待ち合わせ
土曜日。
今日は神崎乃亜との約束の日である。今日、俺は神崎乃亜と出会う。
女子形態の俺で。
どうしてこうなったかというと、ある日、俺は女子形態で神崎乃亜をナンパ男達から助けた。すると後日、俺の落としたハンカチを切っ掛けに、神崎は男子形態の御堂涼太に接触した。
TS体質がバレたくない俺は、咄嗟に、女子形態の俺は御堂涼太の妹であるという神崎の勘違いを利用した。しかし、神崎の妹に会いたいという要望を断り切れず、妹として神崎に会う事になったのだ。
うん。自分で説明してて、ちょっとこんがらがりそうになるな。誰か、チャート表みたいなものを作ってくれないだろうか?
現在、時刻は13時前。今から家を出て、電車に乗れば、30分前には着くだろう。
ちょっと早く着きすぎるな。しかし、なにぶん俺の家は田舎にあるので、あと一本遅らせると、待ち合わせに間に合わなくなってしまう恐れがある。
気乗りしないとはいえ、約束に遅刻するのは違うだろう。まぁ、早く着いてもネット小説でも見て時間を潰せばいいだろう。
「あら、涼太。女の子の格好で出掛けるなんて珍しいわね?」
「ほっといてくれ」
家を出ようと、玄関に向かっていると母と鉢合わせる。
絶賛、俺の格好はフリルの付いたトップスにジーンズパンツという女の子らしいファッションになっている。母が持っていて損はないからと言って無理矢理、買い与えたものである。
ん? スカート? 絶対に履くかバカヤロウッ!
俺は現在、体は女子だが、心は男なのだ。着用が不可欠ならともかく、必要のない場面では、スカートを履く理由は断じて無い。
「いってきまーす」
靴を履き終えた俺は、近くの駅に向かうべく玄関を出るのだった。
ーーーーーーーーーー
現在、時刻は14時23分。
思ったより、早く着いたな。30分前には着くと予想していたが、待ち合わせまで30分以上ある。これでは、神崎もまだ来ていないだろう。
俺は電車を降りて、駅のホームを抜ける。天蘭駅には、少なくない数の人たちが行き交っている。駅としては、それなりに栄えていると言えるぐらいだ。
待ち合わせの時間まで、どうやって時間を潰そうかなぁなんて俺が思っていると……神崎乃亜を見つける。
神崎を見つけるのは簡単だった。なんせ、駅の男たちがみんな神崎に注目しているのだから。視線を追っていけば、自然と神崎に辿り着くという訳である。
私服の神崎の存在感は、圧倒的であった。なんて事ない普通の駅前に日本人離れした美少女が降り立ったのだ。注目されない方がおかしいだろう。
道端を歩くカップルの男の方が神崎に目を奪われ、女性から「デート中に別の女を見るんじゃないわよっ!」と頬を抓られている。
どこかソワソワと待つ神崎の今日のファッションは、半袖のブラウスにショートパンツである。惜しげもなく出された脚は、白皙のような肌も相まって魅力的だ。
駅の柱に少しもたれるように待つ神崎は、スマートフォンを取り出してはしまい、取り出してはしまい、チラチラと何度も時計を確認している。
なんか、あそこまで落ち着きなく待たれると、微妙に合流しづらいな……。
合流を躊躇っている間に、近くにいた男たちの声が不意に届く。
「あの子……もう、1時間以上前からアソコにいるぞ」
「ええええ! ホントかよ! なんか待ち合わせしてるっぽいけど、ドタキャンでもされたのか?」
「わかんねぇけどよ。もしそうなら、声を掛けるチャンスじゃねえか?」
「おいおい。男が来なくて弱ってるトコロに声を掛けようってか?」
「じゃあ、辞めるか?」
「ヤラねぇとは言ってねえだろ!」
神崎……ホントにモテるな。……仕方ない。
どっちが声を掛ける掛けないと言い合っている男達を尻目に、俺を待つ神崎の方へと歩き出す。
「かっ、神崎さ〜ん。お待たせしました〜」
「ッ!」
話し掛けられた神崎は、大袈裟にビクッと震える。
「お待たせしましたか?」
「いっ、いえ……りぇ、りぇんりぇん待ってません」
神崎さん、呂律が回ってませんよ。まあ、実際にツッコんだりはしないが。とりあえず、フォローしておくか。
「そんなに緊張しないでください。いつも通りで大丈夫ですよ」
いつも通り、もうちょっと澄ました感じで大丈夫ですよ。普段とのギャップにコッチが動揺してしまうよ。
「はっ、はい……」
神崎は大袈裟にスーハースーハーと深呼吸を繰り返す。
「もっ、もう大丈夫です。気を遣ってもらってごめんなさい」
「いえ、お気になさらず」
「そっ、それでえーっと……失礼ですがお名前は?」
「……!」
そっ、そういえば名前を考えてなかった! えーっと名前、名前……。
「えーっと……御堂……鈴って言います。よろしくお願いします神崎さん」
「御堂鈴さん……こちらこそよろしくお願いします!」
フーーッ……。危ない危ない。名前を考えるのを忘れてたぜ。突然の事態に焦ったが、なんとか乗り切った。
ちなみに名前は、御堂涼太→涼太→涼→すずしい→すず→鈴と変換した結果である。安直だが、まあ、悪くないだろう。
「あっ、あのッ!」
名前の問題を解決し、内心で安堵していた俺に神崎が語りかける。
「この前は……助けてくれて本当にありがとうございました!」
「……!」
この前……。ナンパされてた時の事か。そういえば今日、神崎は妹にお礼を言いに来たんだったな。
「いえ、人として当然の事をしただけですから」
「そんな、謙遜しないでください! 私……ホントにあの時の事は感謝しているんです!」
「ハハハ……ありがとうございます」
そんなに気にすることないのに……。あの時、俺が助けたのは知り合いを見捨てたら、後味が悪いと思っただけだ。ただの俺の自己満足。神崎が気にする必要はない。
しかし、これで神崎の妹にお礼を伝えるという目的は達成した。直近の面倒事が一つ片付いたのだ。
「えーっと……それじゃあ私、帰りますね」
もう用件はないし。
「ちょっ、ちょっと待って!」
しかし、帰ろうとする俺を神崎が呼び止める。まだ何か用があるのだろうか?
「もっ、もしよければなんだけど……」
もしよければ?
「……私と」
私と?
「……友達になってくれませんか!」
なるほど……。今度はそう来ましたか。
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