納めの日も、淡々と勧めをつっぱねて出た。
ところが当人、内心では仲間達の言うことももっともだと思っている。貯めに貯めた貯金はあるものの、スリ人生最後の稼ぎだ。何でも、やれることはやってしまった方がよいと考えた。
(よし)
ついに決意すると、いつものように群衆に溶け込みながら、これと決めた女に狙いを定めた。ややとうの立った女で、無造作に尻ポケットに財布を突っ込んでいる。銀さんするりと近付くと、女は嫌だ嫌だと引っ込む右手をなだめすかして、電光石火、鮮やかに尻の財布を懐にした。
ギュウギュウに詰めていた財布が抜けたのだ、女としても何も感じないわけはない。後ろで息を呑んだ気配がした。泥棒ッとくるか、と思っていると、なんと女、公共の場で金切り声を上げて、
「痴漢ッ!お尻を触られたわッ」
これには銀さん驚き、次にかあっと腹が立った。何しろ生来の女嫌い、誰が手前ェの体なぞ、と思わずこう叫んでしまったのである。
「馬鹿野郎、誰が触るか!突っ込んでたのを抜いただけだッ」
銀さん、痴漢疑惑を深めちまったというわけで…。
「~に入る」、
「~を記入する」。