御堂涼太はバレたくない
「……どうして、私の首の傷のことを知っているのかしら?」
不用意に吐いた俺の発言に、神崎が目を細めて問い詰める。
やっ……やっちまった〜〜〜〜!!!
安心しきって、ついポロッと首の傷について聞いてしまった! 俺のバカッ!
ああ……穴があったら今すぐ飛び込んで3泊ぐらいしたい気分だッ! 3日も穴に入っていれば、流石に反省している事だろう。
そうこうしている間にも、神崎の眼光が鋭くなる。その視線は怪訝なんて表現では表せない。まるで、獲物を見つけた飢えた肉食獣の如く、爛々と輝いている。
ああ……。
現実にセーブポイントがあればいいのに……。もし、セーブポイントがあれば、俺は即座にバカな発言をした時点より前に戻ってやる。
しかし、残念なことに、非常に残念なことに現実にはセーブポイントなど無い。己の行動の責任は現在の自分が取るしかないのだ。
例え、目の前にいる大型ネコ科肉食獣が、俺という獲物を今か今かと待ち構えていたとしても……。
「いっ、いや……。偶然、神崎が首を怪我したって聞いてーー」
「ーー私、首の傷のことは誰にも話してないわ」
うぐっ……!
「ちっ、違ったよ……。この前、たまたま首の絆創膏を見たんだった。ああ、俺ってばうっかりうっかーー」
「ーーでも、アナタは首の擦り傷って言った。首の傷は絆創膏で隠れているから、視覚的に判断は不可能」
うぐぐ〜〜〜ッ!
実に的確な神崎の指摘に、俺は二の句が継げられない。その様はまるで、法廷で逆転が得意な黒髪トゲトゲ青スーツ弁護士に「異議あり!」と突きつけられた証人のようである。あるいは、銃弾でロンパするヤツでも可。
ダメだ……。発言するたびに袋小路に追い詰められる。というか、これまでの発言でもはや、神崎は俺の言葉を聞くモードにない。
……もう言い訳は通じないか。抵抗してみたはいいが、ついに潮時かもしれない。
神崎との距離が互いに息が掛かりそうな程まで縮まる。
「……御堂涼太くん。……もしかしてアナタ……」
俺は心の中で覚悟を決める。ここまで追い詰められては仕方ない。
ああ、そうだよ。
俺があの時のオンナノーー
「……妹さんがいたりしない?」
「………」
うん? 今なんて言った?
「……もしかして、妹さんから私の話を聞いたんじゃない? 数日前に助けた女の子がいるって……」
「…………」
イモウト……妹ッ!?
もしかして、神崎は数日前に助けられた女の子を……俺の妹だと思っている?
なんという展開。想像の斜め上を行く展開である。せっかく覚悟を決めたというのに、肩透かしを食らった。
しかし、この勘違いは俺にとって好都合である。存分に利用させてもらう!
「ああ……そうなんだよッ! 実は妹から数日前に助けた女子生徒がいるって聞いていてな。特徴的に神崎のことだって気付いたんだけど、俺は当事者じゃないし、あの日のコトを俺が知ってるって分かったら神崎が嫌がると思って言えなかったんだよ。いやー、スマンスマン」
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
一息で、まくし立てるように俺は言い切る。
こういうのは勢いが大事だ。神崎には女子形態の俺のことを、御堂涼太の妹だと思い込んでもらう。その為にも、少しでも疑問の余地を挟む隙を作ってはいけない。
数日前の女の子は、御堂涼太の妹。
この嘘を、確固たる事実として認める事によって、御堂涼太がTS体質であるという事実には辿り着かせない。
名付けて、【イマジナリー・シスター大作戦】ッ!
フッフッフッ……。悪いが、神崎、お前には存在しない虚構を追ってもらうぜ。万事休すの事態だったが、災いを転じて福と為す。
神崎には主導権を握られっぱなしだったが、ココから主導権を握るのは俺だ。
覚悟していろ、神崎乃亜ッ!
俺が謎の宣戦布告を内心で神崎に突きつけている間に、とうの神崎は表情をパーッと明るくさせ、俺の手を勢いよく握る。
「やっぱりッ! それじゃあ、このハンカチは御堂くんの物なのねっ! おかしいと思ったのよ! イニシャルがM・Rのウチの生徒はみんな男子だったし……。だから私、もしかしてこのハンカチの持ち主はアナタの妹さん本人じゃなくて、兄弟とか親御さんなんじゃないかなって!」
「お……おぅ……」
「そしたらビックリッ! 私の予想通り、ハンカチの持ち主は御堂くんだったんだねっ! 正直、あまりに成果に乏しかったから、聞き込みはもう辞めようかなって思ってたトコロだったのっ! でも諦めなくて良かった〜。妹さんには会えなかったけど、お兄さんである御堂くんを見つけることが出来た! 御堂くん、私とっても嬉しいわ!」
「お……おぅ……」
神崎の人が変わったかのようなリアクションに、俺は曖昧に頷くことしか出来なかった。
神崎……明るくなったとは聞いていたが、今回のリアクションは噂以上のものがあった。肩を弾ませて、俺の手を上下に勢いよくブンブンと振り回す姿からは、数日前のクールな印象はカケラも感じられない。
天蘭高校の高嶺の花が一介のモブである男子に話しかけたとあって、クラス中が俺たちに注目する。特に、クラスの男性陣からの視線が鋭い。
神崎さん……スゲェ注目されてますよー。俺はあまり目立ちたくないのだ。お願いだから気付いて……。
「あっ……!」
すると、俺の願いが通じたのか、神崎が周囲からの熱い視線に気が付く。
いや、熱い視線を向けられているのは俺だけか。熱い視線と言っても、込められているのは恋愛感情ではなく、殺意だが……。
幾分、冷静になった神崎は握りしめていた俺の手を離す。
よしよし。いいぞ、神崎。男子からの視線が少々治った。このままだったら、俺はいつか男子から刺されていたかもしれない。まだ、現世からはサヨナラしたくない。
「……あっ、あの御堂くん。それでお願いがあるんだけど……」
体を小さくした神崎が恥ずかしそうにしながらも、小声で囁く。
うんうん、今ならなんでも聞いちゃうよ俺。一つ大きな問題が片付いて俺の心は、我が子を持つ母のように懐が深くなっている。
「私に……」
私に?
「妹さんを紹介して欲しいのッ!」
………………はい?
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