2.consider
室田家はもう何代も、一風変わった教育方針を貫いていた。原因は、嫁に迎えた一人の女だ。
「裕福だからと贅沢はさせません。生まれたときから世の厳しさを叩き込むのです」
箱入り娘であった女は、社会の現実を一度目にした時、己の育った環境を間違いだと悟ったのだった。そして決意した、社会的適応力と逞しさを持った子を育てるのだと。
幼児が頭をぶつけそうな家具の角は、そのままにしておいた。乳は遣ったが離乳食には香辛料をしこたま振った。自転車に補助輪は付けず、買い物に歩いて行かせた。
だが成長すれば、当然次第に慣れてゆく。婦人は考えた末、住環境を厳しくした。それは何もみすぼらしい住まいにするということではなく、油断のならない生活を強いただけの事である。
自室に入るのにランダム変化する暗号が要る。廊下をいい加減に曲がった足運びには、天井から槍が降る。家中の者に礼儀を払わなければ、床下に引きずり込まれる。
そこここに仕掛けをするうち、いつしか室田家は、びっくりからくり屋敷と化していた。
社会への適応力どころではない。室田の子女は一歩外に出れば、どこぞの戦場を潜ってきたかという程の、世間から浮いた空気を纏う。本末転倒であったが、威を見せるには充分以上に役立った。
こうして室田家は、その界隈に広く知られることとなったのである。しかしそれにもいくらかの弊害はあった。筋者であるかのように見られることと、もう一つ。
「大旦那様、本日は如何致しますか?」
「そうじゃの…籠球でもやるか。よいよい、車など。走ってゆく」
年寄りが、長生きするのである。
様々な仕掛けをかい潜り暮らすため、頭も体も鈍ることがなく、いつまでもハングリー精神を失わない。下の代にしてみれば迷惑な話であった。
故に、その死期が近付いたとなれば屋敷中の浮き足立ちっぷりは尋常ではない。つい廊下でこそこそと話し、仕掛けで怪我をした女中がいたほどだ。
ある日、内蔵を悪くして余命一月と言われた老主人が、単身外出した。家の者が心配して引き留めたが、強いて徒歩で出かけ、そうして倒れた。
それ見たことか、外で死なれて遺言でも聞き逃したらどうする――慌てふためいて屋敷にかつぎ込み、親類縁者一同が床についた老人を取り囲んだ。
やがて皹割れた唇が開き、嗄れた声が喉から絞り出されようとした時だ。
中学生になった三代目が、仕掛けの数々をものともせず襖をぶち破って駆けつけた。満身創痍、汗だくで祖父の枕元に取り付き、
「バカヤロウ爺ぃ、何だって一人で出たりしたんだ!」
涙声に喚き立てた。
親戚一同は焦燥と苛立ちを露わにした。今はそんな事を話す場合ではない――すると、老人の諦めきったようだった表情が次第に苦々しげに歪んで、白い口ひげの間から怒りを発した。
「こんな屋敷の中で…くたばって…堪るか!うっかり倒れてからくりなんぞに…掛かっちゃ堪らんわ…。おまけに業突張り共が…山ほど、控えていると来た。…びた一文!…渡さねェぞ、畜生共…屋敷もてめえらも消えやがれ!………」
かっと目を開き、それきり、老人は息絶えた。
集まった全員が、呆然として固まっていた。老人に取り縋ったのは、三代目と強かで有名な分家の伯父のみである。
色々考え過ぎるのも、時に災い…というお話。
「~を考慮する」。