26.limit
本当の限界というのは、到達した瞬間には気付かないものだ。そこに引かれたゴールテープを切った瞬間、何か別のものまで切れてしまうらしい。
そんなわけで、私は死んだ。自殺だ。頸動脈に包丁を突き刺して、失血死。
気付くと、長い長い人の列に並んで立っていた。前も後ろも到達点が見えず、皆一様にぼんやりと黙っている。時折のろのろと、五分か十分に三十センチ程度のペースで前に進む。
なるほどこれがあの世か、と私は考えた。酷くのんびりとした気分だった。何せもう死んでいるのだ、この先何があろうと大して不安がることもない。
不安などもうたくさんだ。
生きていた頃は――ついさっきのはずだが百年も昔のようだ――いつも緊張していた。肩にも顔にも首筋にも、心臓にまで嫌な緊張が漲り、ともすると吐きそうになった。それを防ごうとまた賢明に緊張して石のようになり、悪夢に満ちた浅い眠りから覚めると、また同じ緊張が始まる。
楽になりたい、思い切り手足を伸ばしたい。その望みを緊張した胃の奥に小さく握りつぶして、ただ耐えていた。
それを解き放ってくれたのは、私に最大の緊張を与えていた人間達だった。彼らは私が渡っていた細い綱を切り、均衡を崩し、力の入らない暗闇の中空へ私を叩き落としてくれたのだ。
二度と会うこともないだろうが、感謝せねばなるまい。お陰で今はとても楽だ。前に後ろに大勢の人間が居ようが、どれほど待たされようが、大して負担にもならない。この緩やかな無感覚が、或いは死なのかも知れない。
いつの間にやら、永遠に続くかと思われた列が終わり、眼前に巨大な門が立ちふさがっていた。門番と思しき女性が、私の前に立っていた人物を飲み込んだ門を塞ぎ、私に爽やかな笑顔を向ける。
何故だか、僅かな緊張が走った。
女性は笑顔のまま、朗らかな声でこう言った。
「おめでとうございます、年間十億人目限定キャンペーンでございます!『生き返りプラン』の無料サービスとなっておりますので、あちらの雲の下へどうぞ!」
「~を制限する」、
「~を限定する」。