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一作一時間、日更新を目標にしています。短時間で仕上げるため出来は悪いかも知れませんが、よければ御一読下さいませ。
※5/21追記
上記の目標は現在全く継続されておりません。どうか広いお心でお読み下さい。
参考:刀根雅彦・霜康司 駿台文庫('05)『システム英単語Ver.2』
「わかりました」
としか言わない女だった。指示すれば何だってしたし、どこにでも行った。
鉄面皮、と罵ったことがある。少しは愛嬌でも見せてみろと。
「わかりました」
女はそう言って、翌日には別人のように朗らかな娘になっていた。返事も明朗に、
「わかりましたっ」
だ。
無茶なことも何度か言ってみたが、女は全て実現して見せた。乙女のような笑顔で、命令の完遂を突きつけた。
ほんの一度だけ失敗したことがあった。
「死んでみろ」
そう言ったのだ。
女は長いこと考えていたようだった。そうして最後に、泣きついてきた。
「できません。あなたを一人にしたくありません」
その時から、嫌な感情が纏わりつくようになった。それが罪悪感であるとは程なく気付いたが、認めきれなかった。
あの女は、玩具だ。
大失敗をやらかした父が見知らぬ若衆に殺されるのを、目にした娘。それを引き取って恩を着せた、いいようにできる玩具だ。
この広い屋敷に二人きり、いい退屈しのぎの道具。
その筈だった。
「水をくれ」
「わかりました」
手際良さの中に慈愛を込めた立ち居振る舞いで、女は私を世話している。
腕一本満足に上がらない。死期が近づいていると、随分前から悟った。
女の白い指が、静かにポットを持ち上げている。
その指。
その美しい指が、今や私の唯一の持ち物だ。
「和江」
初めて、名前を呼んだ。女が、和江が振り返る。
無言の中に用件を問う、その柔らかな目、繊細な頬、微笑む口元。
小さな驚愕が心臓に走った。私にもまだこんな感情が残されていたとは。
「和江。話して…置きたいんだ」
そこまで言って咽せた。焦り。言ってしまわなければ――しかし、和江はその細い指でそっと、唇を封じた。
黙って首を振る彼女の目は、全てを包み込むかのようだった。
了承の意に唇を引くと、和江は笑い返し、盆を下げに背を向けた。
「ひとつ…」
その背に声を掛ける。
「お前がもし…この年寄りが重荷なら、いつでも…殺してくれ」
和江は立ち尽くしている。ピンと張ったその背筋が、小刻みに震えていた。やがて耐えきれなくなったように、顔を両掌に沈めたらしい。小さな嗚咽で、喉を揺らしている。
その声は次第にくっきりと、小鳥の囀りのような響きをたてた。
和江がゆっくりと振り向く。その白い手を顔から剥がし、私を見下ろした。
傲岸に、凄絶なまで美しく。
くつくつくつと、和江は喉を鳴らす。従順な姿勢も慈愛に満ちた微笑もかなぐり捨て、彼女は今、本当に心底からの歓喜に燃え立っていた。
言葉もない私の足元、彼女は大仰な仕草で辞儀をすると、今までになく力強い声を発した。
――「わかりました」
「~に従う」、
「~に続く」。
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