16.require
「ねえ…見方によっちゃ悪いのはアンタじゃないんだよ。アンタは何もしちゃいない、計画したのも実行を決めたのも全部奴だ。アンタは奴に利用されただけなんだ」
三時間の黙秘にうんざりしながらそう言うと、初めて女が反応した。
「…あの人は…」
「うん?」
書記官がペンを持ち直し、俺は身を乗り出しかけるのをこらえて肘をつく。
「…あの、人は…私のこと、欲しいって言った」
「それが利用されてるって言ってんじゃないの。目ェ覚ましな、あんなのについてったっていいことないよ」
「ひつ、必要だって言った!」
「ならアンタに居場所くらい教えてくれてんじゃないの」
長い間が空いた。またか、と溜息を吐く。
女がマルチの幹部として逮捕されたのは昨日のことだった。事務所に使われていたアパートに踏み込んだときには首謀者は逃げた後で、もぬけの空になった部屋に女一人が取り残されていたそうだ。どうやら女は首謀者が引っ越しの準備をしていると思い込んでいたらしい。
そんな女だからおそらく大した情報は握っていないのだろう。ならさっさと吐いて貰いたいものだ。
「…私、」
再び女が口を開いた。
「あの人が…初めて、私のこと認めてくれた。それまでずっと、誰も…けどあの人は私の力が欲しいって」
「力?」
「君じゃないとって言ってくれたし、馬鹿にしたりもしなかった。皆みたいに私のこと、馬鹿とか言ったり、見せ物扱いにしたり、笑い話にしたりしなかった」
「……」
「私、癒しキャラなんかじゃないし仕事もちゃんと出来るのに。皆余計な口出しして、同情しやがって!…でもあの人だけは」
それから後は、自分が如何に理不尽な目に遭ってきたか、男の元で力を発揮できて如何に嬉しかったかについて延々二時間聞かされた。その間に手口や男の人物像についてもほぼ洗いざらい話したので、それはそれで良かったが。
「刑事さん」と女が言う。「私のこと、出来る女だと思う?」
「あー思うよ」
いい加減に答えて切り上げた。勘違いタイプの相手をしているとこちらが疲れてしまう。
必要とされるだのと言っていたが、小物の手先で使い捨てられたことに気付いていないのか。未成熟なあの女を「癒しキャラ」呼ばわりで「口出し」していた友人の方が余程親身だ。
「…ま、どうでも…か。俺たちゃ情報が欲しいだけだし」
慣れきった空しさが、ふと腹の中を過ぎていった。
「~を必要とする」、
「要求する」。