王子様との接触
「すまないが、御堂涼太くんはここにいるかな?」
俺を呼ぶ人物、それは【天蘭高校の王子様】。
劔朝日先輩だった。
「御堂ですか? 御堂ならアソコに座ってる奴ですよ」
偶然、近くにいた2-A組一の人畜無害男子、山田くんが俺に指をさす。
山田くん……キミには明日から1週間、上履きの中に両面テープの刑だ。報復もやり過ぎは禁物である。このイジメとも言えない微妙な感じの報復がミソだ。
「へぇ……彼が御堂くん……」
劔先輩は椅子に座る俺を見つける。獲物を見つけたとばかりの視線に、昨日の神崎乃亜の鋭い目を思い出す。
昨日の神崎がライオンだとするなら、劔先輩の目はさしずめ、蛇だな。それもアオダイショウみたいな1、2メートルの蛇ではない。アナコンダ級の巨大な蛇だ。おまけに毒持ち。
劔先輩がコツコツと小気味良い靴音を鳴らしながら、俺の方へと近付く。上履きでどうやってヒールのような音が鳴るんだ? ぜひ、どうやって鳴らしているか、ご教授してもらいたいものだ。
「やぁ、御堂くん。初めまして、ボクは劔朝日。キミの一つ上の3年生、一応、先輩に当たるかな?」
そう自己紹介を終えると、キラリと効果音が付きそうなスマイルを劔先輩は作る。劔先輩のスマイルに、状況を見守っていた女子たちがにわかに騒ぎ出す。
同じ女子でも惚れてしまう圧倒的なイケメン顔。天蘭高校の全男子と比べても、相手にすらならない色男(女)。そのイケメン力は圧倒的だ。
劔先輩のイケメン力を持ってすれば、天蘭高校の男子なんぞ、宇宙の帝王に私の戦闘力は53万ですと告げられたナメ○ク星人のように絶望に打ちひしがれるしか無い。
かくゆう俺も、ある意味では絶望していた。劔先輩のイケメン力にではなく、学校の中心人物に声を掛けられた事にだが……。
昨日は神崎、今日は劔先輩。一体、どうなっているというのか?
俺は平穏無事に高校生活を送りたいだけなんです。女子にモテたいとか、たくさんの人間から慕われたいとか、そんな願望は一切無いんです。
だというのに、神様……。最近、酷くないですか? もう今後、お参りの時のお賽銭は500円から5円に格下げじゃいッ!
それが嫌なら俺に平穏な日常を返してみろや(煽り)。
「……どうも、劔先輩。俺は御堂涼太です。何か誤用でしょうか。」
とりあえず、自己紹介をしてもらったのだ。こっちも自己紹介を返すのが礼儀だろう。だが、間違いなく、今、俺の頬は引き攣っているだろう。
「ああ……。別に大した用では無いんだよ。ただ……コレを君に返したくてね」
そう言って劔先輩が取り出したのは四角形の手帳、俺の記憶に間違いがなければ、天蘭高校の生徒手帳のはずである。
「実は最近、この生徒手帳を拾ってね……。それで返そうと思って、この教室まで来たってわけさ」
「ハァ……。劔先輩、わざわざありがとうございます」
劔先輩から差し出された生徒手帳を受け取る。中を見ると、それは間違いなく俺の顔写真の載った、俺の生徒手帳であった。
なんだ……。生徒手帳を届けに来ただけか……。神崎のことがあったから、てっきり、また面倒事に巻き込まれると勘違いしてしまった。
まぁ、そう何度も面倒事に巻き込まれる訳ないか。ああ、心配して損した。
しかし、俺のそんな願望を打ち砕くように、劔先輩がぐっと距離を近づけると、小声で耳元に囁く。
「実はその生徒手帳……落としたのは女子生徒だったんだ……」
「……ッ!」
瞬間、俺は席から勢いよく立ち、後ずさる。俺の体をアナコンダの巨体がぐるりと巻いていく様を幻視する。
「いったい……どういう事かな? ……御堂……涼太くん?」
劔先輩を蛇に喩えたのは、間違いではなかった。目を細めて見つめる視線からは、ジワリジワリと獲物を締め付けて追い詰める蛇がソックリだ。
「フフフッ……。どうしたのかな、御堂くん?」
アナコンダが俺を丸呑みにしようと、顎を大きく開けている。
ライオンの次は、アナコンダ……。強敵には間違いないが、ライオンを乗り越えたんだ。俺は諦めんぞッ!
