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高校になると学区が広がって、クラスの中が知人でない者ばかりになる。それでも通常、特に地方では、同じ中学から上がった者が一人二人はいるものだ。従って全く知人がいない場合には、新たな友人も作りにくくクラスに馴染めない、というケースが往々にしてある。
だが、彼女の場合は違った。彼女を知る人間が誰も居ないという状況で、積極的に周囲にアプローチしていったのだ。
その手法は、共有というものだった。
「それ、私も持ってる」
「面白いよね」
「それ○○で買ったでしょ」
筆箱、アクセサリー、漫画や鞄などクラスメイトの持つあらゆる物に目を付け、その好みを共有しようとしたのだ。この方法は最初の内は成功し、彼女は多くの友人を手に入れたかに見えた。
しかし時間が経つ内、クラスメイト達は彼女に違和感を抱き始める。まず、彼女がどんな話題を振っても殆ど無視するか薄い反応を返すばかりで、またすぐ持ち物の話にもって行こうとすること。そしてもう一つ、その持ち物自体を、彼女が本当に所持しているかどうかが怪しくなってきたことからだ。
どんな物にでも反応を示す割に、そのものについての話が広げられない。やがて彼女は、嘘つきで空気の読めない、鬱陶しい女と見られるようになっていった。
だが、クラス全体から無視されるようになっても、彼女の「私も持ってる」は止まらなかった。無視すればするほど必死な顔で、彼女は好みを分かち合おうとしたのだ。うんざりしたクラスメイト達は、とうとう彼女を排除することに決めた。
「あ、それ持ってるよ。どこの店で買った?駅前?」
「うぜ。どーせ嘘っしょ」
彼女が呆けたように立ち竦んだ所に、話しかけられた者と周囲の数名が畳みかけた。
「そんなバラバラに物買って持ってるわけ無いし」
「あるなら持って来いや。見せてみ、ここで」
「おら何黙ってんだよ!」
血の気の引いた顔を強ばらせて、彼女は自分の席に戻っていった。一日中机に視線を落として身動きせず、やがて下校時刻が来ると、誰よりも早く教室を出て行った。クラスメイト達の、蔑むような瞳に見送られて。
翌日、彼女は学校に来なかった。クラスメイト達は理由について、ある者は楽しげに、ある者は気詰まりそうに話したが、当然誰もそれを確かめようとはしなかったし、明日以降どのようなことが起こるかなど、想像すらしなかったのだ。
その次の日。
彼女はやはり来なかった。登校拒否かあるいは天候か、あるいは…。最悪の可能性は、メディアの向こうの出来事としてはクラスメイト達に想像されていた。
その日の昼休みのことだった。
最初に窓の外を見た生徒は、まず「何だろう」と思い窓の外に顔を出した。下を見ると、地面に何か物が二、三、散らばっているのが見える。先程窓の外を落ちて行ったのか、そう思い校舎の屋上を見上げた途端だった。
ぼすっ、と結構な勢いで顔に何かが落ちてきた。鼻を痛がりながら見ると、ボストンバッグである。と、何が起こったのか把握する間もなく、頭上に巨大な黒い塊が現れた。
「!?」
慌てて頭を引っ込める。髪をかすめて、その塊は校舎沿いを落下していった。
それは、物の塊だった。バッグ、靴、服、帽子、ペン、ゲーム機、ともかくあらゆる見覚えのある物が宙を舞い…そして最後に、弾丸の如く物の海を貫きながら、何か大きな――人間くらいの大きさの物が地面に向かってまっしぐらに落ちていき、遥か下の地面で、酷く嫌な、壊れる音を立てた。
*
物に埋もれて横たわる彼女は、クラスメイト達の脳裏から今も消えない。彼らは、新しい買い物をする度に背後から囁かれるのだ。
「それ、私も持ってるよ?」
と。
「~を分け合う」、
「共有する」、
「一緒に使う」。