18.worry
ある婦人が自宅のリビングでソファに座っていた。彼女はバラエティー番組で時間を潰しながら、悪魔を待っていた。
「遅いわね…」
婦人がそう呟くと、突然入り口の方から、
「そうでもありませんよ」
と声がした。婦人が驚いて振り向くと、立っていたのは陽気な服装の若い男だ。
「まだ二分しか遅れてませんでしょ。ところで私を招き入れてくれませんか」
「…ええどうぞ、お入りになって。けどあなた、遅刻は遅刻よ。依頼主がその間にお手洗いに立って留守だと思ったらどうするの、どちらかが契約に失敗したとか相手が破棄したとか思ったら…」
「はいそうですね、申し訳ない。随分な心配性でいらっしゃいますなぁ、奥さん。それで?この私にご用とは何で御座います」
婦人は憂鬱な溜息を吐いて、ソファの背に体を預けた。
「この性格を治したいのよ」
「ほう?つまり何でもかでも必要以上にあれこれ神経質になる自分が嫌と仰るのですな。しかしそんなことは、精神科の医者にでも相談すべきでは?」
「医者が藪だったら?ぼったくられたらどうするの?もしかしたら服を脱がされたり、知らない場所を歩かされたり、汚い物を触ったりするかも知れないわ。治療にだって効果があるかわからないし、私金属アレルギーなの。それに…」
「なるほどこりゃ重症だ」
悪魔は聞こえないように呟き、喋り続ける婦人を無視して調度品を眺めた。
「…つまり、あなたなら雑菌も持ってないし力量が保証されているからなのよ」
「私が人外だという証拠でも〜?」
明後日の方向を見ながら悪魔が言う。
「うちはコンピュータと人の目で人間の出入りはほぼ完全に管理してあるわ、ただしあなたがとんでもないプロの犯罪者でマザーをハッキングした上管理会社の人間を全員黙らせてからここに来たと言うなら別だけれどこのリビングの入り口前には地下のサブ脳で動く18の監視カメラとセキュリティーと滅菌装置が仕掛けられてるし」
「ああわかりましたわかりました。そんなに心配ばっかりしてちゃあさぞご難儀でしょうとも。いいでしょう、あなたの魂と引き換えに、一生余計な心配をしなくて済むようにして差し上げましょう」
と悪魔は右腕を持ち上げかけた。が、
「ちょっと待って」
婦人が制止する。
「その前にちょっと聞きたいんだけど、魂は私の死後にあなたに渡るのね?脳死状態は?」
「いえ、肉体が完全に死んだ後です」
「そう。…あ、ならもう一つ気になるんだけど心配が無くなるってことはこれから先死ぬまで警戒心が周りの人と同じレベルになるってことかしら?だとしたら例えば道端で転んだり余所見をしたせいで命に関わる事故に合う可能性があるわけよね、それだけじゃないわ健康に気を遣わなくなったら無添加食品以外のものや果てはジャンクフードやお酒だって口に入れても気にしなくなるかも知れないじゃないの第一日本人は何だって心配しない人が多いのかしらあんな人混みや渋滞の中で細菌や事故や犯罪の可能性を全く考えないんだから信じられないじゃないの、だからそのあたりのアフターケアについて聞きたいのよ私は、……悪魔さん?ちょっと悪魔さん?」
「やれやれ」
犬の姿になって歩きながら、悪魔は気分だけ肩を竦めた。
「どうやら奥さんは、心配をしてるほうがお幸せなんだな。私の出る幕じゃなさそうだ」
「心配する」、
「~に心配させる」