こういう状況を切り抜けるのに、ちょうど良い言い訳を昨日、俺は作ったのだ。
「そっ、その生徒手帳を落とした女子生徒っていうのは……俺の妹ですよッ!」
「妹……?」
「ええ! 妹はおっちょこちょいなんです! 間違って俺の生徒手帳を持っていくなんて、ホントおっちょこちょいな奴だなあ! 俺からも注意しておきますよ! いやぁ、劔先輩にはお手数をかけて本当に申し訳ないなあ!」
自分でもビックリなくらい、大きな声が出た。無駄に声を張り上げて、逆に胡散臭いのではないか思ったが、こうなった以上、大声で押し切る。
「あの時の女の子が……妹?」
俺の必死の言い訳に、劔先輩は小声で何かを呟く。何を言ったかは分からないが、とりあえずこの件はさっさと終わらせるに限る。
「それじゃ、劔先輩、改めてありがとうございました! それではさようーー」
「ーーちょっと待った!」
「ッ!」
無理矢理、話を終わらせようとする俺の言葉を劔先輩が遮る。
「それなら……妹さんの写真を見せてくれないかい?」
「ッ!」
「兄妹なら、一枚くらいは持っているだろう?」
「うっ……」
「実はボク、妹さんに興味があってね……。できれば、もう一度拝見したいんだ」
「ううっ……」
「さぁ、見せてくれたまえ」
妹の写真などない。そもそも妹じゃなくて、女性形態の俺だし……。自分がTS体質である事を隠すために、俺はスマートフォン、カメラ、パソコンなどのあらゆる機器に女性形態の俺についての情報を入れていない。
もし、スマートフォンを誰かに見られたりしても大丈夫なように、女性形態の俺の情報をシャットアウトした事が裏目に出るとは……。
「さあ!」
「……」
「さあさあ!」
「もっ、持ってーー」
「ーーちょっと待ちなさいっ!」
俺が正直に写真を持っていない事を白状しかけた時、あらぬ方向から声が割り込む。
「御堂くんが……困ってるじゃないですか!」
突如、介入して来た人物、それは神崎乃亜であった。
「用は済んだんですよね? なら、さっさと3年生の教室に戻ったらどうですか?」
「君は……」
神崎乃亜の介入に、劔先輩が少したじろぐ。いいぞっ、神崎! もっと言ってやってください!
「もうすぐ、予鈴も鳴ります。先輩も早く授業の準備をした方がいいんじゃないですか?」
「……」
神崎の言葉に劔先輩が完全に沈黙する。
ありがとう、神崎ッ! 昨日まで、ちょっと視線が怖いなぁ、とか思っててすみません。今度からは、アナタを女神と崇めます!
「……わかった。今日のところは引いておくよ」
ホッ……。なんとか劔先輩を引かせることができた。劔先輩は教室の出口まで歩いて行く。しかし、出口に足を掛けた瞬間ーー
「ーーだがね! ……いずれまた、ボクはキミの前に来るよ。……御堂涼太くん」
安心したのも束の間、体がブルッと震える。去り際に劔先輩が残した視線には、肝が冷えた。しかし、とりあえず今日のところは諦めてもらった。これでよしっ! という事にしておこう。
「ありがとう、神崎」
劔先輩を撃退した立役者、神崎乃亜に俺は礼を伝える。
「別に、気にしなくていい。それより……」
「?」
「いっ、妹さんに……私が御堂を助けたこと、伝えてよね!」
「えっ……」
「わかったわね!」
「おっ、おう……」
神崎さん……。まさかの好感度稼ぎですか? どうやら、神崎は存在しない俺の妹への心象を良くする為に助けてくれたらしい。なんだか……少し悲しくなった。
いずれにしても、助けてもらった事に変わりはない。感謝しておこう。
しかし、明日は神崎との約束……。
今日、助けてもらっておいてなんだが、気が進まない……。いやいや、こんな状況もあと少しの辛抱だ!
俺は覚悟を決めて、明日の約束に想いを馳せるのだった。
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