15.realize
人魚姫の話を知っておるかね。声と引き替えに足を手に入れ、人間の王子に近付こうとした、悲しい少女の話だ。人魚は最期には泡になったことになっているがね…どうだ、そんなことがあろうか。惚れた男の心を掴めなかったら自分が死ぬだなんて、理屈も勘定も合わんだろう。
だから本当は、人魚は死んでなど居ないのだ。
尤も彼女は純粋な娘だったようだから、姉の言葉を信じ生命の危機を感じたろう。そして愛する王子の寝室へ忍び込み、ひと思いに刺そうとした。だがやはり自分には無理と諦めた。
だがね。それだから自分の命を諦めようだなんて、いくら清い娘でも考えるものか?
王子の横たわる寝台を前に、人魚姫は思い悩んだろう。愛しい寝顔の横には、自分とよく似た某国王女が幸せそうに眠っている。
人魚姫はふと疑問を抱く――どうしてこの自分に似た女を、王子は妻に選んだのだろう――そしてその理由を考えるうち、二つの可能性に気付いた。
一つは、王子が本当に愛しているのは自分である、という可能性。これならば自分は泡になどならずに済む。
そしてもう一つは、王子は元々愛していた某国王女によく似た自分だから、殊更可愛がってくれたのだという可能性。
ここで姫は、王子の抱える人間らしい弱さ、欠点を見出すことになる。そうなると王子に微かな憎しみと、以前の何倍もの愛しさが湧いてきた。
姫は豪華客船の看板に戻り、海を見下ろして煩悶した。
愛して欲しい。
手に入れたい。
このまま死んで意味があるのか。
と、その時だ。ずっと下の深い深いところから、こんな声が聞こえた。
――どうして苦しむの?簡単じゃない、王子があなたを愛しているにしろいないにしろ、邪魔者はただ一人…それに、あなたとあの女は良く似てるわ。誰も気づかない――。
地の底から響く鈴の音に似た声は、かつて自分の喉から出ていたものだった。姫は思った、今のは王子を欲する自分自身の声だと。そして、それを手に入れる手段を悟ったのだ。
姫は再び、しっかりとナイフを握りしめ、決意を胸に寝室へ向かった。
…まあ、声の正体は取引の魔法をフイにしたくなかった魔女といったところだろう。姫は随分後になって、それに気付いたという話だ。
誰から聞いたのか、だと?
おまえの知らない人さ。儂の妻だったんだがね、何百年も前に死んでしまった。嘘ではない、儂はもう自分の歳を覚えておらんくらいだ。
長生きの秘訣?そうだな、聞いたことがあるかね。人魚の生き血には……
「~を悟る」、
「~に気づく」、
「~を実現する」。