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神崎乃亜は誓う


 自分のスカートをたくし上げていた!


「「「……ッ!」」」


 な……な……な……なにしてんのよ、この子はッ!


 私と男二人。合計3人が一斉に女の子の行動に驚愕する。


 ーーカーッ!


 自分の顔が熱くなっているのがハッキリと分かる。鏡を見れば、今の私の顔は真っ赤になっている事だろう。


 男二人の方は、吸い込まれるように彼女のスカートに視線が釘付けになっている。驚愕と欲望が混ざり合った、とても熱い視線だ。


 反するかのように、目の前の女の子は、口元に蠱惑的な笑みを湛える。先程までの焦っていた態度が嘘のように、表情には余裕を携えている。


「へっ、へぇ……。きっ、君が俺たちの相手を、しっ、してくれるってのか?」


 動揺から幾分か立ち直ったのか、男の一人がしどろもどろになりながらも言葉を絞り出す。それでも尚、女の子の余裕は崩れない。その手段は驚愕としか言いようがないが、間違いなく現在、この場を支配しているのは彼女だった。


「ええ。でも、言葉だけじゃ私を信用できないでしょう?」


 少し吐息を含んだ彼女の言葉が明瞭にこの空間に響きわたる。


「だから今のこれは……前払いみたいなもんです」


「……ッ!」


 彼女が話し終える前にも、スカートの裾がじわりじわりと上がっていく。男たちの視線が更にスカートに集まる。もはや、私なんてほったらかしである。


 ゴクリ。


「……ッ!」


 自分が生唾を飲んだことに気付く。


 ハッ……! 何してるのよ私ッ!


 思わず、私まで彼女の雰囲気に飲まれてスカートに釘付けになっていた。これでは、目の前の男たちと大して変わり無いではないか。自分で自分の行動が恥ずかしくなる。


 でも……女の私が魅了されるまでに、今の彼女は魅力的であった。今の彼女が、最初のどこか頼りない眠そうな表情をした人物と同一人物とは信じられない。


「フフフッ……!」


 色気のある声音で彼女が笑う。それだけで、空気が途端にピンク色に彩られていく。既にスカートの裾はギリギリ下着が見えそうなところまで上がっている。


 ちょっと! それ以上、スカートを上げたら本当に見えちゃうわよッ! それ以上はダメッ! 早く辞めなさいっ!


 私は心の中で彼女を止めるが、心の声は当然、彼女には届かない。


 あとすこし……。


 あとすこし……。


 あとすこし……。


 ついに女の子の下着が見えるーーその瞬間、



 ーープシューッ!



 彼女は隠し持っていたスプレーを男たちの顔目掛けて勢いよくかける。スカートに釘付けになっていた男たちの眼が、スプレーから逃れる術はない。


「ギャーーーーーッ!!!」


 突如、かけられた奇襲とも言える一撃に男たちは顔を押さえて悶え苦しむ。男たちの尋常ではない暴れ方に、傍目から見てもスプレーの強力さが感じ取れる。


「対暴漢用の催涙スプレーです。効き目は絶大ですけど、失明なんかの恐れはないのでご安心を。あっ、でも2時間はその痛みが続くのであしからず」


 蠱惑的な笑みから少年のような笑みにへと変貌した彼女は、余裕を携えながら男たちに忠告する。忠告を終えると、クルリと彼女は私の方に向きを変える。


「さぁ、今のうちに逃げましょう!」


 目まぐるしく変動する状況に混乱する私の手を、彼女が掴む。


「……ッ!」


 驚いているのも束の間、彼女は私の手を取って走り出す。後ろでまだ苦しむ男たちを置き去りに、狭い裏路地を抜ける。


「ハァ……ハァ……ハァ……!」


 急な全力疾走に心臓が悲鳴を上げ、呼吸が荒くなる。


 もう、乱暴な子ねッ!


 内心で私は毒付く。でも、それ以上に高揚した感情が彼女への毒を打ち消す。むしろ、心を温かいナニカがいっぱいにして満たす。


 ……この気持ちをなんていうのかな?


 私の手を握る彼女の手のひらは、とっても温かかった。






ーーーーーーーーーー






 10分ほど走っただろうか。私たちは学校から少し離れた駅前にたどり着いた。周囲には、少なくない数の人間が歩いている。


 ここまで来れば、男たちも簡単には追ってこれないはずだ。たとえ、追い掛けてきたとしても、これだけの人間の前で暴挙は犯せないだろう。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 私と彼女、全力疾走で荒くなった呼吸音がたくさんの人達の雑踏に消えていく。幾許かの後、息切れが治まり、激しく脈打っていた心臓が落ち着きを取り戻す。


 そうよ、私。彼女にお礼を言わなくちゃ。


「あの……助けてくれてありがとう。アナタのおかげで男たちから逃げる事ができたわ。本当にありがとう」


「いえ、気にしないで下さい。偶然見かけて、ほっとけ無かっただけですから。私じゃなくても、助けたと思いますし……」


 そんな事ないッ!


 内心で私は強く叫ぶ。


 ……助けて欲しいと視線を向けても誰も助けてくれなかった。あの場で、助けるという選択肢を選んだ彼女が特別じゃないなんて事ありえない。


 私は見た。私の視線を無視して、去っていく人達を……。あの時、感じた絶望という感情を、私は一生忘れない。もし、本当に彼女の言うように助けるのが当たり前だったのだとしても……。


「それでも……私はアナタが助けに来てくれて嬉しかったわ。だから……」


 わたしの素直な思いを彼女にぶつける。


「私を助けてくれて……本当にありがとう!」


「……はいっ!」


 数秒の沈黙の後、彼女は私の感謝に応える。


 本当に……助けてくれてありがとう。


 私と彼女、二人の間に心地よい静寂が流れる。こんなに幸せな気持ちになったのは、久しぶりだ。


 私は噛み締めるように、この静寂を心から楽しむ。しかし、彼女の言葉によって静寂が破られる。


「あっ……! 神崎さん、首元にすり傷がありますよ!」


「えっ……!」


 彼女に言われて首を触ると、チクっと痛みが走る。確かに、彼女の言う通り、首に傷があるようだ。走っている時に気付かず、擦ったのだろうか?


「あの、これッ!」


 そう言うと、彼女はハンカチと絆創膏を差し出してくる。


「ハンカチは濡らして傷を拭いてください。その後、絆創膏で傷を塞げはすぐ治ると思いますから」


「ええ、ありがとう」


 助けてもらった上に、傷の手当てまでしてくれるなんて……。今日一日で、本当に彼女にはたくさんの恩ができた。いつか、返さないといけない。


 あっ、そういえば彼女の名前は……。


「あの……あなた名前はーー」


「あーーーッ!」


 私は彼女に名を尋ねる。しかし、その瞬間、彼女は時計を見て大きな声で叫ぶ。


「ごめんなさいッ! 私、用事があったんでしたッ!」


「えっ……!」


「そう言うわけなんで、私はこれで失礼しますッ!」


「ちょっと待っーー!」


 声を掛ける間もなく、彼女は足早に走り去っていってしまった。


 名前……聞けなかったな……。


 少し残念な思いを引き摺りながら、ハンカチで首元を拭う。その時、私はハンカチに書かれた文字に気付く。


「……M……R……?」


 彼女の名前のイニシャルだろうか?


 そうよ。彼女は私と同じ高校の制服を着ていた……。つまり、私と同じ高校の女子生徒である事は間違いない。


「絶対に見つけるんだから……! M・Rさんッ!」


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