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 その道路は両側を森に挟まれ、見通しの悪い急カーブで街灯もなく、おまけに何年も放置されて路面はボロボロだった。それが都市部からそう遠くない場所にあるために、こんな場合にお決まりの噂――「女の幽霊が出る」という評判が立ち、密かに肝試しに行く連中が後を断たない。それだけならいいが、その連中が本当に事故に遭うものだから、流石に怪談で済まされなくなってきた。

 近郊住民の強い要望もあり、改修工事が決定。幽霊話も消滅か、と思われたこのタイミングで、見納めにとドライブを決めた若者がいた。

 彼は地元では有名な、いわゆる走り屋で、葛折りの多い近所の山を夜な夜な走り回ることを日課としていたが、噂の幽霊カーブでは走ったことがなかった。スピードを出せば、幽霊が居ようと居まいと大事故は免れない、というほど状態の悪い道だったからだ。

 しかしそれが取り壊され、安全で見通しの良い道路に生まれ変わると知って、彼の挑戦欲がうずいたらしい。折角だから幽霊を見てやろう、という気持ちもあったものか、幽霊がターゲットにしているらしい若い女――自分の彼女を連れて噂の道路に向かった。

「ねえヒロ、もう帰ろうよ。全然前見えないじゃん」

「ビビんなよ、安全運転するしいざとなったら振り切って…」

「ほんと?」

「おう、楽勝楽勝」

「…本当に、本当?」

 助手席の彼女の声が、突然低く沈んだ。彼はぎくりとしたが、そちらを向くことが出来ず、しばらくはただ車を走らせた。カーブに差し掛かる辺りに来ると、ふと、彼女が腰を浮かせる気配がする。堪えきれなくなってそちらを見ると、これまたお約束、全身血にまみれた青白い女が、こちらに手を伸ばしているではないか。

「………!」

 彼は声も出せずに口をぱくぱくさせ、すぐさま逃げようとした。しかしこの時、彼がとった行動は、車から降りようとドアノブをやたら押したり引いたりする事でも、道を引き返すことでもなかった。不思議と、今までこの道で事故を起こしたのは、皆そういう行動に出た者だったのだが――勿論彼はそんなことなど知る由もない。

 ともかく彼は、無我夢中に動いた。

 進行方向はそのまま、アクセルを目一杯踏みつける。ヘッドライトを頼りに道の輪郭を掴むと、トップスピードでコーナーに進入。大胆かつ繊細なハンドル捌き、高速でクラッチを操る左手、エンジンが甲高く唸りタイヤが路面との摩擦で悲鳴を上げ――それはもう、見事なドリフト走行だったという。彼の仲間が見たなら、おそらく驚嘆の声を浴びせずにはいられなかったろう。

 あっと言う間に幽霊カーブが後方に消えていく。たまらず後部座席に吹っ飛んだ幽霊は、どうやらそのまま消えたようだった。

 彼がほっと力を抜き、それでもあまり減速はしないまま走っていると、助手席から彼女の呻き声がした。どうやらシートベルトをしていなかったために、どこかを打ち付けたらしい。

「悪ぃミサ、大丈夫か」

「…ん…」

「いやーマジビビったわ、お前今完全に取り憑かれてたぞ。つか俺すげー、あのボコボココーナークリアしちゃったよ」

 安心したのか急に饒舌になった彼の頬を、彼女の手がするりと撫でた。

「あ?何だよ」

「初めて…」

「え、俺の走るの見たことあったろ。確か、」

「あなたみたいな人は初めて。他の男は駄目だったわ、みんな臆病者で。…私の彼氏もね、あなたみたいに車が好きだったの。危ないって言ってるのに、無茶して突っ込んだりして…私まで巻き込んで。でもいいの、もう体だって手に入ったし」

「お…おい、ミサ…?じゃ、ないのか?」

「ねえ、私あなたのこと気に入っちゃった。隣にいてもいいかしら。これから、ずうっと…」


 

「~をより好む」。

 


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