22.depend
「あっ」
「おお」
二人はスーパーの売場の角でばったりと出会い、殆ど同時に相手に気が付いた。
「江之だろ。久し振りだなあ」
「山ちゃん…か?」
「そうだよ山根だよ。お前全然変わってないな、どうして同窓会来なかったんだ」
「いやあ…仕事が忙しくてさ」
「そうかそうか」
山根は豪快に笑って、江之の肩を嬉しそうに叩いた。やがて立ち話もなんだから、とどちらからともなく言い出し、スーパーを出ると近所のラーメン屋に入る。晩飯時だというのに、昼間のバーのように空いた店だった。
「おっちゃん、味噌一つに生中ね」
「じゃ僕チャーシュー麺」
気難しげな親父に注文すると、二人はほっと息をついた。
「ホントに久し振りだな。何年ぶりかな」
「そうだな、もう十五、六年は経つんじゃないか」
「そんなにか。…あの頃以来」
山根の言葉に、江之は無表情に口を噤んだ。暫く無言の時間が続き、時々、交互に水を啜る音だけが響く。
「お互い、な」
江之が呟いた。
「すっかりおっさんだ。昔のことなんか、もう思い出せんよ」
「…そうか?俺は割と覚えてるぞ」
江之がピクリと眉を上げる。山根は彼一流の、挑発的に見える笑みを浮かべている。一瞬僅かに険を宿した江之の表情はすぐに、やれやれといったふうに緩く曲がった。
「変わってないのはそっちだな、全く」
「そうかなあ」
変わらずにやにやする山根だが、ふいに身を乗り出し、勢い良く手を打った。
「そうだ!さっきお前、トランプ買ってたろ」
「…ああ、娘に頼まれて」
「久々にどうだ」
江之は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「そう嫌うなよ、ちゃんとまっさらなカードだろ。負けた方がここを奢る!どうだ。いいだろ一勝負くらい、それともまた負けるからやだってのか?」
「…仕方ないな…」
「そうこなくちゃ」
江之がしぶしぶと出したトランプを、山根は嬉々として開封し始めた。慣れた手つきでカードを入念に切り、素早く配る。
「ポーカーで三回勝負!いいよな」
「ああ…いや、ラーメン来るぞ」
「大丈夫だってパパッと終わらせりゃ」
じゃんけんで順番を決め、カードをチェンジ。江之が二枚、山根が一枚だ。
「コール」
開けると同時、山根が頭を抱えた。
「おいおい、初っぱなからフルハウスかよ。きついねー」
軽い口調でカードを再び切る。勝った江之は何やら浮かない顔をしていた。
「しかし…ホント久し振りだ、江之ちゃんとカード弄るのは」
妙にしみじみと山根が呟いた。江之が顔を上げる。カードが鮮やかな手つきで卓上に配られる。
「江之ちゃんって呼んだのも久し振りだ。覚えてるか?昔は山ちゃん江之ちゃんって仲だったろ」
「ああ、覚えてる」
「いつからだったかな、そう呼ばなくなってよ。なんか疎遠になったんだよな」
江之は黙って二枚チェンジした。カードを並べ直す。
山根は、なかなかチェンジしない。訝しげに目を上げた江之に、手元を見つめたまま問いかけた。
「なあ。早希のこと覚えてるよな」
江之の目が不愉快げに細くなった。
「あいつだな。あの女のこと辺りから、俺達よそよそしくなったんだ」
「……」
「今見たら大して可愛くもないぜ」
「……」
「そりゃそうと、勝負どうなってたっけ。俺の勝ち越しだよな?お前弱かったもんな、あの頃」
「……」
「いつまでも運否天賦なんだもんな」
「…ノーチェンか?」
「おう。コール」
江之の手はスリーカード、そして山根はストレートだった。
「…な?だから、ギャンブルは頭と」
「流れ次第、だろ。聞き飽きたよ」
愉快そうに山根が笑う。
「まあそう不貞るな!仕方ないだろ、俺が強いんだから」
「まだ一戦あるだろ」
「ほほう、やる気…」
とその時、ラーメンが二人の視線を遮った。
「へいッお待ち、味噌にチャーシュー!」
丼を突き出しながら、親父が二人を見下ろす。若干怯みながら受け取り、顔を見合わせた。
「…先に決着を」
「だな。興が冷めちまう。…そうだ、この一戦で五十戦分にしないか。一発逆転アリでさ」
「…ああ」
今度は負けた江之がカードを切る。山根よりもややぎこちない手つきで五枚を配り終えると、互いに手元と相手を静かに見比べた。
「…俺四枚ね」
「じゃ二枚」
チェンジを終え、カードを並べ直しながら江之が口を開いた。
「変わらないと言ったが、やっぱり僕もお前も変わったな」
「…そうか」
「僕は勝負しなくなったからな。小狡くなって、今も女房が怒ってんじゃないかって心配なんだ。お前も相変わらず自由な奴に見えるがな、実際…」
「うるせぇな、さっさと出せよ、コール!ほら俺の勝ち…」
自信満々にフォーカードを叩きつけた山根の目が、卓上に凍りついた。
パキッ、と割り箸を割って、江之がラーメンを啜る。
「うん。実際お前も弱くなったんだ」
山根は間抜けに口を半開きにして、まだ卓上を見ている。鮮やかに赤いロイヤルストレートフラッシュが、静かに座していた。
「ど、どう…」
「ラーメン伸びるぞ」
遮られた山根は、大人しく箸を取って味噌ラーメンを啜り込み始めた。暫く、大の男二人黙ってズルズルと腹ごしらえをする。やがて、汁まで残さず飲み干した江之が荷物を持って席を立ちかけた。
「じゃあ勘定…」
「ちょっ、待てよ」
山根が慌てて腰を上げる。
「…頼む。教えてくれ、どうなってるんだ」
「そんなもん、お前がさっき言ってたじゃないか。勝負は頭と流れ次第ってよ」
「そりゃ…」
「お前にゃ流れがなかったんだ」そう言って、江之はニヤッと笑った。「これで二三六勝二一九敗。勝ち越しだな。じゃ、またそのうち」
呆気に取られて見送りかけた山根だが、はっとして呼び止めた。
「おい!このカード」
「やる」
振り向きもせずに江之が言った。
「やる…?」
「ラー油臭くなったからさ。娘に怒られてくるよ」
暖簾の向うに消えた背中にラーメン屋の親父が険しい視線を投げる一方で、山根は卓上のカードを引っ掴んでいた。その裏を改め、全てに気付く。
『ラー油臭くなったから』――
「わはははっ」
――流れ次第、か。狡い手使ってよく言うぜ…いや、あのタイミングでラーメンが来たのが流れだったのかもな――。
油の飛んだカードを、山根はどこか楽しげに握り潰すのだった。
「(-on A)Aに依存する」、
「A次第で決まる」。