14.offer
その村には、神と呼ばれる長がいた。八千の人々の統治のみならず、病の治療や作物の管理も一手に引き受け、隣村から攻撃を受ければたった一人で撃退してしまうという、まさに神がかった力を持った男だった。
だから、ヂンの父も母も、その長を頼ろうとしたのだ。
「ヂン、大丈夫だからね。痛いの痛いの飛んでけー…」
「ああこんなに汗をかいて、どうか神よ、この子をお助け下さい!」
小さな息子を気遣って、両親は目を赤くしていた。
五歳のヂンは、この日の昼前、急に具合を悪くした。朝餉を終えて姉を木の実狩りに送り出したときは元気に笑っていたものが、突然倒れて「痛い」とも言わず苦しみだしたのだ。
両親は慌て、何とかしようと手を尽くしたが、ヂンの顔色は悪くなっていくばかりで一向に回復の兆しが見えなかった。
――命に関わることかも知れない。これは、あの方を頼るしかない――そう思い、長の住まう屋敷に治療を頼みに来て、もうどのくらい過ぎたのか。ヂンの息はか細く、手足は氷のように冷たい。
「ねえまだなの、あの方はまだなの?」
「大丈夫だ、必ず来て下さる」
夫婦が青い顔を合わせて息子を介抱しているところに、
「ミダご夫妻!」
そう声がかかった。
両親が飛び上がるようにして行くと、長の側付きの一人が石のような顔をして手紙を差し出した。
「神はお忙しい。只今南の畑におられます。こちらに名前と願いを書いて、南門の使い番にお申し出を」
「そんな…」
父は青い顔を更に青くした。
「先程北門の方に、こちらで待てと言われたんです!その前は治療受付方に、直接なら北門へ行けと言われ…そして、今度は南?いい加減…いい加減にしてくれ、ヂンが死ぬかもしれないんだぞっ」
「やめて!あなたやめて下さい!」
泣き喚く母親の腕に抱かれ、ヂンはぐったりと四肢を投げ出している。彼の命の火は、今まさに消えようとしていた。
*
「木イチゴが、四十六、四十七…四十八個!お母さん喜ぶかな」
木の実を摘みながら、センは上機嫌で鼻歌を歌いだした。久しぶりの収穫だ。これを持って帰れば、近頃弟のヂンにつきっきりの母も自分を褒めてくれるのではないか。
それを想像して、センはうきうきと木の根を飛び越した。そうして着地した途端、地面は脆くも崩れた。
急な坂道だ。驚いたセンは声も立てずに転がり、その下の藪の中に尻から落ちた。
「……うっ、うぁ…」
思わず泣きかけて、ぐっと堪える。目元を拭って立ち上がろうとし、しかし再び座り込んだ。膝を酷く擦りむいているのだ。
またこみ上げた涙を押し止め、センはびっこを引き引き歩き出した。母が教えてくれた薬草を、探さなくてはならない。
何度転び、何度泣きかけただろうか。太陽が低くなり道が分からなくなっても、薬草は見つからなかった。
――こんな時、神様がいたら怪我が治ってお家に帰れるのに――
「…神様のバカ」
呟いて、とうとうセンは泣き出した。大声が森に響いたが、誰も助けに来ない。泣き疲れてしゃくりあげながら、不意に空腹を覚える。
――お母さんは、知らないものは食べちゃ駄目って言うけど――
センは丁度目の前にあった何かの実を、一粒かじった。
その途端だ。
急に目が冴えてきて、体が軽くなった気がした。膝からは血が出ているのに、ちっとも痛くない。生まれて初めて食べるものだった。
「神様…?」
不思議げにそう呟いて、それからすぐ、センはその実をありったけもいだ。上着のポケット、スカートの裾、器になるもの全部にいっぱいに集める。
木イチゴなど目ではない。この実があれば、怪我も病気もすぐ治ってしまうだろう。両親も喜ぶ、村の人も喜ぶ。たっぷり褒めて貰える。
迷子になっていることも忘れて、センは一直線に駆けた。自分がまだ足を引きずっていることも知らず、飛ぶような心地で。
*
その日、神と呼ばれる男の村に、小さな墓標が建てられた。神を信じた二人の子供の墓だ。片方は助けを待ちながら息を引き取り、片方は村外れの崖下で、摘み取りの禁じられた実に埋もれて――二人とも、幸せそうな笑みを浮かべていたという。
「~を申し出る」、
「~を与える」。